インフルエンサーによるリバイバルヒット
筒井康隆氏が1989年に発表した小説『残像に口紅を』が、最近になって突如リバイバルヒット、Amazonでも文芸ジャンルの上位にランクインしています。きっかけは、TikTokユーザーの「けんご 小説紹介」氏が自身の投稿で同書をおススメしたところ、瞬く間に大きな反響を呼んだとのこと。
同書の特徴は、「物語が進むごとに使われている字(音)が無くなっていく」というルールにのっとって書かれている点です。冒頭の小見出しに「世界から「あ」を引けば」と書いてありますが、一見普通の(比較的描写が丹念な)小説が続いていくように感じます。ところがある時点で、著者は「この世から音を一つずつ消していく」という実験的な小説を書いており、実は冒頭からここまで「あ」が全く使われていないことが明かされます。次は「ぱ」、その次は「せ」と順々に音が消えていき…、どうなっていくかは読んでのお楽しみとしまして、その技巧への驚きが今回のヒットの大きな要因となったことは間違いないでしょう。
参考)「TikTok売れ」
上記の記事でも紹介されていますが、このように過去の小説がTikTokインフルエンサーの紹介でリバイバルヒットにつながるケースは他にもしばしばあるそうです。ポピュラー音楽の世界でも、1979年の『真夜中のドア〜stay with me』(松原みき)という、失礼ながらこれまでさほど大ヒットとは認識されていなかった曲が、海外で「シティポップ」として“発見”され、国内でもリバイバルヒットにつながったケースがありました。
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ロングテールとは
インターネットが普及した世界で、必ずしも売れ筋の商品でなくても収益に貢献できることを示したコンセプトが「ロングテール」です。アメリカの編集者クリス・アンダーソンによって、AmazonやNetflixなどのビジネスモデルを説明するのに用いられました。
従来の店舗型の小売業では、売れ筋商品が全体の収益の8割を稼ぎ、残りは2割という80:20の法則が働いていて、非売れ筋商品(ロングテール=長い尾に属する商品)は販売自体を止めていかざるを得ませんでした。ところがAmazon等のネット小売では、物理的な店舗の制約がなく、ほぼ無限に販売機会を提供し続けられるので、そうした商品からの売上げも合算すれば無視できない貢献度になる、という構図です。
ロングテールの中から積極的に発掘する
ロングテールの説明でよくあるのは、上述のように一つ一つは小さい収益しか上げない商品でも、「チリも積もれば」式に足し合わせれば大きくなるというものでした。しかし、このビジネスモデルのうまみは、非売れ筋でも販売機会を絶やさなくてすむことで、いつか何かのきっかけで売れ筋に返り咲く可能性がある、もしくは、相応の規模の固定客を掴んで存在感を発揮することができる、といったところにもあります。
市場にいる顧客側の認知として、従来の「売れ筋→非売れ筋→販売停止」の序列が当たり前の世界ですと、古い商品、売行きが落ちた商品にはネガティブな印象がつきまとい、それ故に余計に売れなくなるというサイクルが働いていました。ところが、ロングテールが当たり前の世界ではそこまでネガティブな印象は付かず、古くても今は売れていなくても、比較的フラットに見えるようになった。そのため、ちょっとした仕掛け次第でリバイバル・ヒットにつなげることができるとも考えられます。
テクノロジーの進化によって、買い手が膨大なロングテールの中から好きな商品を選べるということは、売り手側(商売の仕掛け手側)も過去の膨大なロングテールの中からリバイバルの種を探せることも意味します。古いモノ、売行きが落ちたモノという先入観を捨てて、フラットな眼で今の市場にマッチするものを探し、何らかの仕掛けで世にアピールすることで、ビジネスチャンスが得られるかもしれません。
ちなみに、冒頭『残像に口紅を』の二匹目のドジョウとして筆者が推すのは、泡坂妻夫著『しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術』 (新潮文庫、1987年)。こちらも驚きの仕掛けに思わず唸る“怪作”です。