グロービス経営大学院、Forbes、flier、HONZが共同開催した「読者が選ぶビジネス書グランプリ2017」。そのマネジメント部門で1位となった本が、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』だ。著者の森岡毅氏は、USJのCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)として、同社を破綻寸前から奇跡のV字回復をさせた。トップマーケターの極意を聞いた。(全2回)
消費者目線は成功体験から
金森: 本の中で一貫して伝えているのが、「まずは顧客を見よ」という消費者目線です。この考えを社員にどう浸透させていったのですか。
森岡: 基本的には「気づき」を与えることです。恐らく9割以上の人が、日々の業務が仕事になってしまい、仕事の本質的な目的を意識せず働いていると思います。そして、自分が本当に顧客目線の仕事をしているのか、突き詰めて考える時間を1日に1分も取っていないでしょう。
特に斜陽企業では、マネジメントが不安になって不要な仕事がいっぱい発生するものです。そしてそれを回すのにみんな必死になる。USJに入ったときもそうでした。みんな涙ぐましいぐらい必死に働いているのに、誰も消費者のことを真剣に考えていないように私には見えました。だから「この悪循環がダメなんだ」と気付いてもらうことが必要だった。しかし、それは言葉で言ってもなかなか分からないですね。
一番良い方法は、スモールサクセスを早い段階で体験させること。「こうやれば上手くいく」ということを伝え、勝てる確率が高くてリスクが小さい所で体験をさせる。始めは「森岡さんの言うとおりにやれば上手くいく」と思うかもしれませんが、次のステップでは一般化して「こうやれば上手くいく」と気付くことが大切。さらに次のステップでは、これが「自分のやり方なら上手くいく」になる。人間というものは、誰かに言われたことよりも自らの意思でやることの方が比べ物にならないぐらいモチベーションが湧くから、こうなればしめたものです。この一連のプロセスは、成功体験でしか得られません。成功7、失敗3ぐらいの組み合わせで部下に体験をさせ、自信を付けさせました。
金森: 組織全体に浸透させるのに、どのくらい時間がかかりましたか。
森岡: 「消費者目線でやれば上手くいく。消費者目線でやれば上手くいく……」という刷り込みを組織全体にしていくのに、1~2年はかかりました。
実は、毎朝「今日は何人モチベートしよう」と考えながら会社へ行き、帰る時に達成できたか振り返っていました。ほんの数分でいい、目を見て「あの仕事良かったよ」と声をかけるだけでも人は変わる。全社員は難しいですが、少なくとも目が行き届く所の熱を高めていくと、その人たちの周りの熱も高まっていき、消費者目線がだんだん拡散していきました。
マーケティングの肝は川上にある
金森:マーケティングの王道の手法と言うと、環境分析をして市場機会を見つけて、顧客分析、いわゆるSTP、それからマーケティングミックスという流れになると思います。その中で、カギになる部分はどこですか。
森岡: まずは目的の設定。元々設定すべきでない目的を設定して失敗した企業は、いっぱいあります。要は川上にあるものほど、大事だと思う。本の中では、川上の中でも「戦略」について多く語ったつもりです。
私は、アーカーとかコトラーとか、マーケティングの大家の本はもちろん全部読んでいます。ただ、学者の本は情報を載せ過ぎ。物事には重要性の差がある。わかりやすく言うと、寿司評論家が書いた寿司の本と、寿司職人が書いた寿司の本は違うはずです。寿司評論家は調理に使う十数本の包丁全ての説明をしたがりますが、寿司職人ならば最もよく使うほんの数本の、しかも実践者にしかわからない使い方に重点を置いて書くだろうと。私はそういう実践者の意図でこの本を書きました。
つまり、「戦略が大事で、戦術はその次」。マーケティング的に言うと「“WHO”の設定が何よりも大事で、“WHAT”が次、“HOW”はその後。テレビコマーシャルや、プロモーション、サンプリングといった戦術は大事だけど、川上の方がもっと大事」というのは一貫して書いたつもりです。
そして、戦略を決めるときは「市場分析」が極めて重要です。様々な企業の経営を見ていて「足りない」といつも感じるのが、会社の今の売上を作っている市場構造を解析すること。私の数学のアプローチでいえば「関数を明らかにすること」。数学が苦手ならばロジックでやってほしい。「どこをどういじるとこのマシンはどう動くのか」が分かっていないのに、「なんかスピードが落ちてきたよね」「あ、この部品が足りないからだ」と言って色んな部品を変えたり外したりしながら考えると、余計機械はヘンテコになっていく。やはり徹底した市場分析によって売上を決める法則を明確にしてから、どこで戦うか決めるのが一番の肝だと思います。
金森: マーケターとして、「これだけはやれ」ということがあれば教えていただけますか?
森岡: 自分が売っている物やサービスを消費者目線で体験することです。意識しないと、人は消費者目線からどんどん遠のいていく。自社サービス・自社商品を福利厚生として社員に配る会社は多いが、絶対に止めた方がいい。従業員の目に蓋をすることになります。
USJの社員も、タダで入れるチケットをもらえます。だから、自分でお金を払ってパークに行くっていうことをしない。それでは顧客満足もへったくれもないですよね。
私は数カ月に1回は家族を連れて、もちろん自腹で、一番混んでいる時のザ・フライング・ダイナソーに並んでみるというようなことをやっていました。その時に何を理解しようとしているか。並ばされた時の千差万別の「人間の気持ち」よりもむしろ、そこに並ばされる「人間の文脈」を見ています。様々な物やサービスは、文脈によって価値が変わるからです。週末にテーマパークへお金を払って行く家族の文脈を理解するために、できるだけ消費者が通るプロセスと同じことをやる。それは、「自分の売っている物がなぜ売れているのか」を理解するために、確信的に必要だと私は考えています。
数字を理解し、経営者の視点で仕事をする
金森: 優秀なマーケターに共通する力とは何ですか?
森岡: マーケターに限った話ではないが、大事を成し遂げる人には共通項があります。それは「視野が広い」ということ。自分が扱っているブランド全体、もしくは会社全体の視野を持っていること。恐らく若い時から視野を広げて過ごしていたのでしょう。つまり、経営者目線で物事を見ているということです。
例えば、「このパッケージを直せ」と言われたとする。視野が広い人は、「どう直したらいいか」ではなく、「自分のブランドの目的から考えて、このパッケージを改善する意味・目的は何か」を深く考える。そして他にも、経営状態は数字で測るものなので、P/L(損益計算書)等も日頃からよく見ているので、「このパッケージ改善によるコスト収益が、ブランドのP/Lにどう影響するのか」みたいなことも考えながら仕事をしています。常にブランド全体の中で自分の仕事の目的を捉えているから、パッケージを直す作業だけで頭がいっぱいにならない。だから、必ず目的に対して正しい方向で結果を出せるのです。
金森: 数字が苦手な人はどうすればいいのですか?
森岡: 自分が数字アレルギーだなと思う人は、「数字」として捉えるのではなくて、「自分のブランドを強くするために必要なもの」と思えばいい。
そのために、まずはP/Lです。自分のプロジェクトのP/Lは当然。そのプロジェクトが連結された、もっと上のレイヤーのブランドマネジメントのP/Lもちゃんと見て、ブランドや会社における自分のプロジェクトの位置づけを見る。すると、コスト意識も全然違ってくるし、上司が気付いてないような角度でよりよい提案ができるかもしれない。常に2レイヤーで物事を見ると、そこにベクトルが生まれます。自分が見ている点だけでなく、他の点があれば、繋いだ線上に何か良いものが落ちていることに気付きます。
私は、USJにいた時、146個の定点計量する数値を毎朝見ていました。それを見ながら「ん?」って思った所を掘っていく。まぁ、私ほど数字が好きな変人も少ないと思うので、ここまで細かく見なくてもよいですが。
そして、確認した数字を若手社員にもわざと聞いてみる。「今日何人来た?」って。すると、「えっ!? まだ見ていません」って言うんです。そこで私は「それは、見ていないっていうことが課題だよね、分かる?」っていう話をします。これを続けていくと、そのうち夕方ぐらいに私の前でウロウロし始めます。私に聞いてほしくてしようがないのでしょう(笑)。で、「今日の客数は?」「○人です」「よし、分かった」って褒めてやるのです。
こういうやり方で私の組織がビジネスで勝つために何を意識すべきかどんどん気付いていく。イベントやって回収するというのは、もしこれが個人事業主なら自分の家を担保に入れて、回収できなかったら家が取られるということです。路頭に迷って道で寝ることになるということ。その危機感、ビジネスパーソンとしての自律性と執念を持ってほしい。数字を見ずにそれを実現できるとは、私は思わないのです。
覚悟が決まったら、まず会社の自分の担当のプロジェクトと、その1つ上のP/Lをよく見ること。そして、売上数値をちゃんと把握し、自分の担当する仕事と計測値との関係性を毎日意識して働くこと。そんな日々の中で、自分が分からないことを知っている人に貪欲に聞いていくようにする。すると、需要予測に興味が湧くかもしれないし、消費者データの方に興味がいくかもしれません。そうやって頑張っていると、気がつけば、数字アレルギーはなくなっていくのではないでしょうか。