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日本国憲法の課題を「意思決定理論」から考える

投稿日:2016/08/30更新日:2019/04/09

今回は現在施行されている日本国憲法について考えてみます。ただし、憲法9条の話などをし出すと途端に政治色が強くなってしまいますので、ここでは「改正方法」つまり「変え方」のルールという側面に絞って考えてみます。

結論から先に言えば、日本国憲法には「変え方」のルールに欠陥がある、というのが筆者の考えです。

さて、多くの人がご存じのとおり、現在の日本国憲法は、戦後まもなく、当時のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)主導で草案が練られ、施行されました。「連合国」と名はついていますが、基本的にはアメリカ中心であり、新憲法もアメリカ色がかなり反映されています。

その1つが憲法改正の方法です。日本国憲法第96条第1項では、「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と記されています。

まず、この「両院の3分の2の賛成」が必要という点がアメリカ合衆国憲法を踏襲しています。ただ、アメリカは州の権限が強いため、合衆国憲法改定のその後の手続きは日本とは異なり、事実上は「州議会の4分の3の承認」が必要になります。現在であれば、両院の3分の2の賛成に基づく発議の後、50州のうちの38州の合意があれば憲法は修正されるということです。

ちなみに、修正憲法としては最も新しい修正第27条は、発議されたのが1789年であり、203年後の1992年に38番目の州が批准してようやく効力を持ったという冗談のような話もあります(現在では、批准期間はもっと短縮されています)。

この縛りをみるとアメリカの憲法は必ずしも変更が容易とは思えません。しかしそれでも、過去に27回の修正がありました。一方、日本国憲法は施行からおよそ70年が経ちましたが、その間、一度も改正されたことがないことから「世界最古の憲法」と言われることすらあります。注目すべきは両院の3分の2の賛成すら1度もなかったことです。

一部の改憲派の人々はこの事実をもって「日本の憲法は変えにくすぎる。アメリカの陰謀だ」などという人もいますが、アメリカでしばしば憲法修正の発議があることを考えると、この主張には疑問があります。また、GHQの民政局課長・次長として占領政策に大きな影響を与え、日本国憲法のGHQ草案作成の中心人物でもあったチャールズ・L・ケーディス自身が後年、日本国憲法が一度も改正されたことがないと聞いて驚いたという話もあるくらいですから、陰謀ということはないでしょう。

アメリカ以外にも、議会の3分の2の賛成を必要とし、なおかつ憲法改正を行った国はあります。両院の3分の2という縛りは、確かに高いハードルではありますが、それを越えられない改正案や、それ以前の素案が受け容れられていないと考える方が妥当でしょう。

国民による多数決は正しい方法なのか?

筆者がむしろこれで大丈夫かと思うのは、「国民投票で過半数」の部分です。国民投票は直接民主主義でもあるわけですが、直接民主主義、特に多数決による意思決定は実は危険であることが多くの研究から指摘されています。一時の「空気」に皆が惑わされ、あまり望ましくない意思決定を行う可能性が高いのです。最近ではイギリスのEU離脱がその最たるものでしょう。数年前のスコットランド独立も、あわやのところまで行きました。

だからこそ人類は間接民主主義を発達させたとも言えます。一見直接民主主義に見えるアメリカの大統領選挙も、国民が投票する一般投票の後に、州ごとの選挙人による投票というワンクッションを儀式的にではありますが挟んでいます。

話を日本国憲法に戻すと、両院の3分の2の賛成以降は、判断は国民に直接委ねられてしまいます。しかも決定方式はシンプルな多数決です。2択の選択肢は、その間にある中間層をすべてどちらかに割り振る強引な決め方とも言えます。

イギリスのEU離脱についても、「○○という条件付きなら△△」と考える人もいたはずですが、そうした中間的な声は、最後は反映されません。憲法改正案の発議の仕方にもよりますが、実は非常に危険なやり方を残しているというのが筆者の考えです。生活に身近な県や市町村レベルの住民投票ならまだしも、抽象度も高く影響も大きい国の憲法改正には、本来、国民投票はそぐわないと思います。なまじ「国民の賛意を得た」という錦の御旗を得やすいという問題もあります。

とは言え、現行憲法が時代に合わなかったり、そもそも矛盾を内包していたりするのは間違いありません。改正の必要は間違いなくあります。

しかしだからこそ、その改正方法については、意思決定論のサイエンスの知見や他国の過去の事例などからも学び、より議論を尽くすべきというのが筆者の考えです。実は、最も改正の必要があるのは、憲法改正について述べた第96条かもしれないのです。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・問題の本質がどこにあるのかを見極めることが重要
・多数決は実は乱暴な決め方であるという自覚が必要。「多数決で決まったことだから」は時に独善を招いたり、不和を拡大させたりする
・ルールを守株するのは本末転倒だが、その「変え方」については英知を働かせないと、時として好ましくない方向への暴走が起こる危険性がある

 

  • 嶋田 毅

    グロービス経営大学院 教員/グロービス 出版局長

    東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス思考法45』『グロービスMBAキーワード 図解 基本フレームワーク50』『ビジネス仮説力の磨き方』(以上ダイヤモンド社)、『MBA 100の基本』(東洋経済新報社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の単著、共著書、共訳書がある。
    グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、事業革新、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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