「ココイチ」あるいは「CoCo壱番屋」でおなじみのカレーチェーンを展開する壱番屋は極めてユニークな存在だ。同社の店舗は、直営・加盟店あわせて1000店を越える。カレーチェーン業界の2番手はいまだ数十店舗であるから、カレーチェーン業界ではぶっちぎりのナンバーワンである(ちなみに他の飲食チェーンでは、吉野家が1000店強、マクドナルドが約4000店)。
売上高はいまだに毎年5%以上成長しており、また売上高経常利益率はコンスタントに10%弱を記録している。何がここまでの壱番屋の成長をもたらしたのだろうか。
「のれん分け」制度で独立願望に火を灯す
もともとカレーは家庭料理の色彩が強く、かつては外食でのチェーン展開が難しいと考えられていた。ハンバーガーや牛丼に比べると家庭で容易に作れるため、わざわざチェーン店に行かないし、インドカレーなど本格的なカレーは規模化が難しいというのが常識だったのだ。そうした常識を覆したのが壱番屋だ。
壱番屋の成功にはさまざまな要因がある。一つは、家庭味のカレーにこだわりつつも(つまり、ベースとなる最大公約数の嗜好を押さえながら)、顧客の嗜好にあわせて辛さやトッピング、ライスの量を選べたりするなどの商品バリエーション(微妙な嗜好の差への対応力)と、顧客視点に立った丁寧な接客(店舗型ビジネスの王道!)である。
また、オペレーションを効率化し、立地を厳選して賃借料を抑える、あるいは規模を効かせ共同仕入れをするなど、ローコスト化も徹底されている。実際にココイチを利用された方であれば、「ああ、そうだった」とすぐに思い出されることだろう。だがこれは、極論すれば、(難しいとはいえ)模倣しようとしてできなくはない要素だ。壱番屋をここまでのオンリーワン企業に押し上げた要因は他にもある。
その答えは、ヒトの成長や感動へのこだわりにある。壱番屋の経営手法で、最も特徴的なのは、「ブルームシステム(BloomSystem)」と呼ばれる、人材育成をベースとした「のれん分け」制度である。これは、将来ココイチのオーナー(フランチャイジー)になることを前提に従業員を採用し、接客や店舗運営のノウハウを徹底的に鍛え上げ、独立を支援するというやり方だ。しかも、独立してオーナーになった後は、通常のフライチャイズシステムとは異なってロイヤルティ(のれんやノウハウの使用料)はとらない。食材を本部から購入してもらうだけである。壱番屋では、このブルームシステムが軌道に乗り出してから出店ペースが加速し、現在では逆に、通常のフランチャイジーの募集は中止し、基本的にこのブルームシステムを軸に店舗数を拡大している。
もともと、飲食業は従業員の独立志向が強い業界だ。例えば、有名レストランで働いているシェフの多くは、将来、自分自身の店を持つことを夢見る。しかし一方で、飲食ビジネスは倒産リスクも高い。実際、独立した多くのシェフや女将は、素晴らしい味やサービスに提供しているもかかわらず、事業を軌道に乗せることができず、経営的に行き詰ってしまう。
米国において、こうした点に着目したのがLettuce Entertain You Enterprisesだ。同社は、シェフらの独立願望を踏まえたうえで、彼らに会計や人材管理などの経営教育を施し、独立を支援するという方針を打ち出した。「成長して独立する人間もいるが、それ以上に、やる気のある人間が集まるはず」という発想である。事実、同社の従業員のモチベーションは極めて高いレベルに維持されており、好業績につながっているという。
理念と仕組みの整合が、従業員の成長欲求を下支えする
壱番屋のブルームシステムもこの考え方に近いといえる。ただし、仕組みだけ作っても、その根源で、「人を育てる」「顧客に感動を味わってもらう」「顧客に喜んでもらえるように成長することの感激を味わってもらう」といったことに、組織全体として価値を置いていなければ、仕組みはうまく機能しないだろう。その点、壱番屋は以下の三つの要素を企業理念として掲げ、徹底して人の成長と感動の提供に努めている。理念と経営の仕組み、さらには顧客へのサービスが整合しているのだ。
社是「ニコニコ・キビキビ・ハキハキ」
ミッション「経営を通じ人々に感動を与え続け、地域・社会に必要とされる存在となること」
経営目的「当社にかかわるすべての人々と幸福感を共有すること」
ところで、人の成長や感動の提供は、言うは易く、行なうは難しい。それを実現するためには、愛情や信頼に基づく厳しさも必要だ。ブルームシステムは、希望者のうち、厳しい研修や実務をクリアして実際に資格を得られるのは全体の10%以下という。やはりそれなりの厳しさが一方にあるのだ。それでも現在、数百人がこのシステムのもと、将来のオーナーを目指しており、壱番屋の将来の成長の基盤となっている。
そして、いったんオーナーとなれば、同じ看板を掲げるパートナーである。先述したように、往々にしてオーナーの負担となりがちなロイヤルティはとらない。マニュアルで縛るのではなく、育てた人間が自立的・自律的に考え、行動することを重視している。その一方で、競合するエリアには出店しないなど、彼らの成功をあくまで支援していく。それが高いモチベーションや当事者意識に結びつき、結果として顧客満足度につながっていく。従業員のモチベーションや態度が顧客に伝わりやすいサービス業において、これは非常に重要な要素である。
gooの求人&転職のコーナーには次のような関係者の声が紹介されている。
[入社3年独立候補社員]
お金を出し、契約後すぐに独立できる道は、世の中いくつもあります。ただ、私の場合、社長として一人前の力をしっかり身に付けた上で独立をしたかったので、あえて厳しくとも確かな道を選択。この選択は間違っていませんでしたね。
[入社8年スーパーバイザー(課長代理)]
最短2年。平均すると4〜5年で独立するケースが一般的なのですが、9年かかって独立した人もいます。出店前の加盟契約のときには、本人はもちろん奥さんや私も大泣きでしたね(笑)。どんなに不器用な人であっても、頑張る人を決して見捨てない。必ずやり切る。それが壱番屋流なのです。
人間には強い成長欲求がある。その欲求をビジネスモデルの根幹に据えた壱番屋の手法は、これからの企業成長の一つのモデルを示しているのかもしれない。