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アイ・ケイ・ケイ(2/4) -地方企業から全国企業への飛躍を支えた理念経営

投稿日:2014/06/16更新日:2021/11/29

全国展開に乗り出し、東証一部上場を果たしたアイ・ケイ・ケイ。全国進出の成功要因は、前回見た通り、(1)立地厳選、(2)顧客ニーズへの柔軟な対応、(3)勝ちパターンの見える化にあった。こうした取り組みのベースにあるのが同社の標榜する理念経営だ。

アイ・ケイ・ケイは「お客さまの感動のために」という考え方を最上位に位置づけ、「誠実・信用・信頼」「私たちは、お客さまの感動のために、心あたたまるパーソナルウェディングを実現します」「私たちは、お客さまの感動のために、素直な心で互いに協力し良いことは即実行します」「私たちは、国籍・性別・年齢・経験に関係なく能力を発揮する人財(ひと)に機会を与えます」という経営理念を掲げている。今回は、彼らの施策が成功した裏側で理念がどう作用していたのかを見ていきたい。

認め合う組織文化の醸成

「それでは、今日の勉強会でどんな学びがあったのか、発表をお願いします」

司会役の進行に従って各テーブルの代表者が順番に対話を通じての感想を、一言ずつ発表していく。いつもはウェディングで使っているバンケットルームに集まった50名ほどの社員たちの前で、まだ入社年次の浅いスタッフが飾らない口調で語る。

「あるお客様からアドバイス(同社ではクレームのことをアドバイスと呼ぶ)があって正直落ち込んでいたんですが、今日同じグループだった○○部長も同じような経験があったという話をしてくれて、気持ちが楽になりました」

「今日は感謝の気持ちの大切さを改めて感じました。先輩たちから指導頂いた時、今までは「すいません」と言っていたんですが、これからは「ありがとうございます」と言おうと思います」

これは同社の社内研修の一場面だ。志の高い経営者の理念や各界で活躍する人の生き方を紹介する月刊誌の記事を題材にした勉強会が定期的に実施されている。この場では部署も役職も関係ないフラットな立場で、各人が記事を読んで感じたこと考えたことを語り合う。一人ひとりの話に対し、残りのメンバーは真摯に耳を傾ける。話の流れ次第で会社での仕事の仕方に話題がおよぶこともある。ポイントは、それぞれの意見を否定することなく認め合うことだ。1人ひとりの考え方、感じ方、その裏側にある実体験や関心事を知ることで社員間の距離が縮まっていく。

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この取り組みは、同社が全国展開を進め始めた頃、理念経営の導入に合わせて始めたものだ。推進役となったのは厨房部門のトップ松本正紀氏(現常務取締役)。金子社長が伊万里でホテル経営をしていた頃から、互いにぶつかりあいながらも共に歩んできた松本氏は、本気で理念経営を実践したいという社長の意向を受け、その徹底を担うことにしたのだった。

毎月2回実施されているこの勉強会は、希望者が自主的に参加する形で運営されている。たまたまスケジュールの都合で参加できない人を除いて、営業や管理部門の社員はもちろん、衣裳のコーディネーターや厨房の料理人のような専門スタッフも含め、ほぼ全員が参加している。普段はシフト勤務で始業は午後からという社員も、朝8時半からの勉強会のために早朝から足を運んでくるというから驚きだ。

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理念が後押しした厨房革命

実はこうした相互対話の営みが定着するまでには大きな抵抗があったという。特に職人気質の強い料理人たちは、人前で話したり、素直に自己開示するのが苦手な場合が多い。旗振り役の松本氏から勉強会参加を促された料理人の中には、公然と拒否する人も少なくなかった。そんなことまで求められるなら会社を辞める、という人も出てきた。顧客の要望に応えろといわれても、自分が必ずしも美味いと思っていない料理を作って客に出すことに耐えられない、という者もいた。多くのシェフがいなくなった。

それでも松本氏は、この取り組みをやめようとしなかった。金子社長の理念へのこだわりを誰よりも松本氏が理解していたからだ。料理の腕で勝負している職人にとって、勉強会で自分の意見を話すのがどれほど苦痛なことかは、自身も料理人である松本氏は痛いほどわかっていた。それでも厨房を特別扱いするのではなく、むしろ厨房の人間が他のスタッフと連携しお客様のために動けるようになることが越えるべきハードルと認識し、厨房の職人全員に参加を促した。

後述する理念研修も導入しながら、対話の機会を設け、理念の共有浸透の働きかけを繰り返すうちに、厨房の料理人たちの態度も変化していった。人前で話したことが周囲に認められるという経験を重ねる内に、自己開示への抵抗感が薄まり、勉強会に喜んで参加する人も出てきた。普段仕事で顧客の無理難題をもってくることから、とある営業スタッフに嫌悪感を覚えていたが、実際話してみると心根の悪い人ではないことがわかり、関係改善が図れた、という例もあった。会社を去った人も多かった中、残った料理人たちは、理念に共鳴し顧客のために一肌ぬぐことが当たり前になり、前述したように顧客のリクエストに応じ地元の郷土料理や家庭独自の味をメニューに取り入れることに柔軟に対応できるようになっていった。

それだけに留まらず、和食やフレンチといったカテゴリーごとの専門分業の壁を壊し、必要に応じ相互に助け合って料理を準備したり、料理の下ごしらえにパートを活用したりといったオペレーション改革を成し遂げ、コストの大幅な削減にも成功した。徒弟的な修業を経て認めた弟子にしか調理場に入れないような閉鎖的慣行があたりまえの料理人の世界で、これを成し得たのは“厨房革命”といっても過言ではない。さらにホテル・ウェディング業界初のISO22000(食品安全マネジメントシステムの国際規格)の取得は、「多額の審査料やコンサルティング料をかけてまで取得する意味があるのか」と懐疑的だった社長を押し切って厨房部門がボトムアップで主体的に推進した快挙だった。

一般には頑固で変化を好まない傾向の強い料理人が、同社においては、経営的な要請を理解し厨房革命を自ら推し進められている背景には、勉強会等での対話の積み重ねによって培われた相互信頼の土壌があることは見逃せない。

理念を語れるリーダーを増やす

厨房革命を起こした松本氏が推進したもう1つの施策が理念研修だ。年1回全社員を対象に理念の理解を深めることを目的に、過去に同社が何を大切にして意思決定をしてきたか、その時社長はどんなことを考えていたのかを追体験する内容だ。

特筆すべきは、社長自らが語るのではなく、あえて社長以外の人間が語り部として手分けをして各拠点を行脚していることである。松本氏いわく「本人が話すと押しつけがましいが、他人が語れば聞き手は素直に受け止められる」。語り部には、社長を支える役員層と次世代のリーダーが任命されている。語る側になることで、彼らが理念を体現する度合いが一層高まることも期待できるからだ。

もちろん理念の語り手に任命するだけでリーダーが育つわけではない。人事制度の後押しもある。たとえば、同社では毎月昇格辞令が出る。力量のある人財の早期抜擢が可能なのだ。抜擢人事というと成果主義的色合いが濃いように聞こえるが、実際には成果だけでなく人格評価に重きがおかれている。いくら成果を上げていても周囲から信頼されていない人は昇格できない。個人プレーで自分の成績だけ高くても駄目で、チームで成果を上げられることが求められる。ウェディングは、プロデューサー、プランナー、厨房、衣裳、サービス、さらには総務経理等も含め、分業しながらも相互に連携してこそ、高い顧客満足を実現できる総合力勝負のビジネスなので、チームワークが重視されるのだ。したがってリーダーにはメンバーからの信頼に足る人格が必須だ。

中には、入社わずか1年の若手がリーダーに抜擢され、その後2年で金沢の店舗の支配人を任された例もある。彼は「お客様の感動のために何をしたらよいか」を自ら考え実践した。北陸の雪降る夜、寒さに震えながら外でお客様をお出迎えすることも厭わなかった。人生の一大イベントをこの人たちに任せたいと思ってもらえるためにお客様の疑問や悩みにどう対応したらよいか、商談時の質疑応答のノウハウをメンバーたちに伝授することにも熱心に取り組んだ。そうした地道な取り組みの積み重ねが奏功し、自分の店舗を全国トップクラスの営業成績の拠点にすることができたという。

具体的には、360度評価で理念の体現度をランキングし、その順位で人格要件の見極めがなされている。理念に基づき人間的に成長すべく切磋琢磨していくことが評価制度によっても奨励されているのだ。

成功を支えた理念経営

このように理念の語り手を意図的に増やすことが全国展開の推進を担うリーダー人財の育成に直結している。新たな進出先の新施設を任せられた支配人が、たとえ年齢的に若くても、メンバーからの信頼を得て、成果を上げられるのは、能力だけでなく、理念を体現し伝えられるだけの存在だと周囲から認められたからだ。

厨房を担う料理人が顧客の要望に柔軟に対応できたことにも、経営理念の全社的浸透が作用している。この会社の中では、お客様の感動を第一に考えれば周囲からの信頼を得られることが明確になっており、勉強会等の機会を通じ相互に認め合える安心感がある。職人のプライドで自己防衛する必要がないので、慣習に囚われることなく新たなチャレンジに積極的に取り組める。厨房革命を実現できたのは理念の共有によって職人の心のバリアを取り払うことができたからだ。

安易な拡大路線に走ることなく進出先の立地を慎重に厳選しているのも理念経営を堅持するためだ。すなわち施設の豪華さ等のハード面は資金を投入すれば一気に進めることができるが、お客様を感動させるソフト面は理念を体現した人財が不可欠であり、その育成には時間がかかる。また顧客接点を担う社員が安心してお客様へのサービスに専念するためには、経営的に不安定でない方が望ましいことは言うまでもない。

金子社長が新規出店に際し極めて慎重なのは、若かりし頃の苦い経験があるからだ。それはアイ・ケイ・ケイ設立前に経営に携わっていた伊万里グランドホテルでの出来事だ。最初に雇った従業員30人が、3年後にひとりも残っていなかった。「このことは私が経営者として未熟さがあったということ。新規出店する際は、その場所で20年勝てる見通しの持てる場所にしか出ない。そうでなければスタッフは安心して働くことができないからだ。私がめざすのは、理念を磨き、よい社風をつくって、企業を永続させることだ」と金子社長は語る。

※関連記事はこちらから。

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アイ・ケイ・ケイ(2/4) -地方企業から全国企業への飛躍を支えた理念経営
アイ・ケイ・ケイ(3/4) -理念経営に懸けたトップの想い
アイ・ケイ・ケイ(4/4) -弛まぬ革新の土壌を築いた理念経営

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