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グローバルサウスが注目される今こそ、リバース・イノベーション

投稿日:2024/03/08更新日:2024/03/29

イノベーションはどこの国から生まれるだろうか?

この問いに、米国など先進国と答える人は多いだろう。実際、イノベーションは先進国から起こりやすい。先進国の大企業は、本社で新製品・サービスのグローバル戦略を定め、ゆくゆくは新興国にローカル展開するグローカリゼーションを常に視野に入れている。スタートアップでも、GAFAはもちろん米国企業であるし、他にもスタートアップエコシステムの都市ランキングでシリコンバレーがトップ、ニューヨークとロンドンが2位、アジアでは中国北京が7位など(※1)となっており、自国で成功したビジネスモデルを新興国に展開することが主流だ。

この「イノベーションは先進国が発祥で、新興国に普及させる」という通説と逆の発想が、リバース・イノベーションである。より詳細に言えば、新興国(貧困・GDPの低い国)のニーズに合わせて生まれた新興国発のイノベーションを、先進国(富裕・GDPの高い国)に逆輸入するアプローチと言える。2012年にビジャイ・ゴビンダラジャンが提唱した。

ビジャイは、リバース・イノベーションの可能性がある領域を、先進国の中で「取り残された市場」と、「明日の主流市場」としている。
「取り残された市場」とは、先進国の貧困層などで、他事業と比較して収益性が低く、投資の優先順位が下がるような市場だ。もうひとつの「明日の主流市場」とは、新興国の生活を豊かにするために最新技術を使った製品やサービスが、数年後先進国に逆輸入されるケースである。先進国ではインフラが整っている、既存の製品・サービスがある、という理由で普及させにくい破壊的なイノベーションが、先に新興国に普及し、後に先進国市場に流入されるなどである。

ここからは、なぜいまリバース・イノベーションに注目すべきなのか、その理由をいくつか挙げてみよう。

新興国の経済成長、イノベーションへの期待

インド・中国はもとより、アフリカなどグローバルサウスにおいてGDPは増加し、様々な製品・サービスが生まれ市場が成長している。2022年版グローバル・イノベーション・インデックス(GII)では欧米がイノベーションのトップを占めているが、世界人口70億人の大部分を占める、所得ミドル層以下のイノベーションは新興国が強く、また新興国のランクアップも目立つ。

リープフロッグ(飛び越え型)事業への注目

リープフロッグとは、一般的には長い年月をかけて進化・構築されるインフラシステムや事業が、テクノロジーを活用することで、蛙(Frog)が跳ぶ(Leap)ように、素早く実装されることだ(※2)。主に、急激な進化を遂げた新興国のイノベーションを指す。
銀行口座を持たずとも、携帯で支払いのみならず預金やローンも可能なケニアのモバイル決済サービスM-Pesa、ルワンダのドローンによる輸送サービスZiplineなど、先進国に普及していないサービス・製品がある。これらは、ビジャイの言う先進国の「明日の主流市場」になる可能性が大いにある。

イノベーションの実験と市場の場

先進国では既存の製品・サービス、社会システムやルールがあり、既存に代替しうる製品・サービスや、新技術の実験が難しい場合がある。その点、未整備のインフラが多く規制も緩い新興国は、実証実験し、さらに現地でサービスとして確立できる可能性すらある。

それを国家戦略として、他国の企業やスタートアップがイノベーションを行うことをバックアップする国もある。先述のZiplineはもともとアメリカの企業だが、サービス提供はルワンダで実施しており、同国も他国の企業における自国イノベーションを推奨している(※3)。

先進国の社会課題の解決への期待

先進国の貧困格差の広がり、或いは水から食料、エネルギーまでの資源枯渇、などの問題は周知の事実だ。これらの問題に、人口が億単位で市場は大きい新興国でまず取り組み、限られた資源で低価格、かつシンプル最低限の製品・サービスを生み出す(ヒンディー語でジュガード、独創性と機転から生まれる問題解決法、と呼ばれる)。その成功実績とアイデアを、先進国に逆輸入することは期待できる。実際、リクシルの新興国向けに開発された節水型トイレは、サーキュラーエコノミーの観点で先進国における普及も期待される(※4)。

リバース・イノベーションの実践例

ここで、いくつかリバース・イノベーションの例を挙げてみよう。

グラミン銀行

1983年に創業したバングラデシュのグラミン銀行は、大手銀行が対象としないローエンド生活困窮者層向けに、無担保の小規模融資(マイクロクレジット)サービスを提供している。貧困者の救済や自立支援を目的とする金融サービス、マイクロファイナンスの先駆けとなり、グラミン銀行は先進国にも進出している。日本では2018年にグラミン日本がグラミン銀行に倣ってサービス提供を始めた。

GEの超音波診断装置

2010年に発売されたGEヘルスケアの低価格で携帯電話サイズの超音波診断装置は、もともとは中国市場向けに開発された。80年代以降世界シェアトップであった、GEの高価格で高性能大型の超音波診断装置が中国で売れなかったことをきっかけに開発された製品である。当時の中国固有のニーズであった低価格、携帯性、使いやすさに応え、性能を必要最低限に抑えた超音波診断装置は2002年に提供されたが、その後先進国でも売られるようになった。

PayPayのモバイル決済サービス

ソフトバンクとヤフーの合弁会社PayPayは、インドのPaytmと提携し、2018年に日本でモバイル決済サービスを提供した。Paytmはインドのフィンテック企業で、十分な金融サービスが受けられない人々をターゲットとしていた。Paytmがインドで成功させた決済サービスを、PayPayが日本へ逆輸入したのである。
なお、PayPayによらず、日本のQRコード決済サービスで興味深いのは、主要技術のQRコードは1994年に日本のデンソーで開発されたことだ。QRコードが、インドや中国など、金融サービスが行き届いていない国でモバイル決済アプリの一部となり、これもリバース・イノベーションで日本に持ち込まれたのだ(※5)。

Ziplineのドローン輸送サービス

最後の例は、2014年設立の米国ユニコーンZiplineの、ルワンダにおけるドローン血液輸送サービスだ(※6)。車で険しい道を走らせ届けるのに数時間かかっていた輸送を、ドローンで約15分に短縮するというこのサービスは、2022年には、アフリカで累積35万回を超える輸送実績を記録した。

新興国で生まれたこのZiplineは、2021年にウォルマートと提携し、現在米国の一部の地域で、商品輸送サービスを行っている。また日本では豊田通商が2021年にZiplineと業務提携し、100%子会社「そらいいな株式会社」を設立、Ziplineのドローン機体と技術による配送サービスを長崎県で進めている。

今や新興国を知らずにビジネスはできない

事例を見ただけでも、新興国を知らない状態では大きなビジネス機会を失うかもしれない、と感じるのではないだろうか。ビジャイは2012年時点で、新興国発の事業の勢いは激しく「リバース・イノベーションを無視することは (中略)海外での機会を逃すこと以上に高くつく恐れがある」としている。

それ故に、イノベーションを生み出す手法として、リバース・イノベーションがもっと採用されてもよいはずだ。しかし実際は、2010年代に世の中で注目され始めたオープンイノベーションやデザイン思考など、他のイノベーションを生み出す手法ほど普及していない。なお、ビジャイは書籍の中で、新興国に注目しないことは(先進国の事業がすべてに先んじているという)時代遅れの思考や組織リーダーに起因するとしている。

ただ、日本でもリバース・イノベーションに注目する企業は出つつある。2020年10月にパナソニックが、新興国などで生まれた新サービスや製品を日本などの先進国で活用していく「クロスボーダー準備室」を設立するなどがその例だ(※7)。

ビジャイがリバース・イノベーションをはじめて提唱した2012年よりも、はるかにデジタル・テクノロジーは進化し、グローバルサウスの成長もめまぐるしい。グローバルサウスから気づかされることや学ぶことも増えている。故に、新興国の顧客のニーズに沿った製品・サービスを先進国に導入するリバース・イノベーションを今一度しっかりと研究し、その実施のメリット・デメリット、注意点、までも明らかにしてみたかった。

そこで今回、グロービス経営大学院にて研究プロジェクトを立ち上げた。リサーチャーは10名のメンバーだ。このプロジェクトでは、新興国で事業を行っている日本企業を対象に、リバース・イノベーションに関するする認知関心や、リバース・イノベーションを実施した企業に対してその有効性、難所や乗り越え方をヒアリングした。次回以降、サマリーを記載する。

つづく


参考文献

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