今、スタートアップへの注目がかつてないほどに高まっています。岸田政権は2022年をスタートアップ創出元年と定め、投資額を5年で10倍に増やす方針を打ち出しました。また経団連も世界に羽ばたくスタートアップを数多く生み出すことを目的とした「スタートアップ躍進ビジョン」を発表しました。
これらの背景には、スタートアップを日本経済活性化の起爆剤にしたいという国の狙いがあるわけですが、施策を成功に導くためには、今後優秀な人材をスタートアップエコシステムに流入させることが必要不可欠です。
さて、近年は大企業で勤務したのちにスタートアップへ転職する人も徐々にですが増えてきました。ただ実際には、スタートアップで働くことに興味はあるものの、実態がわからず不安に思っている人もまだ多いのではないでしょうか。
そこで本連載では、大企業からスタートアップへ転職し満足度高く働いている方々の共通点などについて、インタビューや調査分析からわかったことを紹介するとともに、スタートアップで働くことの魅力について、全4回にわたりお伝えしていきます。
尚、本連載はグロービス経営大学院に在籍した5名(中田、森本、青石、村上、西角)が、田久保善彦講師の指導の下、研究した成果をまとめたものです。
スタートアップの盛り上がりと現実は?
スタートアップとは?
はじめに、本連載では以下の2点を満たす企業を「スタートアップ」と定義します。
- 急激な成長を目指している、もしくは実際に成長している企業
- 新しい何か(技術・オペレーション等)を持っており、イノベーション(革新的な価値の創出)をもたらす意欲を持つ企業
なお、調査対象とする企業のステージは、IPO前のシード、アーリー、ミドル、レイターとしました。
日本のスタートアップを取り巻く現状
現在、アメリカの株式市場をけん引しているのは、GAFAM(Google, Amazon, (旧)Facebook, Apple, Microsoft)などのIT企業です。2020年には、この5社の時価総額合計が東証一部上場企業約2,170社の合計を超えたと話題になりました。中でもGoogle、Amazon、(旧)Facebookの3社は1990年代後半以降にスタートアップとして世に登場し、急成長と共に市場をけん引していきました。
一方日本では、既存の大企業にとって代わり市場をけん引するようなスタートアップはなかなか生まれてきていないのが現状です。
そうした状況を打破すべく、国も動き始めています。岸田政権は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、スタートアップへの投資額の引き上げなど、新たに10万社の創出を目標とするための「5か年計画」をまとめました。また経団連も、2027年までにスタートアップの数、更に評価額10億ドル以上・設立10年以内と定義されるユニコーン企業の数を共に10倍にする目標を設定し、取り組みを開始しています。
これらの国主導の取り組みのほか、目標を達成するために重要となる要素のひとつが、優秀な人材の確保です。先述の通り、一度大企業へ就職したのちにスタートアップへ転職したりという人も徐々に増えてきてはいますが、まだまだ十分な数ではないというのが実情です。
あなたはスタートアップで働きたいと思ったことがありますか?
現在の日本では、新卒大学生の半数以上が大企業に就職しています。また、新卒一括採用、長期雇用といった日本型雇用慣行の影響もあり、大企業から転職する人は少なく、労働市場の流動性は低い状況です。大企業の中にはスタートアップに興味を持っている人は一定数いるものの、実際に行動に移すというところまで踏み出せていない方が大半なのではないでしょうか。
一方、実際に大企業からスタートアップへ転職した人もいます。彼/彼女らを対象に行った研究では、スタートアップに転職したことで仕事が楽しくなった、裁量が増え、仕事の自由度が増した等のポジティブな変化があるという結果もあります。
ただこういった結果がある傍らで、転職を考える前にそもそもスタートアップで働くことのイメージがわかないという声も多く聞こえてきます。
そこでここからは、大企業からスタートアップへ転職して、実際に働いている人へインタビューを行い、転職の動機や仕事内容、現在の環境に対してどのように思っているかを調査した結果をお伝えします。
果たして、スタートアップってどんなところなのでしょうか?一緒に見ていきましょう。
大企業から転職した人はどんな感じ?
スキルが身につくスピードが早い!大企業で身に付けたコア能力も活かせる
まず、大企業からスタートアップへ転職をされた2人のインタビュー結果からご紹介します。
30代男性 Yさん(前職:自動車メーカー 転職先:スタートアップ(シード期の製造系))
【Yさんの主なコメント】
- スタートアップは物事の進行&意思決定のスピードが全てにおいて速い
- 社員は10名程度、何かあった時の相談相手は社長
- 自身のスキル不足を感じることもあるが、日々知識や経験、新しいスキルがアップデートされていく
Yさんのコメントからは転職後、特に仕事の進め方や意思決定のスピードの速さに違いを感じていることがわかります。
多くの階層が存在する大企業では、何かひとつの物事を決めるにも時間を要し、どうしても意思決定のスピードは遅くなりがちです。Yさんは新規事業の立ち上げに関わっていましたが、大企業がゆえ多くの人の巻き込み・意思決定を繰り返す必要があり、仕事をする中で立ち上げ~事業開始まで何年もかかるのではないか、と思うようになりました。そこで、より素早く意思決定を行い、社会にインパクトを与える仕事ができる場に身をおきたいと考え、スタートアップへ転職しました。
コメントにもあるように、スタートアップでは社員が数名程度の会社も多く、直属の上司や相談相手が社長ということも珍しくありません。さらには、セクション化・分業化された大企業とは異なり、一人何役もこなしていく必要があるため、自身に足りない知識やスキルは仕事をしながらどんどん身に付けていかなければなりません。
Yさんとしては、経営者らと直接会話をしながら意思決定を重ね、また新たな知識を習得することでご自身の成長を実感されていました。
20代女性 Nさん(前職:商社 転職先:スタートアップ(レイター期のテック系))
【Nさんの主なコメント】
- サービスの良し悪しについて顧客と直接会話する機会が多い
- 基本的に少人数で業務を行っており、リソースも足りないので人を巻き込み、力を借りながらプロジェクトを推進していく必要がある
- 前職で身に付けたプロジェクト推進に必要なスキルを活かせて嬉しい
Nさんは前職の商社でDX関連の仕事に携わるうち、理論よりもサービス開発を行う側に参画したいと思うようになり、スタートアップへ転職しました。テック系のエンジニア経験はありませんでしたが、スクールに通いながらスキルを身に付け、実務において能力を磨き上げています。
商社×エンジニアという異色のスキルですが、前職で培った「多くの人を巻き込みながら業務を推進する力」が、現在の仕事に大いに役立っています。
スタートアップ転職はいいことばかり?ネガティブに感じることは?
上記2例は、現在の会社にない環境を求めてスタートアップへ転職したケースと言えます。現業とは異なる環境で挑戦できる、物事の進行や意思決定のスピードが速い、などが主な動機となり、実際にその環境下で能力を磨き成長を実感されていました。
自身をとりまく環境がめまぐるしく変わる中、成長の手応えを感じながら仕事をする。上記2人のインタビューからは、そんな「スタートアップで新規事業に挑戦しています!」というキラキラしたイメージも湧いてきますが、実際に全ての方がそうなのでしょうか?
インタビューの中には、必ずしもそうではないケースもありました。
30代男性 Tさん(前職:ITサービス 転職先:スタートアップ(テック系))
【Tさんの主なコメント】
- 転職直後のメンバーは、気兼ねなく相談し助け合えるチームだった
- 自社の提供サービスで世の中が格段に便利になる、という社会への貢献度を強く感じていた
- 会社がIPOを目指すことになった頃から、利益を重視した株主の意見が多数導入されるようになり社内の雰囲気がトップダウンに変わった
- 上層からの叱責が増え、メンバー間の自由なコミュニケーションも減った
Tさんの場合、転職直後は仕事の充実度と会社の雰囲気が共に良かったものの、会社のステージが移行するに伴い、経営スタイルが変化しました。社内の雰囲気やメンバーに悪い影響が出てしまい、当初のモチベーションを維持しながら働くことが難しいと感じるようになってしまいました。
転職後の会社の変化を予測することは難しいものの、事業拡大を目指すスタートアップでは資金調達やIPOのタイミングで起こり得るかもしれません。変化が速く柔軟な組織であるということは、必ずしも良い影響ばかりではないようです。
若手だけじゃない!セカンドキャリアのスタートアップ転職
ここまで、20代~30代のスタートアップ転職者のインタビューをとりあげてきました。しかし、彼ら・彼女らの年代だけがスタートアップに挑戦しているわけではありません。今までの経験を活かす……という意味では、40~50代でスタートアップに転職し、ネクストキャリアを築いている方ももちろんいらっしゃいます。
50代男性:Uさん(前職:メーカー 転職先:スタートアップ(医療系))
【Uさんの主なコメント】
- 前職の管理職経験を活かし、営業・技術部門責任者を担っている
- 他にも会社全体の組織作りやマネジメントシステムの構築など、会社の制度・仕組みづくりに関わる機会も非常に多い
- 混沌とした中でも現場の代表として経営陣と意見を出し合い、事業拡大と社会貢献に携わっているというやりがいを感じている
Uさんは、大企業の技術部門のマネジメントを経験、ひと通りのキャリアも築いてきました。会社員として働く残りの期間、何をすべきか?という思いから、スタートアップへ転職を決意しました。Uさんがずっと抱いてきた「会社・組織を大きく育てたい」という思いを実現するため、転職後は会社全体の企画・運営・強化を行っています。
20~30代の転職は、自身の能力・スキルのスケール化やキャリアップという声が多く聞かれました。50代前後の転職は、今までのキャリアを活かして、会社の制度・仕組み作りに高いレベルで貢献できる、というコメントが多くありました。年齢により目的・目標は異なる傾向ですが、スタートアップにはそういった様々な意欲を満たせる環境もあります。
ここまで見てきた結果から、”スタートアップという環境下でいきいきと働いている人”には何らかの共通点がありそうです。次回で細かく掘り下げていきましょう。
まとめ
- 国はスタートアップを経済活性化の起爆剤と位置づけ、成功の鍵は優秀な人材の流入にあると認識。
- 大企業からスタートアップへの転職の課題は、情報が少なく不安を感じ転職に踏み出せない人が多い。
- 多くのスタートアップ転職者は、仕事の楽しさ、自由度・裁量、スキル習得を魅力と感じている。
<参考・引用文献>
図1-1 スタートアップの成長ステージ|COMPASS by Globis Capital Partners を参照して筆者作成
図1-2 労働流動性は日本経済の救世主|WirelessWire News を参照して筆者作成
図1-3 ⼤企業からスタートアップへの転職経験に関する調査|スタートアップキャリア総研 を参照して筆者作成