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BOP攻略:インドの6400円冷蔵庫に見る「整合性」

投稿日:2010/11/05更新日:2019/04/09

インド6400円冷蔵庫の綿密な設計

11月1日付日本経済新聞夕刊に、「6400円冷蔵庫郵便局と販売提携印家電大手、農村に配送網」という見出しの小さな記事が掲載された。

「6400円冷蔵庫」とは、インド・ゴドレジ財閥の家電大手ゴドレジ・アンド・ボイス・マニファクチャリング社が開発した、「チョットクール」という製品だ。「チョット」はヒンディー語で「少し」を意味する。製品仕様は、記事では、重量は8〜9キログラム。コンプレッサーを使わず、「サーモエレクトリック」と呼ぶ電子冷却方式で庫内をセ氏5〜15度に保ち、野菜、果実、飲料を保冷できる。冷凍室はないと、紹介している。

機能を必要最低限に絞り込んだ仕様が同じインドでタタ財閥が開発した自動車「ナノ」を想起させることから、「冷蔵庫版ナノ」と紹介しているメディアもある。しかし、機能をそぎ落すだけでなく、ターゲット層が生活の中でどのように使用するのか。そのために実現すべき仕様は何か。購入しうる価格で実現するために高価な部品と代替できるテクノロジーは何かというような探求を続けた過程は、「ナノ」の開発プロジェクト以上に意義深いといえる。

詳細はJICA(独立行政法人国際協力機構)のWebサイトにゴドレジ・ボイス社副社長G・サンドラマン氏の解説が掲載されているので、まずはリンク先を一読されたい。

<BOP層向けの簡易冷蔵庫「チョットクール」の開発ストーリーとVLFMプログラム>

上記は現在注目を集めるBOP(BottomoftheEconomicPyramid=開発途上国の年間所得3000ドル未満の低所得階層のことで、世界人口の約72%、約40億人存在するといわれる)へのアプローチ事例としても意義深いが、前掲の日経夕刊記事と併せて考えると、マーケティングの整合性がよくわかる。

モノ作りとしての「チョットクール」の秀逸さはリンク先のJICAの記事でよく理解できるだろう。インドのBOPをターゲットとしてそのニーズギャップをしっかりとおさえていることが起点だ。JICAのページのG・サンドラマン氏の解説より引用すると、インド人の80%以上は冷蔵庫を利用していません。インドでは最安価格帯の冷蔵庫でも6,000ルピー(約13200円)はします。10億人を超えるBOP層は支払うことができませんし、多くは電気へのアクセスがありません。しかし、もし牛乳を保存したり、野菜や果物を傷むことなく保存したり、数本の冷たい水を得ることができれば彼らの日常生活は著しく向上することができますという状況だ。

ターゲットとその潜在ニーズを見極めた上で、どのようなポジショニングにすればターゲット層に受入れられるのかを考えた過程も秀逸だ。解説では、チョットクールは冷蔵庫ではありません!チョットクールは別の商品カテゴリなのです!とある。電気が通っていない場合もある。リビングで寝起きするような狭小な住宅に住んでいる。中古冷蔵庫のある家庭でも食料の長期保存はしないため水以外は保存されていないという状態。そんなターゲットに対して、「低価格な小型冷蔵庫を作りました!」というより、彼らの生活によりマッチする新しい製品カテゴリであると訴求した方が受入れられやすいのだ。

軽量なため、使用場所を固定しない可搬性がある。さらに、12ボルトの直流電圧で機能し、バッテリーでもインバーターでも、太陽エネルギーでも機能するため、電気が通っていなくても大丈夫。形状も絞り込まれた機能も、確かに従来のいわゆる「冷蔵庫」とは一線を画している。

ここまでで、インドにおける社会的・経済的なマクロ環境と、その中でのBOPというターゲット層と有り様。そして、ターゲットに受入れられるポジショニング、ポジショニングを体現する製品(Product)と、その販売価格(Price)が整合していることが判るだろう。

しかし、問題はターゲット層に製品が行き渡ることだ。解説にも、BOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しました。広く薄く広がる市場、顧客の購買力の低さ、利用者側の認識の限界、大きな文化的多様性などですとある。中でも最も厄介なのは「広く薄く広がる市場」へのアプローチ方法である。

潜在ニーズはあるものの、新たなポジショニングの商品を説明し、販売するには販売チャネル(Place)の整備がカギとなるのだ。そこで、日経の記事にある「郵便局と販売提携」なのである。

インドのイノベーションに学ぶ

日経の記事によれば、「インド西部マハドラシュ州の郵便局と提携した」とのことだが、契約主体は政府系の「インド・ポスト」ではないかと思われる。販売方法は、郵便局員が受注、配達、集金を担うというしくみで、受注1件ごとに275ルピー(約500円)を(ゴドレジ社が)郵便局側に支払うというバックマージン方式だ。同州の郵便局員は約6万3千人、うち配達人が8600人。冷蔵庫のない世帯の多い農村部にも拠点・人員を配置する点に着目して提携したという。

従来にない新たなポジショニングの商品は、説明を要する商品である。その点、配達員による販売であれば、その機能を担うことができる。また、(市場の地理的広さが判らないが)8600人という人数は、ある程度のカバレッジを確保できているのだろう。ターゲティング、ポジショニング、製品(Product)、価格(Price)、販売チャネル(Place)の整合性が確保できていることが判る。

では、マーケティングミックス、いわゆる4Pの最後の1つ、Promotionはどうだろうか。4PにおけるPromotionは、「コミュニケーション」と読み替えることが多い。意味するところは、「販売促進(セールス・プロモーション)」や「広告」だけではなく、「広報」や、人が直接説明や実演、サンプル配布や営業を行う「人的販売」までを、きちんと総合的に組み合わせて考えるということだ。「コミュニケーションミックス」という。その点においては、販売チャネルである郵便配達員が「人的販売」をも担っている。さらに昨今は「口コミ」もコミュニケーションミックスに加えて考えるが、一連の施策で対象地域に口コミが伝播することも期待できる。

G・サンドラマン氏がBOP層への道筋は簡単なものではなく、いくつかの挑戦に直面しましたというとおり、「チョットクール」はいくつもの難所を乗り越えた。最後の難所を、販売チャネル(Place)とコミュニケーション(Promotion)という問題解決に効く1粒で2度美味しい「郵便局と販売提携」を実現させたのである。従来のチャネルの枠組みにとらわれない、とてもイノベーティブな発想だ。

今一度認識したいのは、BOPの対極にある成熟市場である日本におけるマーケティングでも、「整合性」は欠かすことのできない大原則であるということ。振り返ってみれば、我々はまだ、「1億総中流マス・マーケティング」の時代の名残をどこかでひきずってはいまいか。「マス広告が効かない」。よく聞く愚痴の一つだが、もう言い訳は充分だ。社会が多様化、細分化、フラット化した今、日本よりはるかに多様性を持ったインドでの試みがヒントを与えてくれる。市場、社会が複雑になっている。そんな視点で、成功したマーケティング戦略の事例を見直してみることもお勧めしたい。

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