「なんであんな上司が高給を(怒)!」
目の前の上司をいかにマネジメントするか(結局それは、自分の心と行動をどうマネジメントするかでもあるのですが)。そのことには二つの目的があります。
一つは、上司との関係ストレスを軽くすること。もう一つは、上司という資源を活かして自分の仕事・キャリアを最大限に大きく広げること。言ってみれば、前者はネガティブ要因を軽減するための方策で、後者はポジティブ要因を増幅するための方策です。今回は前者について考えます。
さて、きょうのコアメッセージは次の言葉です;
「事柄に怒ってはならぬ。事柄はわれわれがいくら怒っても意に介しない」
————モンテーニュ
分からずやの上司、無能な上司、ノルマばかりを押し付けてくる上司、理不尽な上司、権威主義な上司、プライドだけが高い上司、いつも上役に媚びを振る上司、言うことがぶれまくる上司、決断しない上司、自分の保身しか考えない上司、意地の悪い上司、嫉妬深い上司、不衛生な上司、ねちっこく部下を追い詰める上司……。
等々、サラリーマン組織では、反面教師としたい上司が多々見受けられます。
そんなとき部下は、「なんであんな人間が部課長として居座れるんだ!」「あの上司が自分より高い給料を取っているなんて許せない!」「あんたみたいな上司に言われたくないよ!」「上司なんだから能力があるはず。人間としても人格者であるべき」と、イライラが募る場面も多いでしょう。
あるいは、逆に、「こんな上司の下で働かなければならないのも自分の運だ。あきらめよう」「上司の追求も正しいのかもしれない。できない自分がダメなんだ」と、自分をとがめて辛抱してしまう人もいるかもしれません。
いずれにせよ、こんな精神状態で日々の職場を過ごすことは、確実に自分を痛めつけます。そこできょうの本論は、「ABC理論」による上司ストレスの軽減です。
その出来事ではなく、信念が感情を引き起こす
臨床心理学者アルバート・エリスが提唱した論理療法「ABC理論」の原理を簡単に紹介しましょう。
ABCとは、次の三つを意味します。
・A(Activating Event)=ものごとを引き起こすような出来事
・B(Belief)=信念、思い込み、自分の中のルール
・C(Consequence)=結果として表れた感情、症状、対応など
私たちは、何か自分の身に降りかかった出来事に対し、「よかった」とか「悔しい」とか感情を持ちます。ですから私たちは単純に、この場合の因果関係をA→Cであるかのように思いがちです。
ところが実際は、その感情Cを引き起こしているのは、出来事Aではなく、その出来事をどういった信念や思い込みBで受け止めたかによる、というのがこの理論の軸です。すなわち、因果関係はA→B→Cと表されます。
例えば、ある職場の同僚2人が昼食のためにある定食屋を訪れたとします。2人は同じメニューを注文して待っていたところ、店員が間違った品を持ってきました。そのとき、1人は、「オーダーと違うじゃないか。いますぐ作りなおして持ってきてくれ」と、厳しく当たる反応をしました。
一方、別の1人は、「まぁ、昼食の混雑時だし間違いも時にはあるさ。店員がまだ慣れてないのかもしれないし。時間もないからそのメニューでいいよ」と、穏やかな反応をしました。
このように同じ出来事に対し、結果として2人の持つ感情、そして対応がまったく異なったのは、それぞれが持つ信念・思い込みの差であるといえます。
すなわち、1人は「客サービスとは、決して客の期待を裏切ってはいけない。飲食サービスにおいて注文品を間違えるなどというのは致命的なミスである」という信念を持っているがゆえに、厳しい対応が生じました。
他方、もう1人は「混雑するサービス現場では取り違えや勘違いは起こるものである。おなかが満たされれば、メニューにあまりこだわらない」という信念で受け止めたために、穏やかな対応になりました。
自分の「べき・はず」論をどうコントロールするか
このことは、私たちは身に降りかかってくる出来事を100%コントロールすることはできなくても、それを受け止める信念や思い込みをコントロールすることによって、結果的に生じる感情や対応を、自分の負担の少ないほうに緩和できたり、自分のプラスになる方向へ誘導できたりすることを示しています。
上司との人間関係で言えば、部下は上司の人間改造をそうそう簡単にはできませんが、部下側が心持ちを変えることによって、対上司ストレスを軽減できるということです。
具体的には、次のようなことを留意するといいでしょう。
・過剰に受身的で従順な受け止めをして、自己犠牲しない
・過剰に攻撃的で利己的な思い込みを緩和する
・自分の「べき・はず」論に“遊び”(多少の余裕幅)を持たせる
・自分の主張を上司に100%「説得」しようと考えるのではなく、70%でもいいから「納得」してもらえればいいやと構える
・主語を「WE」(=自分のいる組織)にして考え、語る
自分の長いキャリアを健康に歩んでいくためには、上司との間でうまく折り合いを付けながら、柔らかに自己を通していく術を身につける必要があります。こう書くと、結局、自分の信条をすべて中和、緩和して、上司にすり寄り、アイデンティティーの中核となる「べき」論を捨てろというのか、それじゃ単なる優柔不断人間になれと言っているのと同じではないかとお考えになる方もいるかもしれません。それは違います。
職業人としてあなた自身は、独自の「べき」論を持って、確固たる目標・目的をおおいに抱いてください。それは上司や他人、世間がどう言おうと変える必要はなく、抱き続けるべきものです。
ただし、それを実現するための手段やプロセスにおいては、我を通しすぎると障害が出てくることがあるので、時に柔らかく受け止め方を変えて自分へのストレス負荷を軽くしてください。なにせ、キャリアは何十年というマラソンなのですから健康が第一です。健康を崩していては、目標も目的も台無しになるのです。
一本の樹を想像してみてください。幹は揺るぎなくしっかり伸びていますが、枝葉は風になびいて、しなっています。枝葉まで硬直してしまうと、強風にあおられて、樹全体が折れたり、倒れたりしてしまうからです。
自分の信念をときにうまくコントロールして、「しなる」ことが大事です。上司との関係づくりにおいては、ときに「負けるが勝ち」でいいじゃないですか。そういう柔軟な“信念”が自分を助けます。