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日本文化の「道」から学ぶ価値観の持続的な継承の仕組み

投稿日:2020/04/16更新日:2024/01/16

昨今SDGsやサステナビリティが注目されているが、すでに日本には1000年以上続く文化や伝統産業が多々ある。本連載「日本に学ぶSDGs」では、日本の老舗企業や神社、お寺など日本文化における事例から見えてきたサステナブルなエッセンスを現代の経営にいかせるように紐解いていく。

日本文化の「道」とは何か

日本文化には茶道や華道、剣道や弓道、合気道など「道」と名のつくものが多い。そもそも「道」とは何なのか。一言でいえば、伝統的な技の上達のために修行を積むというプロセスであり、師範や教授といった指導者を育成するプロセスでもある。

ひとつの流派に入門し、一人の先生について日々修練し、師範や教授の資格取得を目指す。ところが「道」において修練する目的は技の上達では無いという話をよく聞く。教授や師範と呼ばれる程に技を習得するために修練しているのに、技の上達が目的では無いというのは矛盾しているように聞こえる。

例えば、弓道では「真・善・美」、柔道では「精力善用 自他共栄」を目指すものといわれている。ほかにも「無心である」ことや「人間力」「精神的豊かさ」といった言葉もよく聞く。この様に、修練を通して人として成長し、人格者になることが多くの「道」における目的だ。

筆者が嗜んでいる小笠原流煎茶道の五箇条でも、人としてあるべき姿を示していているが「技の上達」といった言葉は無い。むしろ身につけた技について「技を奢らない」と戒めている。「道」は総合的な人材育成の仕組みだ。そんな「道」に人はなぜ惹きつけられるのだろう。それは「道」での経験に価値を感じているからだ。

経験価値からみる「道」の提供価値

経験価値には顧客とブランドや企業とのエンゲージメント(繋がり)の深化に大きな力があるという、経験価値マーケティング(Experiential Marketing)という考え方がある。この経験価値を向上させる戦略的経験価値モジュールを提唱したバーンド・H・シュミット教授は5つの要素で経験価値を整理している。

  1. 五感で感じる、「感覚的価値(Sense)」
  2. 感情や気分に表れる、「情緒的経験価値(Feel)」
  3. 新たな知識や考え方を知り、より好奇心が刺激される、「創造的・認知的経験価値(Think)」
  4. 自分の身体を動かした感覚やその経験が普段の生活に役立つと思える、「肉体的経験価値とライフスタイル全般で得られる価値(Act)」
  5. 同じ組織に帰属している、同じ文化を共有しているという安心につながる「準拠集団や文化との関連付け(Relate)」

の5つである。茶道の例を経験価値で見てみよう。

お茶やお菓子の味、道具や茶室のデザインなどの美しさは、感覚的価値(Sense)だ。お稽古で心が落ち着くのは「情緒的経験価値(Feel)」、長い歴史と美意識によってできている総合芸術としての茶道からは知的好奇心を刺激される「創造的・認知的経験価値(Think)」、お稽古により美しい所作を身につけられるのは「肉体的経験価値とライフスタイル全般で得られる価値(Act)」、同じ稽古をしてきた流派への帰属意識は「準拠集団や文化との関連付け(Relate)」だ。「道」において体験する内容は、経験価値の5つの要素を網羅的かつお互い深い結びつきで構成されている。人が惹きつけられる訳だ。

バーンド・H・シュミット氏による経験価値マーケティングの5つの要素

道の共通点は「型」から入ること

経験価値のフレームワークから「道」が長きにわたって人を惹きつける要素が見えてきたと思う。しかし、何百年と継承された理由としてはこれだけでは不十分だ。「道」が何百年を越えて続いてきた理由はどこにあるのだろうか。

ここで、「道」の共通点として、技を習得するために「型」から入るという点に注目したい。入門すると初心者は基本の型を身体が覚えるまで理屈抜きに繰り返し修練する。

ドイツ哲学者オイゲン・ヘリゲルの名著『弓と禅』でも、日本の稽古法は「無条件に形に習熟する」と説明し、師匠は教えや理由づけを嫌い、ただ指示するだけだと述べている。 ヘリゲルは日本で弓道に入門するが、当初は型から入るスタイルに戸惑っている。理屈抜きに基本の型をたたき込まれるスタイルは今となっては時代遅れと感じるだろう。

意味や理由は教えない――自ら「道」の本質に気付く

型から入る「道」は効率、つまり短期習得を目指していない。その目的は、「身体が覚えている状態」にもっていくことだ。身体が覚える状態とは、頭で考えなくても身体が動く状態であり、「間違いなくできる状態」よりも習熟度は高い。

一般に新しい事を学ぶとき、説明を先にする。その後に身体を動かす。だが、「道」では型から入り身体が覚える状態を目指し、意味合いの理解は後だ。では意味や理由をいつ教えてくれるのかというと、実は教えない。自分で気付くことが求められる。

「道」を通して理解すべき「真・善・美」や「人間力」「精神的豊かさ」といった概念的な価値観の意味を最初に人に説明されて理解しても、他人の言葉による定義にしかならない。それではまだ他人事だ。それを自分で気付き、自分のものにする――そのためには、何回と稽古を繰り返すしかなく、それができる頃には師範や教授という資格が得られるほどの時間が経っていることになる。

そして、型から入り、身体が覚えた技や長年の経験から自分の歩んできた「道」の価値感を理解すれば、他者に教えたい、勧めたいと思う気持ちが湧き上がってくる。この気持ちに搔き立てられ、エバンジェリストの役割を自然と果たす人が多いことが「道」が長い間、継承されてきた理由だろう。

先に紹介したヘリゲルも次第に弓道の深い魅力に惹きつけられ、師範の資格を得てドイツに帰国する。その後、弓道の経験を踏まえた哲学的考察を元に講演を何度も行っている。弓道の求める価値観を修行の経験から自ら理解を深化させ、言語化して、そして人に伝えずにはいられなかったのだろう。

価値感を継承する「道」から得られる示唆

効率を求める現代においても、型からはじめる「道」のスタイル――身体が覚え習慣になるぐらい繰り返し身につける、その意味合いを自ら気付き、考えるという2つプロセス――は価値観を何代にもわたり継承していくうえで有効である。

例えば、型の決まったルーチンワークやスタイルにより企業文化を醸成している例は少なくない。青山フラワーマーケットを展開しているパーク・コーポレーションの井上社長は、「花や緑に囲まれた心ゆたかな生活を都市生活者に届けるブランドを作っていきます」という価値観を掲げているが、同社では毎週月曜朝、社員全員で社内の植物の水やりと手入れをしている。この活動により、自然と社員に価値観が伝わっているはずだ。

また、シリコンバレーの多くのベンチャー企業が手本としたhp wayと呼ばれるヒューレット・パッカード(hp)社の企業文化にはオープン・ドア・ポリシーという上下や組織の壁に関係なく、オープンに意見がいえる社風がある。この文化を醸成しているのがhpのマネジャーに義務づけられているMBWA(Management By Walking Aroundの略でうろうろ歩き回りながらマネジメントすること)である。インフォーマルなコミュニケーションにより部下や他の部署との意思疎通がしやすくなり、オープン・ドア・ポリシーが自然に実践されているといえる。

このように企業文化や経営理念を継承する一つの方法を日本文化の「道」は示唆してくれている。人を惹きつける経験価値を訴求する5つの要素で体験プロセスをデザインし身体で覚える、次に身につけたことの意味合いを考え、継承すべき価値観を一人ひとりが自分の言葉で言語化する。そうすると、価値は継承されていく。

もしヘリゲルが現代に生きていたとしても、詳細な説明を請うよりも「まずは師の指示に従って型からはじめよ」と言うに違いない。

今回、茶道の例を多く取りあげたが、経験が無いと分かりづらいかも知れない。そのような方には、映画「日日是好日」を観るのをお勧めする。茶道の稽古の風景や心情がイメージできるだろう。 また、戦略的経験価値モジュールについて詳しく知りたい方は、[改訂4版]グロービスMBAマーケティングを参考にされたい。

写真提供:(公財)小笠原流煎茶道


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