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トヨタはなぜ、キレたのか?

投稿日:2009/06/12更新日:2019/04/09

過熱するハイブリッド市場

ホンダ・インサイト対トヨタ・プリウスの戦いが激化している。それもあり得ないぐらいの激しさで。百獣の王ライオンはどんな獲物でも全力で斃すといわれるが、圧倒的な力を持つトヨタの、ホンダ・インサイト叩きは異様な様相を呈している。

確かに、3代目プリウスの発売に先行して、ホンダ・インサイトは絶好調ともいえる受注状況になった。それに対し、トヨタは常識では考えられない手段をとった。旧型となる2代目プリウスを40万円以上も大幅値下げして販売を継続。さらには、新型の3代目プリウスの最低価格を極めて低廉に設定した。

消費財などの場合は、大きなシェアを持つリーダー企業が、当該カテゴリーにチャレンジャーが参入してきた時、その出鼻をくじくため、発売のタイミングでキャンペーン的に値引きをすることはある。このコラムでも以前、キリンビバレッジ「潤る茶(うるるちゃ)」と日本コカ・コーラ「爽健美茶」の戦いを紹介した。

しかし、一度購入してしまえば反復購入が望めない耐久消費財である自動車で、一過性のキャンペーンではなく、定価そのものを引き下げるというのは、筆者は聞いたことがない。トヨタが、ハイブリッド車市場を一部たりとも明け渡す意志のない現れだろう。

価格の問題だけではない。ダイヤモンドオンラインの記事『業界騒然!ホンダ「インサイト」をコケにするトヨタ「プリウス」の容赦ない“比較戦略”』からは、トヨタの凄まじい意志が伝わってくる。

虎の尾を踏まれたトヨタの反撃

記事によると、2009年5月18日にメディア向けに行われたプリウスの発表会において、寸劇と配付資料で、ホンダ・インサイトという明示はしないものの、明らかにそれとわかる内容でトヨタのプリウスとの比較を行ったというのだ。

例えば配布資料に掲載されている漫画では、ストロングHVはエンジン役もモーター役も競技用自転車のレーサージャージを着た若くて筋骨隆々のたくましい男性。一方のマイルドHVは、チノパンにシャツ姿で眼鏡をかけた頼りないおじさんがエンジン役、そしてモーター役は「自分ひとりではまだ走れない」と言う「マイルドモーターちゃん」なる幼い男の子が務め、2人でペダルをごくという図式だったという。

露骨に、自社のシステムが優れており、他方がダメダメであるかを、コッテリたっぷり伝えたのだ。

比較広告は日本では馴染みがあまりないが、海外においては珍しいことではない。有名な例では、ペプシコがコカ・コーラとの比較を一般消費者に体験させ、それをCMにした「ペプシチャレンジ」。最近では、アップルコンピュータの「マックです。パソコンです。」のCMもその例だ。

しかし、上記の例はいずれも市場ポジションが下位のチャレンジャーが、上位のリーダーに挑んでいる。リーダーが下位のチャレンジャーを比較して、さらに徹底的に叩くということは、極めて異例だといっていいだろう。

記事には、「あまりにもメッセージ性が強く、わかりやすい戦略。明らかにホンダはトヨタの“虎の尾”を踏んだということ」という業界関係者のコメントが紹介されている。あまりにも露骨なトヨタのホンダ叩きの真意はどこにあるのだろうか。

低廉な価格設定、場合によっては初期段階では赤字も覚悟して、早期に市場のシェアを獲得する価格戦略を「ペネトレーション(市場浸透)戦略」という。

その戦略の要諦は、競合があきらめるぐらいの低価格をもって参入障壁を築くこと。その意味では、ホンダ・インサイトの価格はトヨタの誤算でもあっただろう。致し方なく、トヨタはより一層のペネトレーション・プライシングをプリウスに設定した。

ペネトレーションで利益を出す方法は、とにかく数を売ることだ。規模の経済によって、固定比率を圧縮し、経験効果によって生産性を向上させ、変動比率も圧縮する。固定費・変動費という原価を圧縮することによって、利益を絞り出していくのだ。

利益をひねり出していくことはトヨタのお家芸である。しかし、インサイトの出足は好調すぎた。みるみる数万台という予約を取り付けられてはトヨタのシェア最大化によって利益を創出するという目論見が潰えることになる。ここが一つの「虎の尾」なのだ。

もう一つ理由がある。ポジショニングの問題だ。

エコのトヨタを死守する

トヨタのハイブリッド技術はホンモノで、ホンダはダメダメとの露骨な表現。それは、トヨタの「環境技術」のアピールでもある。

初代プリウスの登場は1997年。その頃からトヨタは「エコロジー」をポジショニングの中心に据えた。環境をテーマにした広告やイベント、各種スポンサード。これでもかと、「エコのトヨタ」「環境のトヨタ」をアピールしてきた。なぜか。自らのポジショニングを明確にするためである。

フィリップ・コトラーは著書『コトラーのマーケティング・コンセプト』(東洋経済新報社)の「ポジショニング」の項で、今日の米国ビッグ3凋落の理由を早くにして指摘している。いわく、欧州では、BMWが「究極のドライビングマシン」、ボルボが「世界一安全な車」と、メーカーのポジショニングが明確なのに対して、米国車は曖昧であると。

フルラインナップを揃える米国ビッグ3は、とりあえずラインナップのスキマを見つけては新車種を上市する。そして、個別車種に後付でポジショニングを行う。その結果、GM、クライスラー、フォード各社は、自動車会社としてどんなポジショニングなのかが極めて曖昧になっているという指摘である。

ポジショニングは、消費者のアタマの中にどんな魅力があるのかが明確にイメージさせられていることがキモだ。その魅力が曖昧になるのは極めて危険なことなのだが、それに気付いていなかったわけだ。

同じフルラインナップメーカーのトヨタは、『これからの世の中で求められるのは「環境負荷の低減」である』と見抜き、「エコロジー」を掲げたのだ。自動車とは環境負荷を与える存在であるが、トヨタの車であれば、その負荷が低減できる。

景気の低迷によって、環境負荷よりも燃費性能に注目が集まっているが、やがては景気も回復するだろう。その時、再び、「エコのオンリーワン」はトヨタであるというポジショニングが生きてくる。

トヨタ・ホンダ両社とも、さらにハイブリッド車種を増やしていくとの発表を行っている。他の自動車メーカーからの発売も続くだろう。その時、トヨタはどのような戦略に出るのだろうか。

圧倒的な力を持ったリーダー企業の総力戦。少々、背筋が寒くなる。

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