グロービス経営大学院とflierが共催した「読者が選ぶビジネス書グランプリ2020」で、マネジメント部門第1位となった『学校の「当たり前」をやめた。 ― 生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』。宿題も中間・期末テストも固定担任制も廃止し、次世代を担う子どもたちにとって必要な学校の形を追求する、麹町中学校の工藤勇一校長。変革を起こすリーダーに必要なことは何なのか、話を聞きました。
教育現場が忙しいのは「手段が目的化」しているから
荒木:この本は、工藤さんが「学校」で改革してきたことが綴られている本ですが、多くのビジネスパーソンの心に響いたようですね。
工藤:すごくうれしいです。いつの頃からか、「学校は人材育成の場じゃない、組織論や経営論を語る場所じゃない」って思われるようになったので。
子どもたちがつくる世界は社会の縮図ですから、学校は「どんな社会をつくるか」を考えるための、基礎的な学びの場であるはずです。子どもたちを育成する教員は、当然プロじゃなきゃいけない。だけど、いつの間にか、学校はそういう場じゃなくなった。
荒木:本の中で、「手段の目的化」が教育現場でもかなり起きていると指摘されていました。やらなきゃいけないことがたくさんあって、本来の目的に立ち戻れない。そんな現場が多いのでは。
工藤:教育現場が忙しいのも、「手段が目的化する」ことによって起きています。
教員は「優秀だと思われたい」から、保護者や生徒のニーズに応えてサービスを与え続けます。サービスを与え続けられた人は、やがて自分でものごとを考えなくなります。そしてサービスの質に文句を言うようになる。それに教員が応えてまた忙しくなるという構図です。
荒木:「手段が目的化する」ことの主因は、自分でものごと考えなくなったことにあると。
経営者に必要な2つの問いかけ
工藤:今、脳科学をエビデンスにして既存の教育論や指導方法を見直す取り組みをやっているんです。脳科学には「Use it, or lose it」っていう言葉があるそうです。脳は使っているとシナプスがつながって回路ができる。でも使わないと切れてしまい、つなぎ直すのにものすごく生命のエネルギーを使うとか。
たとえば、「この授業、何の意味があるの?」って思うことがありますよね。それに対して、日本の教育は「いいからやれ」「課題なんか見つけるな」と型にはめた対応を続けています。そうすると、回路ができないですよね。そうなってしまった大人に、社会の変革ができるわけない。
そうではなく、自律した子ども、多様性を認めることができる子どもが増えれば、きっと社会に出たときに自分の力で「これ、解決する必要があるよね」と、対話を通して解決できるわけです。
荒木:経営の現場でも似たようなことが起きています。その1つが「短期思考」です。「この会社は何のためにあるの?」といった根本を問うような議論をせず、短期的に結果が出ることに飛びつく人たちが増えていると感じます。
工藤:僕が経営で考えていることは2つしかありません。1つ目は「最上位目標をまず据えること」。最上位目標は、学校ならば生徒、保護者、教員、関わる全ての人たちが「オッケー」と言えるのにふさわしいものかどうかが大事です。
これがふさわしくないと、対話が起きません。誰かの価値観を押し付けた最上位目標になっていると、必ずこれに対抗する人たちが出てくるし、モチベーションがそもそも湧かないですよね。
2つ目は「ステークホルダー全てが当事者になれるか」。当事者に変えるだけなら簡単です。責任と権限を与えればいい。ただ、そうすると勘違いして自分の価値観、成功体験を押し付けてしまう人もいます。結果、対話が起こらずに、声の大きい人の勝ちになって組織が動いていきます。だから、経営者は最上位目標の実現に向けて、手段を決める必要もあるのです。
教員や保護者をどう当事者化していくのか?
荒木:たとえばどんな手段がありますか?
工藤:今年、学校の経営を改善する会議に参加する保護者を募集したんです。教員と保護者でブレストをやると、課題が200くらい出てきた。6年前は「保護者と学校は対立するもの」と誰もが思っていたでしょう。だけど、一緒の土俵に上がってみんなで改善作業したほうが、より上位の目標の合意ができ、よりよい手段を出すことができます。
話し合いのポイントは3つです。1つ目が、最上位目的である「自律尊重をそぐような教育活動がありませんか?」。2つ目が、「そもそも目的を見失った教育活動ってありませんか?」。3つ目が「無駄なものってありませんか?」。これは、盛り上がります。
荒木:これまでの改革で、皆さんの意識は変わりましたか?
工藤:うちは公立で入れ替わりがあるので、改革が組織としてしっくりくるまで3年ぐらいかかりました。職員室の雰囲気は以前とは全然違いますよ。
固定担任制をなくしたことも、よかったと思います。昔は、営業マンが個人成績を競っている感じでした。今は子どもの自律尊重という目的の実現のためにチームがあちこちに形成されて、手段をみんなで考えることができるようなった。
まだ一部ですが、子どもたちに話しかける言葉の質もだんだん深くなっているので、子どもたちにもいい影響が出ていると思います。
自分で考えなくなった子どもを変える3つの言葉
荒木:子どもたちに、どういう声かけをしているのですか?
工藤:麹町中学には、親の期待を一身に背負って受験したものの、失敗して傷ついた子どもたちがたくさん入学します。劣等感いっぱい、ものごとを自分で考えられなくて常に人のせいにし、「先生なんか大嫌い」って状態で入ってくる。そんな子どもたちに、約1年かけてリハビリをします。
自分でものごとを考えなくなった子どもたちを変えるために、3つの言葉があります。まずは現状把握です。「今、何か困っている?」って。喧嘩をしていたら「何でこうなったの?」「今、どんな状態?」と聞きます。叱るとこから入らないんです。
その次に「どうしたい?これから」って聞きます。意思決定をさせるんです。これ、困りますよね、入学して以来そんなこと言われたことはないから。
だから、3つ目で選択肢を与えます。「こういう支援はできるけど、どうする?」って。
荒木:そうすると、どういう変化が起きますか。
工藤:たとえば、各クラス2、3人は、何かしら困っていそうな子がいます。教室に座っていられない子もいれば、小学校6年間ほとんど別室で過ごす子だっていますし、不登校の子、授業中にうるさくして邪魔しまくる子、あとはずっと寝ているとか。
そういう子に3つの言葉をかけながら自己決定する習慣を付けさせ、主体性を復活させていく。そうすると、大人が支援者だってわかってくるんですよ。失敗してもオッケーだし、助けてくれるんだって。そうすると自分も他人も否定しなくなってくるので、ようやく子どもたちが他を認め合える環境になってくる。
荒木:麹町中学では、数学は一斉型授業をやめたと聞きました。リハビリしたとしても、クラスの運営は大変ではありませんか。
工藤:数学は、子どもたちだけで学び合っています。「Qubena」というAI型タブレット教材を使う子もいれば、自分で教材を持って来ている子もいるし、われわれが用意した教材をやっている子もいる。
誰かと学び合う子、1人でやる子、カーテンに包まってやっている子もいますよ。基本は、学びは個人のもので、わからないものが生じたら誰かに聞くと。そのアクションを起こすまで待っているんです。
最初にこれを始めたとき、あるクラスは4、5人がずっと雑談していたんです。教員は悩んで注意しようと思うわけです。でも、注意したら、そのときだけ真面目に勉強するだけです。だから、勉強がどういうものかを伝えながら、ひたすら待つんです。
すると1週間で1人、2週間で1人…と抜けていきました。最長で8カ月ずっと遊んでいた生徒もいますが。でも、その生徒は8カ月経った頃にいきなりスイッチが入って勉強し始めたんです。わずか2カ月で1年から3年の課程までいきましたね。
どうやって生徒を当事者にするのか?
荒木:先日、ある経営者との対話で「パソコンでいうとOSを変えなきゃダメだ」っていう話が比喩としてあったんです。「固定担任制を止める」といったアプリケーション的な部分を学んだところで、OSが変わらなければ全く機能しないですよね。そういう、「根本のところを変えなきゃダメだよね」っていう学校、多くないですか。
工藤:今日もこのあと全国から視察が200人来るんですよ。うちの真似をしてくれる学校がどんどん増えています。でも、学校側だけが頑張ってもダメなんです。生徒を当事者に変える教育をすることが、本当は何よりも大事なんです。
日本財団が9カ国の17歳から19歳、各1,000人に調査した結果をまとめた「18歳意識調査」によると、「自分は大人だと思う」と答えた生徒が、日本は29.1%。ほとんどの国は8割を超えています。さらに、「自分で国や社会を変えられると思う」って答えた生徒に至っては、18%しかいない。日本の子どもたちだけがあまりにも幼いんです。
なぜかというと、当事者にしていないから。例えば、スウェーデンだったら「来年の予算はこれだけあるけど、何を買いたい?」って小学生に問いかけるんです。すると、みんなの考えが違うことをまず知りますよね。そのなかで、全員がオッケーなものを探し出そうとする。対話をするわけですよね。
本当に最上位目標としてふさわしいかどうかは、対話をしないと見つからないんですよ。自分の生き方も見直さなきゃいけないから。この訓練を子どものうちからしている国と、人任せになっている国では全く違うと。
本当は子どもたち自身が、社会の縮図のある学校を自分たちの手でつくっていく学校にしなきゃいけないんです。
荒木:子どもたちを当事者にするには、どうすればよいのでしょう?
工藤:子どもたちを経営に入れればいいだけです。たとえば、うちには経営にものをいう学校運営協議会という会議もあります。参加者は大学教授や地域の方や保護者ですが、今年は生徒会の役員と一般募集の子どもたちも加わりました。めちゃくちゃ面白いアイディアが出てきましたよ。
「子どもたちの自律尊重をそいでいるものはありませんか?」って聞いたら、「避難訓練」だと。「避難訓練は予告したら意味がない。予告を止めましょう」「生徒だけでやってみたらどうですか」って。来年度から実際に生徒だけでやることになりました。
ほかにも、生徒会が委員会活動を全部ボランティアに変えたんです。一部の委員がいないクラスもありましたが、人数は学校全体で十分集まりました。「自分たちと社会をよくするためには、好きな人、やりたい人が集まって、組織をつくったほうがはるかにいい」みたいなことを子どもたちが言ってきた。
6年間で、子どもたちが当事者に変わったのだと、そのとき実感しました。まだほんの一部にすぎないけど、それが勝るようになってきたわけです。そういう社会に変えなきゃいけない。
人生は、それなりに長い
荒木:最後に、リーダーを目指すビジネスパーソンに、メッセージがあれば。
工藤:この年になればわかりますけど、人生それなりには長い。今は何をする時期なのか、自分が何に悩んでいるのか、1回整理するといいですよね。その中で優先順位は何なのか。それは本質なのかどうか。そこをまず見極めること。
それが確かだと思えれば、同僚なり上司と対話してみる。それが難しかったら、起業するとか自分の夢を実現するための方法を考えてみればいいと思います。
例えば僕が校長になろうって決めたのは30代のときですが、そのために必要なステークホルダーを自分の目で知る必要があったので、嫌いな教育委員会にも入りました。敵だと思っているものが本当に敵なのかどうかも、経験しなければわからないこともあります。自分がやるべきことの道筋を立てて、一歩ずつ進んでいけるといいですね。