本記事は、あすか会議2019「志を培うコミュニケーションの本質」の内容を書き起こしたものです(前編)
木暮太一氏(以下、敬称略):本セッションのテーマですが、よくよく考えてみると「志を培うコミュニケーションの本質」って、何を言っているのかよく分かりません(会場笑)。そういう状態で話をするとますます分からなくなるので、まずは「コミュニケーションとは何ぞや?」「志を培うとはどういうことか?」といった定義をしたいと思っています。そこで、まず皆さんには、志を培うコミュニケーション、つまり自分や周囲の人々をモチベートするような、上げるコミュニケーションの方法として大切にしていらっしゃるものを伺いたいと思っています。まずは伊藤さんから。
モチベーションアップには「1対1のコミュニケーション」と「“大丈夫”と声掛け」
伊藤羊一氏(以下、敬称略):人を上げるために僕がしていることは2つ。1つは最近流行っていますが、やっぱり1対1のコミュニケーションというのはめちゃくちゃ大事なんですよね。たとえば部下が300人もいると1対1も300回やらなきゃいけないから大変だし毎週は無理だけど、1回やっておくと関係性が必ずできるので。もう1つはキーワードになりますけれども、僕はなんでもかんでも「大丈夫、大丈夫」って言うんです。「木暮さん、大丈夫だから」「紺野さん、大丈夫ですよ」って。世の中、だいたい大丈夫なんですよね。大丈夫じゃないかもしれないし、実際には分からないけど、ひとまず「大丈夫、大丈夫」と言うと皆が安心する。だから、元気づける意味でもそう言っていると、皆に「やれる気がしてきました」って言ってもらえます。
木暮:ではそれを受けて、今は直属の部下が500人いらっしゃるという紺野さん。
「誰かのために」「何かのために」と考える人を採用する
紺野俊介氏(以下、敬称略):社長をやっていた去年までと状況は異なりますが、今も一応最終面接まで担当しています。ですから今日はそういう立場でお話をしますが、入ったあとに皆の志を同じ方向にするだけでなく、入るときが重要になると思っています。具体的には「誰かのために」「何かのために」という風に考えている人を採るようにしているんですね。「自分が」という主語の人は採りません。新卒の人は仕方ないんですが、主語が自分の人は、それはそれで評価される会社も別にあるし、会社によって色は違ってくるので。僕は広告というビジネスをメインにやっていますが、広告というのはそれだけではお金になりません。広告を出すということは、そもそも表に出すべき事業がある。昔、「インテル入ってる」というキャッチコピーがあったじゃないですか。それと同じで、広告は裏側にいる仕事なんです。それなのに「自分が輝きたい」って思っている人は、たぶんこの業界に合わないと思うんですね。入社後の教育や評価とは別に、そういう部分を踏まえて入口できちんと同じ方向の人たちを採るということをすると、皆の色も揃っていくと思います。
木暮:入社時はやる気に満ちていても、その後やる気を失っていく人っていますよね。そういう人を元に戻すためにはどうしますか?
紺野:基本的には1on1をします。多くの人は承認欲求を持っているので。皆にゴマをするつもりもないし評価だけをするつもりもありませんが、一定以上のポジションになると部下とは1対nの関係になりがちじゃないですか。そこで1対1の関係をどれほど持つことができるかというのは重要だと思います。
伊藤:500人で1対1の関係を保ち続けるって、結構大変じゃないですか。どうやっているんですか?
紺野:まず10%。500人のうち50人は1対1です。でも、残念ながら時間がなかなか取れないので、部長が50人で課長が100人だとすると、後者は1対3でやるかもしれません。重要なのは1対nにしないこと。1対10でもいいんですが、たとえばランチ会をやったりして結構細かく向き合っています。本当は500人全員で1対1をやりたいんですけれども、それだと500時間がかかっちゃうので限界がありますから。
木暮:続いて島田さん。一般的なコミュニケーションとは少し違って、島田さんは人に拳銃を突きつけるような人たちと交渉したりする仕事をしていますよね。そうした極限状況で皆の方向を揃えるためのコミュニケーションとしては、何が必要になるんでしょうか。
コミュニケーションで必要なのは「イメージを明確に持つ」こと
島田久仁彦氏(以下、敬称略):一般的なコミュニケーションでも、私がやっていることでも同じですが、コミュニケーションで必要なのはイメージをできるだけ明確に持ってもらうこと。自分が行きたいところやミッションをクリアにイメージしてもらうことです。じゃあ、銃を突きつけてくる人とどのようにコミュニケーションするのか。私は今、FBIのクライシスネゴシエーションユニットというところで、テロリストや銀行強盗やハイジャック犯と交渉するようなFBI捜査官たちをトレーニングしていますが、彼らには「答えを与えるな」と、よく言っています。「すべて相手に考えさせろ」と。
たとえば、この会場のドアがすべて外側から閉められ、内側から開けられなくなったとします。で、私がニヤッとしながらスマホを掲げて、「会場に時限爆弾があります」と言うわけです。そうして、「申し訳ないですが、このセッションへ来てしまったがゆえに皆さんの命はここで終わります。嫌なら今持っているお金をすべて出してください」と私に言われたら、皆さんはまず自分が助かることを考えるでしょ。でも、そうじゃないんですよ。「島田を説得するにはどうすればいいか。こんな狂ったやつに対して時限爆弾を止めさせるにはどうすればよいか」ということに皆さんはフォーカスすると思いますが、皆さん自身がそれを考えちゃダメなんですよ。私に考えさせるんです。
あるいは、やばい人に出くわして、そこで相手が訳の分からないことを言い出したとき。そんなときは、「やっぱりいろいろと大変なんだね」と同調はしたうえで、「どうしたらいいのかな?教えて」と言うんです。「あなたの話が本当かどうかも分からない。お金なんて出せないし、自分の命を賭けることなんてできないから、まずはそれが本当だという証明をしてよ」と、むしろ相手に質問を投げる。それで本当だと分かってから、「じゃあ具体的に方法を考えましょう」という風にします。質問されて答える権利を委ねられた側は、自分が力を持っていると思いがち。でも、実は答えなければいけない義務を負った時点で、質問した側が圧倒的に力を持っているんです。そんな風に、相手の頭のなかでぐちゃぐちゃになっているものを、できるだけ整理する手伝いを私はしてあげているだけなんですね。それがコミュニケーションなのかなと思います。
木暮:ビジネスの場でも、爆弾を仕掛けられることはないにせよ、危機的なシチュエーションはあると思いますが、田中さんはどのようにお考えですか?
コミュニケーションには「相手との対話」と「自分との対話」がある
田中愼一氏(以下、敬称略):リーダーシップというのは有事、つまり危機的な状況に直面したときこそ問われます。ピンチをどう切り抜けるかが一番重要ですから。企業でも、爆弾を仕掛けられることはないけれど、危機というものは起きますよね。不祥事が起きたり製品で人が亡くなったりして。そうしたピンチに対処するにあたって、人はどうあるべきか。
まず、「志を持つこと」と「志を培うこと」は違います。「素晴らしい志を持っていれば情熱的になってエネルギーが湧いて、自然と心も強くなる」なんてよく言われるけど、そんな甘い話じゃない。持つだけじゃだめです。持ち続けて、しかも行動に移すことが重要なんです。
そこで必要なのは1つ。自分の心を鍛えるしかない。どれほどのピンチに直面しても、「俺はこれを乗り越えていく」という心の強さを持たないとだめなんです。心というのはいい加減なもので、そもそも自分の言うことを聞かないでしょ。目の前で何かが起こるとそれに影響されちゃう。でも、それだと志を持っていてもなんの意味もないんです。じゃあ、どのようにして強い心を持つか。先ほど「大丈夫、大丈夫」という伊藤さんの名言がありました。実際、それを相手に言うことも重要だけど、その前に自分に対して「大丈夫」と思い込ませないといけない。自分が「大丈夫」と思い込まない限り、相手にも大丈夫と言えません。迫力が欠けるんです。ということは、実はコミュニケーションには相手との対話と自分との対話の2つがあって、その2つは分けられるものではないんですね。
皆さんが相手と対話しているときは自分とも対話をしています。たとえば相手と対話しながら、「この人は嫌だなあ」なんて思う一方で、「いや、そんな風に考えちゃいけない。相手を好きにならなきゃ」なんて、心のなかで葛藤したり。そんな風に相手との対話と自分との対話を続けていくことで徐々に自分の心が強くなっていきます。鍛えられていくんです。とにかく、志を持つだけじゃなく培わないといけない。では、培うというのはどういうことか。萎えない心を鍛えることです。コミュニケーションの有り様が、皆さんの心をどう鍛えていくか決めてしまうんです。だからコミュニケーションをいい加減にしちゃいけない。コミュニケーションの有り様がそのまま皆さんの心のレベルに反映され、皆さんの人生を変えていきます。いずれにしても、コミュニケーションは頭で考えるもんじゃないんですよ。身体全体で発想するものなんです。リーダーは考えるんじゃない。動くの。体全体で表現しなきゃいけない。
木暮:たとえば紺野さんの下にいる500人のなかにはいろいろな人がいるわけじゃないですか。今日集まっていらっしゃる方々のようにモチベーションが高くない方も実際にはいらっしゃると思うんですね。そういう方々とはどのように向き合っていますか?
紺野:語弊を恐れずに言うと、最後は諦めるという考え方も、ある程度は必要かなと思っています。向き合っている過程で諦めるのはいけないと思いますけれども。会場には一定規模の会社で社長や部長を務めている方もいれば、部門的にも営業、製造、人事等々、いろいろな方がいらっしゃると思います。ただ、そうした違いに関わらず会社全体で向かうべきベクトルってあるじゃないですか。そういう会社の方向と違う方を向いている人がいたとして、それを同じ方向に仕向ける努力はマネジメントとして必要ですが、根本的に相反するようなら諦めないと。そうでないと、その人の色が他の人にも広がってしまうので。
木暮:それは、ある意味では去ってもらうということですか?
紺野:ただ、単純に諦めるべきではないと思います。雇用責任もあるし、ご家族もいたりするわけだから。
木暮:諦めるという線も最終的にはあるかなとも思いますが、その線引きが非常に難しいと思っていて。
島田:諦めるというのは、頭では分かるんです。ただ、僕の仕事では、諦めると相手がIS(Islamic State)をつくるんですよ。諦めて捨てちゃった時点で、「自分は疎外されている。だから誰も自分の話なんて聞いてくれない。ああ・・・」となって、それで気がついたらAK-47自動小銃を持っている。それで、オレンジの服を着ている人を襲いに行ったりするんです。捨ててしまうとそちらの方向に走ってしまうんですね。疎外感が強い人は逆のベクトルへ進む力が凄まじく強くなります。「なんとかして良い方向へ進む。頑張ろう」とならずに「俺なんて」「私なんて」と、どんどん沈んでいく。そういう思いがどこかで爆発したときの、恨みとつらみと妬みのパワーってすごい。誰からも悪くされていないのに思い込みで一気に悪いほうへ進んでしまう。これもネガティブコミュニケーションの1つなんですね。だから、とにかく話を聞いてあげることが大事。「そうなんだよね。なるほどね。あなたの言いたいことはこういうことなんだね。僕も100%は同意できないけど、こういうことでしょ」と言うと、だいたいの場合、相手は「そうなんですよ」と言ってボロボロと泣く。その時点で、底を打つのかどうか分かりませんけれども、今度は逆に1番の味方になってくれたりします。
木暮:「言っていることは分かった」という風に表明する、と。
島田:はい。表明するだけ。同意しなくてもいいんです。
相手の中にスッと入って寄り添うコミュニケーションが大切
田中:僕は相手の中に入っていくぐらいの真剣さが必要になると思っています。(会場フロアを進みながら)こうやって立って話していると、違うでしょ?皆のほうに進んで、自分が感じられるようなところまで相手の中に入っていくコミュニケーションが重要なんですね。実際、人は見捨てちゃいけないと思います。人にはそれぞれ良さがあるので。ただ、その良い点や悪い点を判断しているのは自分なんですよね。だから、自分のそうした思い込みや好き嫌いをゼロにしたうえで、相手の中にスッと入っていくことが大切になる。言葉だけじゃダメなんです。相手のなかに入っていって、(来場者の肩を叩いて)触れて、「どう?」って。感じるでしょ?だから壇上の皆さんも立って歩いてください。
木暮:そうした深いコミュニケーションを行う時間が持てない場合はどうすればいいですか?たとえば会場の数百人と1時間でなんとかコミュニケーションを取らなければいけないとき、一人ひとりと握手をすることはできるかもしれないけど、それ以上のことをする時間はないと思うんですね。伊藤さんは、そういうときはどうしますか?
伊藤:たしかに僕も前に出て皆のなかに入っていって話すことは多いけど、時間がない状態で何かするとしたら、僕は皆さんと同じ方向を向いて、寄り添います。そうして「皆と同じですよ」というスタンスを見せることで、一瞬で「あ、そうか。こういうことなんだね」という風に理解してもらえるようにする。だから、入っていくと同時に寄り添うというスタンス。これは島田さんの世界ではやりにくいことかもしれませんけれども。
島田:いや、やりますよ。たとえば真正面から向き合うと、普通の対立軸になります。「私は私の立場、あなたはあなたの立場」と。でも、「私自身は実はこの専門家で、これについては言うことがあるよ」というときは45度なんです。日々の生活にもこの45度というのがあるでしょ。病院の診察室です。お医者さんが45度ぐらいの角度で画像を見ながら何かお話をすると、専門家としての権威や説得力が出てくる。横に立って同じものを見るというのもあります。紛争調停のときもそうですし、僕はほかにもいろいろと企業のコーチングをしたりしていますが、同じものを同じ方向で見ることが大事なんですね。
「僕はこうなんです」「私はこうです」とアピールしたいときの角度は45度。でも、相手との距離を縮めてパーソナルスペースを詰めたいときは、正面から距離を詰めて相手を引かせてしまうのでなく、横に位置して同じものを見ること。薄暗いバーのカウンターで横に座ると成功率が高くなるのは安心感があって同じものを見ているからパーソナルスペースを詰めやすいという話なんです。これも究極のコミュニケーションですね。だから、たとえば今自分がやろうとしていることを説得したいときも、専門知識で押しません。共感を生むために、その人の横に立ったり座ったりして同じ方向を見ながら、なにかこう、向こうに見える明るい未来のようなものを一緒に見たり想像したりしてもらう。そういうことをしていくとコミュニケーションが成立して物事が伝わりやすくなるんですね。
紺野:会場の皆さんの場合、誰かがコミュニケーションを取りに来た時点で、すでに何か問題になっている場合が多いと思うんですね。だから、本来はその前の段階でコミュニケーションをしていればいいんですが、実際には常にそういう危機感を持てないことも多い。そういう風にしないためにはどうすればいいですかね。
島田:以前、別の機会でこの角度のお話をしたとき、皆さんが次の日や次の週に何をしたかというと、部下に対して頑張って45度の角度を取ろうとするんです。で、そうすると部下の方は「あ、まずい」と思って前に立とうとしちゃったりして(会場笑)。いずれにしても、問題が起きて上役に相談しに来るときはすでに煮詰まっている段階が多いし、下手をしたらポケットに辞表が入っている場合もあるわけですね。で、そういうときにドラマでは「何バカなことを言ってんだ」と言ってビリッと破りますが、あれはあまり良くない。相手のパーソナリティーやキャラクター次第だと思いますが、たとえば承認欲求が強くて「私ってすごいでしょ」というのを見せたい人なら、落ち込んでいるときほど「まあ、でも結構いろいろやっているじゃん」と、あえて人前で褒めてあげるんです。逆に、人前では自分の良いことも悪いことも言われたくないという人なら、会議室などに連れていって、上手に詳しい話を聞いてみたりする。そんな風にして、自分の心のドアも部屋のドアも、「いつでもオープンだから何でも話して」という環境をつくる必要があるのかなと思います。
伊藤:角度って本当に大事です。ご存知の方も多いと思いますが、ヤフーでは全マネージャーが1on1をやっています。それで1on1部屋というのがたくさんあるんですけれども、そこは両者が向き合うようになっていないんですね。細長い部屋に長い机が置かれていて、両者が並ぶよう椅子も横に並んでいる。最初からそういうスタンスで、「向き合わず、寄り添うように」と。物理的にそうなっているから向き合うことがなくなるというのもありますよね。
コミュニケーションは「発信」ではなく「受信」から始まる
田中:もう1つ重要なことがあって、コミュニケーションというのが発信だと思っていると間違えます。コミュニケーションは発信でなく受信からはじまるんです。だから受信をしっかりすること。先ほどの「相手のなかに入っていく」というのは、実は受信なんです。相手をどれほど知ることができるか。どれほど素直に相手を受け入ることができるか。そういう受信をして、それで初めて自分のなかにいろいろな思いができて、そこから発信をするんです。発信からはじめちゃうと相手が不在になる。すべては受信からはじまります。
伊藤:藤原和博さんが「98%は相手の話を聞いて、最後の2分でプレゼンをする」とおっしゃっていたけど、そういうことですよね。
島田:実際、そうだと思います。自分が発信して話している内容からは、自分は何も得ないんですよ。相手に情報ばかり与えている。でも、相手の話を聞く、もしくは相手の世界に1回入り込んでみることで、学ぶことや得ることはすごく多いわけですね。僕はとてもおしゃべりなんですよ。口から生まれたんじゃないかと思うほど、とにかく喋る。でも、自分が知っていることを喋るだけだと、もう本当に「ギブ」&「ギブ」&「ギブ」。インフォメーションの「ギブ」には良いこともありますが、結局は自分に何も残らないまま空っぽになって終わることもある。ですから冒頭のお話と同じです。「一体何がしたいの?」とか「何がこうさせたの?」とか、質問したうえで、たくさん語ってもらうなかで案外答えが出てくる。(後編に続く)