人生100年時代、ビジネスパーソンにとっていつまでも元気な脳で仕事ができるかどうかは重要です。脳外科医の観点から、脳の健康のためにできることを菅原脳神経外科クリニック院長の菅原道仁氏にうかがいました。(全2回後編)<前編はこちら>
満員電車のような心ではダメ、心に余裕を持つ方法
田久保:後半は、専門分野である脳に関して、教えてください。
菅原:最近、もの忘れがひどいという人は少なくないと思います。漢字は読めるけれど、書けないとか。でも、自分に興味があることはよく覚えていると思います。女性であればうれしいとき、悲しいときのこと。男性なら好きなスポーツ選手の名前とか。
それは、短期記憶の中枢をつかさどる海馬と感情の記憶は密接な関係があり、情動を伴わない出来事より、情動を伴う出来事のほうが記憶されやすいからです。
だけど大人は情動を止めてしまう。感情の起伏が激しいと疲れるから。だから出来事に対して興味がなくなり、記憶力が低下するわけです。
田久保:それを食い止めることはできますか。
菅原:できますよ。例えば、おいしいレストランに行ったとき、「前にも誰かと来たな。またここか」と思うのではなく、うそでもいいから「うれしいな」とワクワクする。要は情動を生むことです。
勉強も「好きだな」「楽しいな」と思いながらしたほうがいい。恐らくグロービスに行くことが喜びになって、楽しんで学んでいる人たちのほうが、成績がよかったり、いい結果が出ていたりするのでは。それくらいワクワクする気持ちは大事です。それは恋をすることでもいいし、スポーツに熱中することでもいい。
田久保:感情の起伏を大事にしたほうがいいのですね。
菅原:それを大事にできるぐらい、自分の心に余裕を持ってほしい。だけど仕事が忙しい大多数の人はやらなければいけないことに毎日追われていると思う。心が満員電車みたいな状態ではダメ。ぎゅうぎゅう詰めの中で、吊り広告を見たって何も記憶に残らないけれど、空いていたら覚えられる。注意が払えるから。
田久保:興味を持たなくなるのは、好奇心や意欲の問題ではなく、余裕がないことも大きな原因なのですね。ではどうしたら心に余裕を持ち、情動が入るスペースを空けられますか。
菅原:よく言われるのは、決断の回数を減らすことです。スティーブ・ジョブズやザッカーバーグがいつも同じ洋服を着るのはこのためです。ルーティンは心に余裕をつくるうえでは大事だけど、発展性というかクリエイティビティはない。ルーティン化で空けた時間で、自分のやるべきこと、志をやっていけばいいと思います。
田久保:ビジネスパーソンへお勧めすることの1つ目は、決断の回数を減らし、心に余裕を持つことですね。
脳を活性化させる「か・き・く・け・こ」
田久保:ビジネスパーソンにお勧めすることの2つ目として、脳の活性化につながるとして先生が提唱されている「か・き・く・け・こ」を教えてください。
菅原:「か」は、噛むことです。咀嚼することは脳を刺激し、活性化につながります。広島大学歯学部の実験によると、常に食物をよく噛んでいるマウスと比べ、先天的に歯の生えないマウスや恒常的に軟性食を摂取してきたマウスは、海馬神経ニューロン数が減少していたそうです。つまり、日頃から歯を大切にし、よく噛むことが脳を若く保つほか、認知症の予防にも効果的です。
次に「き」は、聞くことです。2年前の国際アルツハイマー病会議で、「予防できる要因の中で、難聴は認知症の最も大きな危険因子である」という発表がありました。だから耳にはできるだけストレスをかけないようにしたほうがいい。ヘッドホンで音楽を大音量で聴くのはあまりよくないし、ドライヤーを15分以上かけるのも耳に結構な負担をかけています。もし親御さんの耳が遠くなってきたなと思ったら、ぜひ補聴器の使用を勧めてあげてください。もう一つ、転じて人の意見を聞きましょう。頑固おやじはダメですよ。
田久保:どうして頑固おやじはダメなのですか。
菅原:新しいものに興味がなくなる、外的刺激を受け付けないからです。よく高齢の患者さんに「紅白歌合戦では自分の好きな演歌だけではなく、EXILEとかも聞いてね」と言っています。聞いてみることが大事で、食わず嫌いはダメです。読書でも、たまには興味がないものを選んでください。例えば、少女コミックとか。私も『東京タラレバ娘』が流行ったときに読んだら、面白かったですよ。
「く」は、口元です。これはよく笑いましょうという意味です。ストレスがかかると、情動は生まれません。だから「物忘れをした。もうダメかもしれない」ではなく、「忘れちゃってアハハ」と笑い飛ばすくらいがちょうどいいでしょう。
「け」は、血管です。動脈硬化が起こらないように、糖尿病や高血圧、コレステロール、喫煙、飲酒、運動不足、肥満、栄養などに注意してください、ということです。
田久保:これが一番難しい。
菅原:例えば、やわらかいものばかり食べている人が、やわらかいものを控えれば、それは伸びしろに変わります。悪い習慣ではなく、伸びしろだと捉えるようなリフレーミングするといいと思います。
「こ」は、交流です。趣味を持ったり、友だちと出かけたり、ペットや孫と接したりすること大事にしてください。脳と体を同時に使う運動で交流するのがさらにお勧めです。本格的なスポーツでなくても、テーブルゲームやカラオケなどもいいですね。
ぼんやりしているときほど脳は働いている
年だからというのは言いっこなしで、いつまでも好奇心や生きがいを持ってワクワクすることが何よりも大事です。だから「もっと成長したい」「もっとスキルを向上させたい」とグロービスで学んでいる時点で、脳の健康面ではすでに合格です。卒業後も知識をアップデートしたり、特定の分野を突き詰めたりなど、いつまでもいい知のサイクルを持っておくとさらにいいと思います。
田久保:知的に興奮するような状況に身を置きながら、体調管理をするのが一番ですね。睡眠時間を削って勉強している学生もいます。
菅原:睡眠時間を削ることはやめたほうがいい。睡眠時に記憶が定着することが証明されています。だから寝ていい。まず睡眠時間を確保してから、スケジュールを組んでください。
効率的に学習したいなら、アウトプットすることです。
繰り返しの情報は長期記憶になりやすい。繰り返し情報が入ってくると、脳はそれが大事だと思うわけです。そして、いろいろな人に教えたり、ブログで発信したりしましょう。アウトプットの回数が多いと短期記憶が長期記憶になります。
ずっと張り詰めていたら疲れますから、ぼんやりする時間も大切です。実は、ぼーっとしているときほど脳が働いていることが分かってきています。デフォルトモードネットワークと言って、そこで情報が整理されています。ぼんやりしているから脳の機能がビタッと止まっているのではなく、いわばアイドリングしているわけです。
休むのは大事ですよ。真面目な人って、自責の念に駆られるじゃないですか。でも、自分を責めなくていい。休んでいい。みんながむしゃらに働くのがいいわけじゃない。ときどき力を抜いて、余力を持たないと全力疾走できませんから。
(文=荻島央江)