球団史上最多の観客動員数228 万人を達成するなど、屈指の人気球団となった横浜 DeNA ベイスターズ。そこには地元・横浜に愛されるプロ野球チームを目指す地道な努力がありました。その立役者の一人である同社取締役副社長の木村洋太氏にお話をうかがいました。(全2回 前編)
人気球団に変貌した理由
田久保:ベイスターズはDeNA傘下になった2012年シーズン以降、毎年観客動員数を増やし続け、2019年は前年比12.6%増の約228万人で過去最高を記録していますね。また、座席稼働率は98.9%と、12年シーズンから約43%伸びました。これほどの人気球団へと成長した一番の要因は何ですか。
木村:横浜市の人口、神奈川県の人口が他の地域に比べ圧倒的に多かったというのがベースにありつつ、一番は球場に来ての楽しさかなと思います。事前知識が必要ないような分かりやすい楽しさを、プレーでも演出でも提供できました。
あと最近、切に思うのが、仮に同じ3万人でも、5万人入るキャパシティの3万人と、3万人のキャパシティにおける3万人だと体験価値が違う。その意味では横浜スタジアムが適切なサイズだったことがよかった。おかげで球場が埋まったときの体験価値が非常に大きくなったのかなと思います。
田久保:盛り上がり感ですよね。
木村:盛り上がり感や埋まっている感ですね。横浜スタジアムはすり鉢状で音が反響するので、人数以上に一体感、密集感が味わえます。そういった意図していなかった要素も含めて、全てがうまくいった結果だと思います。
田久保:単なる球団経営ではなく、いわば総合エンターテイメント産業ですよね。具体的にこれまでどんなふうに取り組んできたのですか。
木村:職員だけでなく、選手も含めて顧客目線を持とうというのが第一歩でした。DeNAが参入した当時、パ・リーグでは再編が始まっていたものの、基本的には放映権さえ売っていればいいというビジネスモデルから大きな変化が起きていない状態でしたから。
「お客さんの気持ちになったら、どういうことができるだろう」とファンサービスに目を向けさせることが最初でした。
遊園地や居酒屋がライバル
田久保:すごくシンプルに、顧客目線に立つところからだったのですね。今はお客さんが「ここに来ること自体が楽しい」といった状態になっているのでしょうか。
木村:そこを目指している部分はありました。プロ野球の場合、どんなに強いチームでも勝率6割、半分近く負けます。チームを強くするために育成システムをどうするかなど、経営として策を講じることができますが、それは一朝一夕にはいかない。
「仮に負けていても、点差が開いてしまっても、来てよかったと楽しめるような仕掛けをつくるのは重要だよね」とは思っていました。
選手のストーリーを発信するのもその一環です。「この選手にはこういう人間的な側面があるよ」とうまく伝えてあげることで、たとえ凡退しても「次、頑張れ」となるかもしれない。そういう部分も含めて総合エンターテイメントだと思います。
田久保:ベイスターズは「3万人の居酒屋」というコンセプトを掲げているという話を小耳に挟んだのですが、本当ですか。
木村:その表現は使っていませんが、内容としてはそうです。2012年のオフに「コミュニティボールパーク」化構想というコンセプトを打ち出しています。
要は「野球にはいろんな楽しみ方があるよね」と。家族で来てもいいし、友達同士で飲みながらわいわい野球を楽しんでもいい。そうなるとライバルは他のプロスポーツというより、この地域の遊園地や居酒屋なのかもしれません。
田久保:あくまでも野球をど真ん中に置きつつ、総合エンターテイメントとしてのマーケティングに少しずつシフトしていったイメージですね。
横浜のアイデンティティを掲げてグローバルマーケットへ
田久保:私は出張が多いのですが、例えば広島に行くと、試合のあるなしに関係なく、午前中から赤いハッピ着ているおじちゃんとか結構いますよね。
木村:あの世界観は私もすごいと思います。ホームで試合がなくても賑わいがあるじゃないですか。ボストンも似た感じがあって、胸にレッドソックスと書いてあるパーカーを着ている人を街でよく見かけます。アメリカと日本、広島と横浜では地域性や文化の違いがあるので、我々はパーカーや赤いハッピではないと思いますが、日常に何となく入っているかどうかは重要なポイントだと思います。
田久保:それがまさに地域密着だと思います。私はソフトバンクが球団経営に乗り出したときが分岐点だったと思っています。ソフトバンクはやろうと思えばジャイアンツ的な全国区を目指すマーケティングができるパワーとお金はあったはず。でも、彼らは福岡にこだわって、孫さんも足繁く福岡に通うといったことをたぶん意図的にやっていたのではないでしょうか。
ちなみに、巨大マーケットとしての東京や在京の球団を意識されていますか。グロービスも東京校があって、今度横浜校ができますが、今後、どう横浜らしさをつくるのかが課題だと思っています。
木村:東京だけを特別意識はしていません。メジャーでも、ヤンキースは恐らくニューヨークというより、グローバルのコンテンツです。一方、レッドソックスはボストンのコンテンツだけど、世界中にファンがいる。カープは後者に近い。サッカーであれば、レアルとバルサだったら、バルサは後者に近い。ベイスターズが目指すのはどちらかというと後者です。アイデンティティは横浜ローカルにあるけど、いろんな地域で愛されてマーケットは全国やグローバルというのが、3歩ぐらい先の将来なのかなという気がします。
横浜らしく熱狂を広げていく
田久保:アイデンティティは横浜とのことですが、木村さんにとって「横浜らしさ」とはどんなもので、それをどんなふうに育てていきたいと思っていますか。
木村:横浜は港町だけあって「◯◯の日本発祥」というものが多い。新しいものを先がけて取り入れる土壌がもともとあった場所だと思います。それが今なお続く「横浜らしさ」ではないでしょうか。
田久保:それを踏まえて、今後取り組みたいことはありますか。
木村:今やりたいのは「居酒屋」にもっと近づけていくことです。今、ホームの約70試合はそういう環境にできています。今後はビジターの約70試合をどううまく活用していくかがポイントです。
これまでは、横浜スタジアムがあるこの関内エリアが賑わうのはホームの試合がある日だけ。つまり年間2割しかない。残り8割のうち、ビジターの2割を取り込んだら、確実に賑わいが変わります。ベイスターズファンにとって、ある種の聖地である横浜スタジアム付近で賑わいを定常的につくっていくことが大切な要素だと思っています。
田久保:それで今、「コミュニティボールパーク」化構想だけでなく、「横浜スポーツタウン構想」も打ち出しているのですね。
木村:試合がないときも横浜公園を盛り上げていくとか、そういうことが野球きっかけでできるといいなと思います。横浜スタジアムが熱狂の中心だと思いますが、この熱狂がだんだんと外に広がっていくと、さきほどのボストンや広島のように地域に根付いていくのかな、と。
例えば、神奈川県内の主要駅で、ベイスターズが手掛けた球界初のオリジナルクラフトビールが飲める、といったことでもいいと思います。神奈川県民905万人のうち、2割でも3割でも飲んでくれたら、それだけで莫大な消費量になります。ただ、そういった、ベイスターズにとって地域に根付くモノが本当にビールなのかを今後考えていかなければならないでしょう。
KPIは観客動員数なのか
田久保:観客動員数を100万人から200万人に、というのは非常に分かりやすいビジョンだったと思います。それが達成された今、経営的な側面でみると結構難しい舵取りになるような気がします。今後、球団としてどんなビジョンを掲げていくのでしょうか。
木村:観客動員数は当然重要なKPIではありますが、それが最重要かどうか、数を追うのが正しいかどうかを検討しないといけない。ラグビーのW 杯でも、VIPがお酒を飲んだり、ラグビー談義をしたりする社交の場など多様なホスピタリティを提供していました。
今シーズン、ベイスターズもバックネット裏のスタンド上部に個室観覧席「NISSAN STAR SUITES(日産スタースイート)」を新設しましたが、スポーツを起点にしつつ、多様な楽しみ方ができる観戦体験を今後、新たに定義していく必要があるでしょう。
収益とサービスのバランスが取れて、お客さんにとっては「また来たい」、会社にとっては「収益化できる」、いいサイクルを描けるかどうかがポイントですね。初めから飲食付きのチケットもありかもしれません。オリジナルフードが食べられるとか。
田久保:シートや体験の多様性が方向性の1つということですね。いろいろな可能性がありそうです。
木村:それは球場でのIT技術を使った新体験かもしれないし、球場外の近場の場所を使った付帯サービスかもしれない。今後、野球観戦がますます面白くなっていくことは間違いありません。(後編に続く)
(文=荻島央江)
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