武田薬品が仕掛ける巨大M&Aのメカニズムとは? 

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武田薬品武田薬品工業(以下武田)がアイルランドの製薬会社シャイアーに対して買収提案を行いました。当初拒否していたシャイアー経営陣も、武田の度重なる条件改善を受け4月25日、株主承認を得る手続きに入ることを発表しました。

日本企業による過去最大の7兆円、シャイアーの有利子負債を含めると8.5兆円という巨額M&Aです。時価総額7兆円の日本企業というとKDDI、ソニー、ホンダあたりに相当する大きさです。武田にとってはグローバルトップ10に入るための乾坤一擲の大勝負、まさに社運をかけたM&Aディールとなります。

製薬業界は1990年代後半以降国境をまたいだM&Aが活発でその規模も大きく、度重なる統合の結果、日本No.1の武田といえども世界では17〜8位にすぎない規模でジリ貧状態でした。その意味では日本の製薬会社は早かれ遅かれ世界の巨大プレーヤーに呑み込まれるか、さもなければ自身が巨大プレーヤーの仲間入りするのかを選択せねばならなかった。ついにその時が来たのだ、ととらえることができます。

今回のM&Aは、買収金額の巨額さもさることながら、武田の株式時価総額が3.8兆円と買収対象会社より小さく、「小が大を飲む」形であることが特筆されます。また買収提案内容も、4月20日には「現金部分の比率を上げて21ポンドの現金と26ポンドの株式」、25日には「21.75ポンドの現金と27.26ポンドの株式」と複雑で、かつ目まぐるしく変化しているのが、これまでの日本企業による海外企業買収のパターンと異なります。

今回は自分の身の丈を超えた巨額買収ができる仕組みと、現金と株式を組み合わせる買収手法について、読み解いていきます。

戦略的に「正しい」M&Aの前提

どのようなM&Aでもまず大原則として重要なのは、買収によって企業価値が上がることです。これは単に図体がでかくなることとは異なります。1+1=2になるだけのM&Aでは、「なぜわざわざそんなことをするのか?」という説明責任が果たせません。1+1=2+αになるストーリーが描けていて、ゼロサムゲームではなくWin-Winの取引になること、その前提が成り立っていなければ買う側と売る側双方の株主が納得する取引は成立しません。このαは一般に「シナジー(相乗効果)」と呼ばれています。

製薬業界は「規模」がシナジーを生み出す典型的な業界です。即ち、新商品である新薬の開発には莫大な資金と時間が必要で、かつそれは成功確率が3万分の1と言われるほど低く、大きな資金力・財務基盤がなければ勝負をし続けることができません。そしてひとたび製薬に成功すると世界中の国々で認可を得て販売できるようになり大きな富をもたらすわけですが、そのためには世界中に認可取得と販売のネットワークを築くことが必要です。より多くの新薬を持てば持つほど販売インフラは効率的で収益力が上がるという事業構造です。

武田+シャイアーの組み合わせは地域的にも製品構成的にも相互補完のシナジーが成り立つものと想像されます。そのストーリーがあってこそ、両社の株主投資家を納得させられる取引が生み出せ、そのシナリオが現実的である限りどんなに金額が巨額であってもM&A取引を推し進めることができます。逆にこのストーリーと実行力のない会社が金にものを言わせて巨額の買収を行うと、往々にして「高すぎた買収」として失敗の烙印を市場に押されることになります。          

巨額の買収、そのカネの出し手は?

それにしても7兆円もの買収資金を武田はどうやって工面できるのでしょうか?その答えは「売り手に買収資金を出してもらう」というやや禅問答めいたものです。今回の買収提案はシャイアー株ひと株あたり49.01ポンドとなっており、それにシャイアーの株式総数約9億4千株を掛け算した460億ポンド=1ポンド151.51円換算で約7兆円、これが買収総額の計算です。しかしそのうちの半分以上の27.26ポンド/株相当は、シャイアー株ひと株を武田株式0.839株と交換する形で支払う、となっています。これは売り手であるシャイアーの株主がシャイアーを買収して大きくなった新・武田の株主になることを意味します。

株式交換」と呼ばれるこの取引形態では、買収金額の受け取り手が同時に買収資金の出し手になるのです。それがびっくりするような巨額M&Aを実現させる秘訣です。

現金買収と株式交換買収の取引スキームは下図のようになります。株式交換は「買収」という言葉から「支配して傘下に置く」イメージを持たれがちですが、実態は「合併」すなわち両社の結婚に近い取引形態です。

武田薬品のM&A

株式交換による買収は、別の言い方をすると買い手会社(武田)の株券を「通貨」として使った買収だ、ということもできます。武田の株に信用力がありいつでも換金できる流動性があり、さらには将来値上がり期待が持てるからこそ、シャイアー株主はその「通貨」での代金支払いを受け入れるのです。

現金か株式か:売主の視点

今回の武田提案は、現金と株式の組み合わせとなっています。買収対価は現金がよいのか株式がよいのかは状況によりますが、まずは売主(対価を受け取る側)の視点から見ると、以下が考慮要因となります。

■現金対価の場合

“Cash is king(現金は王様)”と言われるとおり、一般論として売主(対価の受け取り手)は現金での支払いを好みます。複数の買い手候補が競い合う時には、通常現金での支払い部分が多い方が有利になります。それはファイナンスの原理原則どおり、リスクの高い投資は割引率(ディスカウント)が高くなるからです。現金ではなく株券で支払いを受けると、売主は買い手会社の将来リスクのみならずリーマン・ショックのような市場暴落のリスクにもさらされてしまいます。

また、現金で支払いを受けるほうが、支配権プレミアムが上乗せされて価格が高くなる、という点も挙げられます。それは図からも明らかなとおり、株主は現金を対価に受け取ることで会社の将来に対するステークホルダーの立場から追い出されてしまうからです。M&Aが生み出すシナジーがいかに大きくても、売主はその将来のアップサイドを享受する機会を奪われてしまうのです。買い手はシナジーによる企業価値の増加というリターンを全て手にいれるべく買収を行います。それを実現するために売り手株主に「立ち退き料」としてプレミアムを支払うのです。

■株式対価の場合

これに対して株式を対価として受け取った場合は、売主は統合会社のステークホルダーとして居残ることになり、シナジーによる企業価値の増加利益の分け前にあずかることができます。大きなシナジーが見込まれるM&Aの場合、売り手株主はリスクがあってもそのまま投資を続けたほうが将来の値上がり益が見込めて得だと考えるでしょう。株式対価のM&A取引においては将来利益の分け前の割合が「株式交換比率」によって決まってくるので、その比率が妥当かどうか、が両株主の関心事であり取引成立の焦点になります。

今回の武田の提案では交換比率は1:0.839となっています。発行株式数がシャイアー940百万株に対して武田は791百万株、940x0.839=789ということで、この交換比率は統合後の会社の利益・企業価値を両社株主が折半、ちょうど半分ずつ分け合いましょうという提案であることがわかります。

現金か株式か:買い手の視点

どういう形で買収対価を受け取るかという売主視点のコインの裏側は、買い手側がどのように買収資金を調達するか、です。今回の取引では一株当たり49.01ポンドのうちの21.75ポンド部分、総額約3.3兆円、を武田は現金で用意せねばなりません。

資金調達方法を検討するにあたってのキーワードは「レバレッジ」と「希薄化」です。

借り入れ調達でレバレッジを効かせる

レバレッジとは梃子という意味ですが、要するに借金をすることです。低いコストの借金をたくさんすることによって、少ない自己資金で大きな投資ができ、利息を支払った後の利益(リターン)を大きくすることができる、それを梃子の原理になぞらえて「レバレッジをかける」といいます。かつてソフトバンクはレバレッジを最大限に利用してボーダフォンの携帯電話事業買収という巨額のM&Aを成立させました。近年日本でも活発にM&Aを行なっている買収ファンドもこのレバレッジの巧みな使い手です。

新聞報道によると、「三井住友銀行はじめ3メガバンクは各一兆円をめどに融資に応じる姿勢」とのことで、日本を代表する企業である武田のグローバル大勝負を資金面で支援する意欲は満々のようです。一方で、武田はすでに1兆円、シャイアーもこれまでのM&Aの資金調達で2兆円の有利子負債を背負っており、そこに今回の借入金が加わると総額6兆円と、かなりハイレバレッジな、つまり財務破綻するリスクの高い財務構造となります。社債格付け会社のムーディーズは今回の買収提案を受けて武田の格付けを現在のA–から2段階引き下げる検討に入ったと報じられている通り、武田の借り入れ余力は限界に近くなる模様です。

事業が生み出すキャッシュフローの多くが借り入れ元本と利息の返済に充てられることは、将来の新薬開発投資の足枷となり成長の制約要因にもなりかねません。買い手の財務体力に応じて、巨額買収資金のうち借入金で調達し売り手に現金で支払える金額には自ずと限界が生じます。

■株式交換や増資がもたらす希薄化効果

そこで、足りない買収資金調達の方法として株式発行による増資という調達方法が登場します。売り手株主に武田の株式で支払う場合、これは買い手側の武田から見ると買収資金調達をシャイアー株主への割当増資で行うことに他なりません。現金払いの3.3兆円の一部を銀行借り入れでなく武田が別途国内投資家向けに増資引受してもらい調達するという方法も考えられます。いずれにせよ武田の発行済株式総数が増加しそこで得た資金が買収対価に回るわけです。

この資金調達方法の問題点はどこにあるでしょうか?株式交換とは買い手の株券を「買収通貨」として使用する方法だと前述しました。日銀が円紙幣をどんどん印刷してばらまくと通貨の価値が下がってインフレになります。これと同様に、新しい株券を武田がどんどん印刷して投資家に割り当てると、武田の株価が下がってしまいます。これが「希薄化」という問題です。

何が薄まるかというと、既存の武田株主の議決権と利益の2つですが、投資家株主にとっては後者、つまり一株当たり利益(EPS)の希薄化、が重要な関心事となります。武田の当期利益は1650億円、これを791百万株で割るとEPSは209円です。シャイアー株との株式交換で発行株数はほぼ2倍になりますからこのままではEPSが半分に希薄化します。武田は買収によりシャイアーの利益を取り込めますから、シャイアーが武田と同じ利益をあげていれば希薄化は起こらず、武田の既存株主はこの買収取引を承認することができます。しかしもしシャイアーのもたらす利益が少ない、或いは交換比率が高くてより多くの武田株がシャイアー株主の手に渡る、という取引条件であれば、希薄化が起こるので買収の承認は得難くなります。

実際のところ、シャイアーの足元の利益は好調でEPSは4.91ポンド(744円)もあり、武田の3.6倍です。1:0.839という交換比率は武田株主の買収後EPSを増加させ、希薄化はむしろシャイアー株主の側に生じる計算となります。

経営力の真価が問われる買収手法

シャイアー経営陣は終始「武田の提案は当社の価値を過小評価している」と主張し価格引き上げを求めてきましたが、その主たる根拠は上記EPSの高さだと考えられます。ところがシャイアー経営陣には強気に突っぱねられない事情があります。それは、市場がシャイアーの実力および現経営陣の手腕をそれほど高く評価していないという現実です。シャイアーの株価はこの買収話が起こる直前には30ポンドあたりを低迷していました。EPSの足元の高さに対して将来期待が非常に低く評価され、株価は割安でした。49ポンドという武田の提案はその株価に対して60%以上のプレミアムをつけた計算になりますから、武田としては十分に高い買収価格だと主張するでしょう。では市場は武田の言い分を支持しているのかというと、必ずしもそうではありません。

今回の買収は武田という日本企業の真価がグローバルな市場で問われている、これが今回のM&A取引を読み解く最重要ポイントです。

買収提案の発表を受けて武田の株価は5500円から急落、4月28日の終値は4621円と15%も下がってしまいました。前述のとおりEPSの計算上は武田株主に有利な取引のはずですが、市場は武田の財務体質の悪化や買収後の統合マネジメント力を懸念しています。買収提案に武田の言う通り49ポンドの価値があるならシャイアーの株価はその近辺まで上昇するはずですが、まだ38〜9ポンドあたりにとどまっています。これは、買収交渉が決裂する可能性がまだ高いという見方の表れでもありますが、受け取る武田株にそれほどの価値がないという評価の表れでもあります。

実際に49ポンドという価格は武田株4923円を前提としていますから、4621円という直近の株価換算だとすでに1.7ポンドほど提案の価値は下がっている計算になります。49ポンドの価値を維持するには交換比率を上げねばなりませんが、そうすると武田株の希薄化が進みまた株価が下落する、という負のスパイラルに陥ります。一見好条件にみえるシャイアー買収ですが、丸呑みした武田本体の屋台骨が揺らぐ結果になるのを市場は懸念しており、それが武田の株価下落という形で表現されています。

このように、株式交換というM&A手法は買い手の株式を通貨として使い手っ取り早く巨額買収を実現する方法ではありますが、その大前提として買い手会社の株を持ち続けたいという投資家層が厚く存在することが必要です。市場で売却して換金しようにもなかなかできない流動性の低い株式では投資家に敬遠されますし、情報開示やIR(インベスター・リレーションズ、対投資家活動)がしっかりしていないと「日本企業はガバナンスが効かない」と売りを浴びることにもなります。

今回の武田のM&Aの一手は、巨大な海外企業と統合して果たして本当にシナジーを実現することができるかという医薬業界における武田のグローバル経営力が試されているだけではありません。武田株が「グローバル通貨」として認知され通用するか、グローバルな投資家層の厳しいガバナンス要求に応えることができるか、という資本市場における一流プレーヤーへの脱皮に向けての大いなるチャレンジでもあるのです。

日本企業の真のグローバル化の未来を占うという意味で、今後の買収交渉と武田の株価推移から目が離せません。

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