「学び方改革」を推進している先進的な企業の事例を紹介する本企画。第2回はグローバルな自動車部品メーカー、デンソーの事例をお伝えします。デンソーは、朝型勤務や在宅勤務制度などに早くから取り組んでいる、働き方改革の先進企業です。2017年には「Start-up!応援金」という施策も開始し、働き方改革によって生み出した時間を個人の成長や新たな価値創造につなげる後押しをしています。こうした取り組みの背景にある課題や想いについて、常務役員の向井康氏と、人事部労務室の西尾紀行氏に伺いました。
100年に1度のパラダイムシフトが生んだ危機感
知見録:なぜ、働き方改革に取り組まれたのでしょう。
向井:自動車業界には100年に1度のパラダイムシフトと言われるような、大きな変化が訪れています。具体的にいうと、電動化や自動運転です。グーグルやUber、Amazonなど、異業種も自動車産業に参入し始めています。
われわれ部品メーカーも、同一の品質のものを大量に生産してお客様にお届けするだけでは、早晩立ち行かなくなるでしょう。その良さを残しつつ、仕事の進め方や発想を変えていかなければならない。前例踏襲では今後生き抜いていけないだろうという危機感の中で、働き方改革の機運が生まれてきました。
知見録:どこから着手していったのでしょうか。
向井:まずは残業時間の低減や、裁量労働制による生産性の向上に取り組みました。もちろん長時間労働の是正という面もありますが、何よりも従業員に「時間を意識した働き方」をしてほしかったのです。限られた時間の中で生産性を上げなければいけない。そういう環境に身を置くことで、目の前にある業務が本当に今の時代に必要なものなのか、改めて考えてほしいのです。
西尾:例えば、モーニングシフトという制度があります。本社勤務の社員1万3000名を対象に、コアタイムを1時間短縮したうえで、定時より1時間早く出社し、早く帰宅するよう従業員に呼びかけました。他にも、夜8時以降の残業を原則禁止としたり、育児期間中社員の在宅勤務制度なども作りました。
知見録:実行に移すにあたって社内での反対はありませんでしたか。
向井:そういったことがないのが弊社の特徴かもしれません。それは昔から労使協議会を非常に大切にしているからです。
弊社の創立当初の1949年、自動車産業の競争力は欧米に対して著しく劣っていました。そんな中で労使対立をしていたら自動車産業を基幹産業として育て上げられないという危機感から、労使で協力して話し合い、競争力を上げていくことに注力できるような体制を作ったそうです。そういった協力体制もデンソーの伝統だと思います。
そんな労使協議会における2017年のテーマは、やはり働き方改革でした。1ヶ月間掛けて、一人ひとりが働き方改革について腹落ちし、新しい価値を創出していくために、何をしていくか、徹底的に話し合いました。そこで、図にあるような「正の循環」を実現させていこう、という結論になったのです。こうした取り組みを通して、従業員の意識も変わりつつあるのかな、というのが実感としてあります。
自分たちの立ち位置を知るために「学ぶ」
知見録:新しい価値を生むために、どういったことを始めたのでしょう。
西尾:「Start-up!応援金」という施策を始めました。月4日以上、8000歩以上歩いた社員や健康メニューを食べた社員、「グロービス学び放題」などのオンライン講座を修了した社員へ奨励金を支給するというものです。一人ひとりの具体的な行動を通じて、気づき、意識を変えるためのきっかけとすることを狙っています。
知見録:健康に着目されていますが、仕事へどう還元されるのでしょう。
向井:働き方改革を実行していく上で、「伝える力、気づく力、氣を高める力」という3つの力を従業員に培ってほしい、というトップメッセージがあるのですが、その力を磨いていくためにも、まずは心身の「健康」が大事だと思っています。
想いを自分の言葉で同僚に伝えていく力、現場にある課題や社会の求めているものに気づく力、それが生き生きとした職場にもつながり、氣を高める力にもなります。心身が健康でないとそういった力は得られないでしょう。
知見録:学びにも着目されていますね。
向井:自分たちの「立ち位置」を知るためです。異業種が自動車業界に参入しようとしている中で、デンソーもIT系のノウハウが求められるようになってきました。よく言われるAIと自動車との繋がりについても、いっそう深まっていくでしょう。そうした中で、どういった専門性や要素技術が求められているのか、会社が知り、従業員が知り、学んでいくことが大切です。
一方で、お客様が本当は何を求めているのか、特に私たちのようなBtoBの会社にいると見失いがちになってしまいます。ですので、まずは世の中やマーケットを知り、お客様との接点を持つ。そのうえで自分たちが何を提供できるのか、どういう価値が求められているのかを把握する上でも、学びが必要だと考えています。
知見録:そこで導入されたのが、「グロービス学び放題」ですね。決め手は何だったのでしょうか。
西尾:コンテンツの多様性です。いま世の中がどうなっているかわかる講演やビジネススキルを学べる動画が一番豊富だったので、自分から前に踏み出せば簡単に色々なことを学べるということが、従業員に分かってもらえるのではないかと考えました。
さらに、リアルタイムで、誰がどの講座にどれだけ取り組んだのかが分かるという部分が、「具体的な行動で意識を変革する」という、施策の趣旨に合っていたんです。
知見録:実際、どういった方が受講されているのでしょう?
西尾:総合職の受講に限らず、製造現場のリーダーである班長、係長の受講も多くて、「しっかりと自分の言葉で部下に説明する手法を学びたい」等のニーズもあることに気付きました。一般職の受講も多く、ある女性社員から「クリティカル・シンキング」の講座で学んだことを活かして上司にプレゼンをしたら、すっと通ったという話も聞きました。2018年もバージョンアップした「Start-up!応援金」を実施し、全社の機運を盛り上げていければと思います。
向井:今後はそこから得られた「学び」を周りの社員にも伝えていき、職場をさらに活性化してもらえるといいですね。
デンソーには、創業以来培ってきたスピリットを表す「先進、信頼、総智・総力」という言葉があります。一人ひとりが当事者となって行動することで「働き方改革」を進め、デンソーらしい総智・総力を発揮していきたいと思います。