老舗ブランドが時代を超えて引き継いできた価値、「タイムレス」なブランドの価値を再設計し、継承していくために行われるブランディング手法「タイムレスブランディング」について紐解く連載。
最終回である今回は、ここまでの実践例を通じて見えてきたタイムレスブランディングの要諦についてまとめます。
※本稿は、グロービス経営大学院教員の沼野利和の指導のもと、4人の社会人大学院生(山根紀子、梁瀬晋也、末森玲子、庄司拓哉)が調査・研究を行った結果に基づいています。
タイムレスブランディングに重要な4つの要素とは
前回までのHOSOO、リスン、そしてアリタポーセリンラボという3つの事例から共通して見えてきたことがあります。
それは、老舗ブランドは予測不能な危機に変化しようともがき続ける中で、 1.外部からの刺激 2.文化的価値の再認知 3.ブランドの再設計 4.ブランド価値の定着 という4つのプロセスを経て新たな価値を見出しているということです。
1. 外部からの刺激 | 外部環境の変化や異文化から刺激を受け、自らの固定観念を覆すような気づきを得ること |
2. 文化的価値の再認知 | 長期の時間の中で危機を乗り越え、なお継承されている個社の文化。新たな価値を生み出す源泉となりうると認知したもの |
3. ブランドの再設計 | 認知した文化をもとに、ブランドを再設計すること |
4. ブランド価値の定着 | 再設計した新たな価値を定着させ、次の時代へと継承すること |
〈 タイムレスブランディング フレーム図 〉
ここからは、タイムレスブランディングに重要な4つの要素を考察していきます。
1.【外部からの刺激】
<外部環境の変化や異文化から刺激を受け、自らの固定観念を覆すような気づきを得る>
長きにわたり経営を続けてきた企業、さらにそれが伝統文化と呼ばれる立場であるほど、文化を継承し、この先も守らねばという使命感を持っているでしょう。しかし、それゆえに文化に縛られ、固定観念からはなかなか抜け出せないものです。そこで必要なのが外部からの刺激です。
「外部からの刺激」とは、自社とは異なる環境や文化から、固定観念を覆すことにつながるような刺激を指します。一方で、自分達も内側から変化しようと、外部からの刺激を求め、変革をしたいと常にアンテナを張っていることで、異文化との出会いを肯定的に受けとめるきっかけにつながります。こうした挑戦への意欲を持つことも重要な要素になります。
細尾 (HOSOO) |
危機 | 西陣織業界の衰退 |
刺激 | ピーター・マリノ氏と出会い、日本らしさとはほど遠い溶けた鉄のような抽象的なパターンの要望 | |
気づき | 西陣織の価値は、和柄ではなく職人の技術と引箔による最高級の伝統美 | |
松栄堂 (リスン) |
危機 | お線香需要の減少 |
刺激 | アメリカのスーパーマーケットのスーパーフードとしての日本食材 | |
気づき | 文化が異なれば、モノの目的は異なる | |
弥左ヱ門 (アリタポーセリンラボ) |
危機 | 有田焼最大級の窯元でもある実家の経営破綻 |
刺激 | ①当主の東京での生活 ②海外ラグジュアリーブランドが歴史やクラフトマンシップから生まれている |
|
気づき | ①現代のライフスタイルにフィットしない ②有田焼には海外ラグジュアリーブランドと遜色のない歴史やクラフトマンシップが存在している |
2.【文化的価値の再認知】
<長い時間の中で危機を乗り越え、なお継承されている自社の文化を認知する(新たな価値を生み出す源泉となりうるものを指す)>
外部からの刺激をきっかけに、長い歴史の中で培った文化の価値を再認知し、残すべきもの、変えていくものは何かを見極めるということです。文化の価値の再認知とは、単なるヒット商品を生み出すためではなく、自社の文化の中で新たな価値を生み出す源泉として、次の時代へ継承できると認知した文化を指します。
細尾 (HOSOO) |
海外市場への挑戦に代表される「精神」 西陣織の普遍的な価値である「引箔技術」 貴族に納めてきたことで培われた「美意識」 絢爛豪華な作品・世界観を表現してきた「経験の蓄積」「クラフトマンシップ」 |
松栄堂 (リスン) |
松栄堂の歴史の中で培った「調香技能」 香りへの感度の高さ・豊かな表現力のある「クラフトマンシップ」 |
弥左ヱ門 (アリタポーセリンラボ) |
有田焼を象徴する美しい白磁を生み出す「技術」 有田焼の伝統的な「文様」 ひと刷毛ごとに人の気配を感じさせる「職人技」 |
このように、それぞれのブランドの核となる精神性、技術、クラフトマンシップ、アイコニック性など、長い間培われた文化の中から残すべき価値を見極めています。
3.【ブランドの再設計】認識した文化をもとに、ブランドを再設計する
【文化的価値の再認知】のフェーズで見極めた残すべき価値を受け継ぎながら、自社の文化をもとに新たな価値(製品・サービス)を生み出せるよう、ブランドの再設計を行うフェーズです。
細尾 (HOSOO) |
伝統美と技術によって表現された「ラグジュアリーさ」をもとに、「着物や帯の反物」からハイブランド向けの「素材としてのテキスタイル」に再設計。西陣織の織屋「細尾」から、西陣織の「HOSOO」として世界のラグジュアリーブランドの演出になくてはならない存在となっている。 |
松栄堂 (リスン) |
線香には仏事以外の使い方もあると気づき、仏事を想起させる要素を取り払い、香りのある暮らしをコンセプトに、「五感に訴える香り」として再設計。京都ブランドとしてもなくてはならない存在となり、多くのファンを虜にしている。 |
弥左ヱ門 (アリタポーセリンラボ) |
伝統的な古伊万里様式の文様はそのままに、色彩の表現を変え、「和食器」から「モダン・ラグジュアリーなテーブルウェア」に再設計し、多くのファンから支持されている。 |
4.【ブランド価値の定着】再設計した新たな価値を定着させ、次の時代へと継承する
ブランドを再設計、つまりブランド・イノベーションをした後は、新たなブランド価値を定着させ、次の時代へと継承されていくための取り組みが必要です。
このフェーズでは、社会へ新たなブランドを発信すること、また同時に、そのブランドを自社の中に浸透させていくことが必要でしょう。
細尾 (HOSOO) |
DNAである美意識を伝承するため、西陣織の伝統とHOSOOの哲学を社屋全体で表現。世界へのブランド発信拠点をオープンしたことも、すべてのステークホルダーに対してHOSOOの哲学と美意識といったブランド価値を伝えようとする取り組み。 |
松栄堂 (リスン) |
それぞれのインセンスに込められた意味や価値を、対面販売で伝えることにより、顧客、従業員の双方にリスンの世界観やブランド価値を浸透させようとしている。 |
弥左ヱ門 (アリタポーセリンラボ) |
ブランド価値を担保できるよう独自の販路で展開。また、旗艦店ではカフェを併設し、器と料理を五感で楽しむことで、アリタポーセンリンラボのある暮らしを感じることができる。 |
定着のフェーズではブランドの新たな価値を認知・浸透させ、この先も継承されていくための様々な取り組みを行なっています。これらの取り組みにより新たな価値が定着することで、さらに文化が磨かれ、新しい文化が生まれます。
タイムレスブランディングは、普遍的な手法
日本には、この先も大切にしていきたい、先人から代々受け継いだ世界に誇れる伝統工芸や伝統産業が多くあります。
一方で、市場の衰退や生活様式の変化による需要の減少、あるいは熟練の技を持つ職人・後継者の不足により事業継承できずに廃業を余儀なくされている企業も散見されます。
文化には、一度成立すると壊れにくく、変化や逆境に立ち向かうことができる力「レジリエンス」があります。つまり文化には持続可能性(サステナビリティ)があるのです。
老舗ブランドはその発展に、⻑い歴史の中で積み上げてきた文化を資本として活用していくことができます。特に今回vol.2~4で取り上げた3社は、文化を資本として活用し、ブランドを再設計することで「新しい老舗ブランド」を生み出し、見事にブランド・イノベーションを果たしています。
新しい老舗ブランドのブランディング手法を紐解いた「タイムレスブランディング」は、歴史的な文化や伝統を持ちながらも将来性に不安がある企業、変革に悩んでいる企業、危機に瀕している企業に幅広く活用できる考え方です。 伝統や文化を変革の足枷にすることなく、ブランド価値の源泉として活かしつつ、たとえブランドの存亡の危機に瀕するような状況に遭遇しても、永続的にブランドを発展させていくこの手法は、日本の長い歴史の中で自然に育まれてきたサステナブルな手法といえるでしょう。