患者と医療者のための病院経営―タスクシフティングの実現

卒業生インタビュー 医師グロービス経営大学院に入学する医師がここ5年で増加し、現在の医療に対する危機感や経営への関心の高まりが見てとれる。そこで「あるべき医療の姿」を実現するためにグロービス経営大学院で学び、現在は3つのクリニック(錦糸町シンシアクリニック錦糸町内科ハートクリニック亀戸シンシアクリニック)を経営する福井悠さん(2022年卒業)に、これまでのキャリアや志、医師にとってのMBAの意義などを聞いた。(聞き手=グロービス経営大学院研究科長 田久保善彦、文=吉峰史佳)(全2回、前編)

学部を卒業してからの、医学部受験

田久保:今日はグロービスの卒業生でもあり、クリニックを経営されている福井さんにMBAの学びが病院経営にどう生きているのか。また、医療の世界で描いているビジョンなどについてお聞きできればと思います。

福井:よろしくお願いいたします。

田久保:最初に福井さんのユニークなキャリアについてお聞かせください。福井さんはそもそも慶応義塾大学の理工学部で物理を勉強されていましたが、そこからなぜ千葉大医学部に進まれたのでしょうか。

福井:物理学者になりたくて理工学部に進学しましたが、4年間の様々な経験を経て、物理を本業とするほどの覚悟は自分にはないと思うようになりました。

一方で「人間に生まれたからには、自分の五感を精一杯使って仕事をして、人と人の間にある宇宙を目一杯生きてみたい」という憧れが出てきたんです。それで忘れもしない、大学4年の2004年7月26 日に一晩ずっと考えて、「よし、やっぱり医学部に行こう」と決めました。

田久保:7月26日を覚えてらっしゃるんですね。相当重要な決断の日ですね。

福井:はっきり覚えてます(笑)。親からは自分で授業料をまかないなさいと言われまして、奨学金のある私立を受けたのですが、その年に受けた大学は全部落ちました。それで翌年、予備校の駿台に1年間通いました。

田久保:その1年間は、生半可な勉強じゃなかったですよね、きっと。

福井:今までの自分と決別しようと思っていたので、死ぬ気で勉強しました。ただ一度学問を修めていますので、現役生に比べて不利なことばかりじゃありません。例えば、現国や古文の美しさを再発見できたのですが、それは経験があったからだと思います。

田久保:それで、千葉大医学部に合格されたわけですね。

福井:そうなんです。そうなんですが、実は私大には全部落ちました。結構手応えがあったところも落ちて、逆に手応えがなかった千葉大が合格を出してくれたので恩を感じています(笑)

田久保:すごいキャリアを進まれていますが、実はその裏には相当な努力も挫折もあって、この話はいろんな人に勇気を与えますね。

福井:ありがとうございます。

医療者の「理想の組織」

田久保:医学部6年間で、今の経営の考え方とか、人に対する考え方とかに影響を与えた出来事はありますか。

福井:医学部2年生のときに医療事務のアルバイトで受付に立ち、患者さんがクリニックに来てから帰るまでを見ていました。それが私の原体験です。

クリニックは診察がメインに見えますが、実はそれは半分に過ぎません。患者さんにとっては、それ以外の受付・会計・応対での体験がもう半分を占めます。医療事務スタッフが患者さんに与える影響は大きいですし、大切な役割を果たしています。専門知識も求められますし、会計ではお金も扱います。ですが、医療事務の待遇は不遇で給与水準も低い。医療者の中でも歪があるんです。これを解決しスタッフみんなが安定したら、患者さんに届く医療のサービスの質が上がるはずだと考えたのが、自分でいつか病院を経営しようと思ったきっかけです。

田久保:さきほど、クリニックの受付前で、看護師さんや医療事務の方たちとすれ違いましたが、ホテルなどのサービス業にお勤めの方と同じ表情をされているように感じました。

福井:そう言っていただけると本当に嬉しいです。

卒業生インタビュー

(錦糸町内科ハートクリニックの待合室。コロナ禍でも患者が安心して待てるように、一席ずつに仕切りを設けている)

田久保:そのあとに、研修医になられた。

福井:はい。もともと五感を使って、満ち足りた人生を歩みたいというところから医学を選んでいるので、身体全体を見ることができる総合内科医になりたくて、東京医療センターに入局しました。でもそこで、心臓をわからないと全身を診ることができないと実感する出来事がありまして、進路を変更して、循環器に進みました。

研修医の頃に感じたことがもう1つあります。さきほど、医療事務の待遇の話をしましたが、医療現場の環境の劣悪さという意味ではすべての医療者に当てはまります。

それが医療者にどういう影響を与えるかというと…「患者さんのために役に立ちたい」という志を見失わせるんです。医療の世界で働きたいと思う、そのスタートラインでは、全員思っていたはずなのに、です。じゃあ、それは個人の問題なのか、いや、そうじゃない。これはシステムの問題で、病院経営が他業界に比して洗練されてないために起きている現象なんじゃないかと。

そこで、まず自分たちが誇りをもって患者に医療を提供すること、その結果として患者さんへ提供する医療の価値が最大化されるということを証明してみたい、「理想の組織をつくりたい」と経営への思いが深まりました。そして、医師7年目の35歳のときに、その実現のためグロービス経営大学院に通い出しました。

オペレータによる医療の質と経営へのインパクト

田久保:理想の組織づくりに今乗り出しているわけですが、実際にクリニックでは、どのようなことをされているのかご紹介いただけますか。

福井:さっきご覧いただいた診察室が戦略上の特徴になるのですが、患者さん、ドクター、オペレータがいて、ドクターの診断入力をオペレータが行うようになっています。「タスクシフティング(医師から他職種への業務移管)・エコシステム」というふうに私たちは銘打っていますが、オペレータがいることで、医師がキーボードとモニターから解き放たれて、患者さんの診療に集中できます。それによって患者さんが受けられる医療の質も、我々の患者さんに診療を届ける喜びも高まります。

卒業生インタビュー

(医師が診察をしながら、PCに向かって電子カルテを打ち込むのが従来の診察風景だが、シンシアクリニックでは、オペレータと医師が分業することで診察の質と効率を向上させている)

福井:オペレータの効果を数値化すると、例えば来院から診察まで平均81分待ち時間があったのを、オペレータ1人がいるだけで9分待ちになるんです。大勢の患者さんに診療体験を損なわずに質の高い医療を届けられます。

経営面でいうと、オペレータ1人で月次の売り上げが500万上がります。それが、今まで不遇だった医療事務のスタッフにフェアに分配されて、医療者としての生活の基盤が安定し、関わるステークホルダー全体が改善して医療の質が最大化されるということになります。

卒業生インタビュー(オペレータ支援により、受診者数が増えても待ち時間が短い状態で維持されることを数値化して示している。福井さん作成資料より)

後編に続く

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