マティス絵画の昇華点「Jazz」シリーズ
20世紀を代表するフランスの画家アンリ・マティス。マティス最晩年の傑作とされるのが切り絵シリーズ「Jazz」です。彼は高齢になるにつれ手先や視力が弱くなり、絵筆が持てなくなってきました。とはいえ湧き上がる創作への情熱を抑えきれるわけもありません。
そこで彼は、色紙とハサミを持ち、「切り絵」に没頭します。切り絵はいったん紙にハサミを入れたが最後、やり直しはききません。その一度きりの即興性が音楽でいう「Jazz」と共通しているところから、マティスはみずからの切り絵作品群を「Jazz」と命名したわけです。
その色使いと構図、簡略化されたフォルム。そこにはこれぞマティスといわんばかりの独創性が踊っています。
一見誰にでもハサミで切り取れそうな紙の断片ですが、それを即興の芸術として成り立たせている完成度の高さは、やはり彼のそれまでの何十年にも及ぶ創作活動から体得した技と感覚ではないでしょうか。
即興の中にこそ宿る真の実力
即興という芸術形態は、常に不測の状況との対面、そして瞬時のレスポンス(反応)から生み出されます。やり直しは不可です。
切り絵であれば、ハサミを入れるその一刀一刀で作品の出来不出来が刻々と移り変わります。その点では、書道も同じで、一画一画の筆運びで作品の優劣が決します。
ジャズ音楽もまたそうです。譜面はあってなきがごとし、瞬時先の未知の時空間に音色を奏でていくその1フレーズ1フレーズ、共演者とのかけあい、そして聴衆の反応がそのまま作品として仕上がっていきます。その作品がいいか悪いかは、もう、やってみないとわからないのです。
即興とは「(既定表現からの)逸脱的創造」ととらえてもいいでしょうが、この即興という試みは、何も芸術家だけに限られた特別な行為ではありません。私たち1人1人のビジネスパーソンにとっても不可欠で大事な行為です。
なぜなら、私たちが日ごろ行う1つ1つの仕事においても、未知の状況に対面にしながら、みずからの技術と意志によって、状況を“即興的”に創出していくことが求められるからです。
3つの「仕事」
さて、そんなことから、ビジネスパーソンが日々行っている「仕事」を3つに分けて考えます。
まず、仕事は大きく分けて
・「与えられる仕事」
・「自分でつくり出す仕事」
の2つがあります。与えられる仕事とは、すでに他者(上司か、会社組織か)が決めた仕事があって、あとはあなたが正確にやりこなす仕事です。
絵で言えば、「塗り絵」のようなものです。紙の上には、あらかじめ線で絵が描いてあり、その枠内に色をつけていく類のものです。そこで問われるのは、どんな着色剤を使うか(水彩絵の具か、色鉛筆か、ペンキかなど)、どんな配色にするか、どう枠からはみ出さないようにていねいに塗るか……くらいのものです。
さて、自分でつくり出す仕事は、さらに2つに分かれます。
・「積み重ねていく」仕事
・「伸(の)るか反(そ)るか」の仕事
両者とも、何を描くかということは自分でイメージしなくてはなりません。その点で、塗り絵とは全く違うレベルにあります。
「積み重ねていく仕事」とは、いわば「油絵」的な仕事をいいます。つまり一つひとつの絵筆さばきを何千回、何万回と重ねていってやがて1枚の大きな作品をこしらえるというものです。整理して言えば、持続・発展の仕事、ローリスクでシュア(手堅い)リターンのもの、到達点をある程度予測しながら仕上げていく仕事です。
比較してローリスクであるというのは、油絵の場合、仮に筆運びや色付けに失敗したとしても、再度上から新しい絵の具を塗れば修正がききます。ひとつひとつの意思決定や行動に時間をかけることができ、しかもやり直しができるという意味で、リスクが低いということです。ですから、長い期間に労力を注ぎ込み大作を仕上げることも可能になります。
一方、「伸るか反るかの仕事」は、まさに「切り絵」的な仕事のことであり、リスクの高い仕事です。
いざ、やってみなければ結果はわかりません。後戻りもできません。経営者の仕事や、起業的な(独立起業はもちろん企業内起業も含む)仕事はこの典型です言い換えれば、英断・開拓の仕事です。
不測の状況の中での一挙手一投足が、その事業の成否に大きく影響します。いとも簡単に失敗するときもあれば、本人が予想だにしなかった素晴らしい結果が出るときもあります。
私たちは職業人として、日々いろいろなレベルの仕事をしています。塗り絵的な仕事をずっと繰り返してキャリアを終える人もいれば、油絵的な仕事を丹念に続けて、大小を問わずいくつかの作品を業績として残していく人もいます。また、新規事業の立ち上げや全く新しい会社を興すという切り絵的な仕事に情熱を燃やす人もいます。
さて、あなたはどの仕事をベースにしていく仕事人生ですか──?