直視できるか?最新フェミニズムの解説書 映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」ー海外ポップカルチャーから学ぶ世界の価値観#6

価値観ゆさぶるエンターテイメント

映画「プロミシング・ヤング・ウーマン」(日本公開2021年)は「見るだけでフェミニズムが理解できる“口に苦い良薬”」です。見る側の言い訳をゆるさず価値観をゆさぶる力強さがあり、同時に、展開がよめない怒涛のスリラーでもあります。この二つがこれほど高度に両立している作品はめずらしい。これが評価され、2021年アカデミー賞で脚本賞を受賞しました。

ジャンルとしては「復讐もの」です。端的にいえば、主人公の女性が、親友の女性の受けたある仕打ちに対して、時間をかけて復讐をしかけていく話です。決してめずらしい主題とは言えません。しかし、映画の語り口、使われている音楽や美術、そして問題意識が先端的であり「2020年代初頭の時代感を理解する」ためにはうってつけの作品です。

映画として見られる「フェミニズム入門」

この映画のテーマはハッキリと「フェミニズム」です。フェミニズムは、社会を男性優位なものから変革し、男女平等へと向かわせる運動です。ハラスメントの防止、ダイバーシティ推進、SDGs[1]などと深く関係する、社会にとってもビジネスにとっても大事なテーマです。

しかし、フェミニズムとは何かについて、短い文章で説明したり、語ったりするのはとてもむずかしいものです。実際、フェミニズム関連の言論はツイッターで一番炎上が起きがちなテーマの一つです。フェミニズムには長い歴史があり、さまざまな立場があります。専門外の人間が特定の推薦文献を紹介するのも簡単ではありません。

そこで、フェミニズム理解のために、この映画をすすめたいのです。この映画を見る体験により、フェミニズムの全体像とまではいきませんが、その問題意識の原点、すなわち、男性と女性のあいだにはすさまじい非対称が依然としてある状態についてよく理解する事ができます。

主人公は復讐を進めるなかでさまざまな人物と出会っていきます。各役柄の設定は職業、男性、女性、人種と明らかに意図的に散らされています。そして、それぞれのキャラクターは男性優位構造の社会の中でやりがちな行動をとります。男性がどう悪いのか、女性がどう悪いのか、何を言い訳にして現状を放置しているのか。何によって今の構造が守られているのか。プロットは緻密につくられています。さながら、映画というフォーマットでしめされたフェミニズムの解説書とも言えます

男性を甘やかす逃げ道は用意されていない

この映画のさらなる素晴らしさはその「突きつけ力」です。フェミニズムのテーマは特に男性には居心地が良いものではありません。このため、これを扱う多くのエンターテイメント作品は、すこしの逃げ道を用意した描写や展開をとりがちです。たとえば、男性側にもそうせざるを得ない事情があったのだ、といったような。しかし、この作品にはそれがありません。

監督のスタンスは映画の序盤に示されています。主人公(女性)が酒に酔っているとみて、性的に迫ってくる男性に対して、なんどか拒否の意思表示をしたあとに ”Hey, I said, what are you doing!(おい、何してんだ、と言ってんだ!)”と”すごむ”場面。この時、カメラを正面から睨んで言う構図を監督は作っています。スクリーンの真正面から観客が睨まれます。これは、ストーリー上のセリフであると同時に「(この映画を見ている)あなたたち、(現実社会で)何してんの?」との突きつけでもあるのです。

序盤にこう宣言したあとに続く数々の展開は(男性である自分としては)「見る拷問」とも感じられるような苦しいものです。見ていられないほど嫌な気分にもなります。しかし、「こんなの作り話。一方的な主張だよ」と言えるかというとそうではない現実も知っている自分がいます。だからよけいに苦しいのです。

現実社会をいやでも想い起こさせる

本作は、本作の舞台であるアメリカで実際に起こった事件をおおいに意識しています。そもそもタイトルも実際に大きく報道されたスタンフォード大学での性的暴行事件の顚末[2]を意識したものです。

日本人男性としては「いや、日本の現実はここまで酷くないぞ」と、免罪されたいものです。しかし、本作はそれも許してくれないのです。じっさい、主人公は作品のなかで、言いわけする男性を無実の傍観者(Innocent Bystander)だから許されるのか(そんな話はない)と厳しく突き放します。

作り手は若手女性陣

男性優位社会を糾弾するこの映画に「逃げ道感」がない理由は、作り手の中心が若手女性クリエイターで固められていることと無縁ではないでしょう。監督・脚本のエメラルド・フェネル、主演・製作総指揮のキャリー・マリガン、プロデューサー(で女優でもある)マーゴット・ロビーはほぼ皆、30代前半の女性です。年齢と性別でステレオタイプを押しつけてはいけないですが、この映画の「容赦なさ」は若手女性が中心に作られた背景と無縁ではなく、男性クリエイターではこのテイストは難しかったでしょう。

見て「苦い」からこそ成長できる

40代日本人男性である筆者には、もろもろの属性の距離が遠いクリエイター達が作った本作は、決して受けつけやすくなく、居心地の悪さを感じる「苦い」味でした。

この味わいから二つの視点に気づかされました。あえて自覚してはこなかったものの、自分はこれまで、男性監督が作ったエンターテイメントばかり見てきたな、ということ。また、自分が気持ちよく受け入れられるものばかり見ていたら老化が進みそうだということです。苦さこそ、良薬のあかしです。

関連おすすめ作品

TVドラマ「キリング・イヴ/Killing Eve」(2018〜)

サイコパス暗殺者とそれを追う捜査官(双方とも女性)が、ヨーロッパを舞台に飛び回って戦う、スタイリッシュなサスペンス。「プロミシング・ヤング・ウーマン」の監督エメラルド・フェネルが、シーズン2を指揮しています。役者も製作陣も女性がリードするこの作品の感覚、特に男女それぞれの扱われ方が「今っぽい」一作です。男性監督・脚本だとこういう風味の作品は作れないだろうなと思われる内容、そして、そんな本作が多くの賞を受けている時代の空気感を感じられます。

<参考>
[1] SDGs目標の5番目はジェンダー平等を実現しよう、です。
[2] Why do we protect promising young men over promising young women?

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