「論語」と「算盤」をつなぎ、持続性を生み出す力とは~渋澤健×出口治明×木暮太一

本記事は、2015年7月に開催された「あすか会議2015」のセッション「『論語と算盤』に学ぶ歴史とリーダーシップ」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)

正解のない問いに答えるリーダー

木暮太一氏(以下、敬称略)まずは渋澤さんに伺います。「論語」と「算盤」、この2つが並列になっているのはなぜでしょうか。

渋澤健氏(以下、敬称略)はい。「論語と算盤」は私の高祖父にあたる渋沢栄一が提唱した考え方ですが、道徳である「論語」と経済である「算盤」が並列になっていることからは、多くの意味が読み取れると思います。渋沢栄一が第一国立銀行や東京株式取引所をつくった明治維新のすぐあとぐらいは、「論語と算盤」という言葉はあまり記録に残っていません。言われはじめたのは明治末期から大正にかけて。同名の著書も出版は1916年で大正時代に入ってからです。

「論語と算盤」を現代の言葉で表現すると、サステナビリティ、持続性ではないかと私は考えています。当然、算盤勘定ができなければ持続性は得られませんが、算盤だけを見ていてもつまずいてしまうかもしれない。逆に「私は『論語』読みです。お金儲けなんて卑しいことには興味ありません」というのも結構ですが、そういう人しかいない世の中では新しいことがはじまりません。新しいことがはじまらないところには持続性も生まれない。ですから、「論語と算盤」という言葉のなかで最も大切な文字は「と」だと思っています。「論語or算盤」でなくて「論語and算盤」。最近、僕はこの“と”の力がすごく重要ではないかなと考えるようになりました。

白か黒かを分析・判断する“か”も、効率的に物事を進めるために必要です。ただ、今日のテーマにもある「組織のリーダー」は、“か”の人でなく、“と”の人ではないかと思うのですね。組織では中堅の人たちが“か”、つまり「どちらか」を判断したのち、上に話をあげるプロセスがあると思います。では、その話を受けたトップはどうすべきか。

経営判断という言葉はよく聞きますが、経営者には「判断」でなく「決断」して欲しいと僕は思っています。正解がないところで答えを出さなければいけないのがリーダーであり経営者だからです。そして、そこで求められるのは“と”であることが多いと思います。会社には、顧客、従業員、株式会社の場合は株主等々、いろいろなステークホルダーがいろいろな要求をします。それは、おそらく相容れません。でも、それを相容れるよう“と”で合わせて決断することが経営者の仕事ではないか、と思っています。常に問い続ける力が“と”にはあると思います。持続性に必要なクリエイティビティのヒントも、“と”によって思考停止せず考え続けるマインドセットのなかにあると考えています。

教材は過去にしかない

木暮:出口さんは歴史から学ぶことが非常に重要であるとおっしゃっていますが、それは具体的にどのような作業になるのでしょうか。

出口治明氏(以下、敬称略):今回のあすか会議2015が開催されている仙台は東日本大震災が起きた場所ですよね。あのような大震災がもし再び起きたとき、東日本大震災のことを懸命に勉強した会社と、「同じことは起こらない」と考え勉強しなかった会社では、どちらのほうがより適切に対応できるでしょうか。前者だと思う人は?(会場ほとんど挙手)。…これが歴史を学ぶ意味ですね。将来何が起こるか分からない。同じことは起こらない。でも、悲しいことに教材は過去にしかありません。だから、昔のことを学んでおけば何か起きたときに役立つかもしれない。まずはこれが歴史を学ぶ意味だと思います。

あと、渋澤さんのお話はまったくその通りなのです。リーダーの仕事は何か。猿山のボスは、食べ物があるときは何もしなくていいんです。でも、その地域でご飯がなくなったとき、東か西か南か北か、どちらに行くか。間違った判断をしたら皆が死んでしまいます。でも、どこにあるかは分からない。その分からないことを決めるのがリーダーです。分かっていることを決めるのにリーダーはいりませんよね。優秀なスタッフがすべて分析して、「こっちのほうが儲かりますよ」という風にすればいいので。

それと、「論語」を書いた孔子がどんな人だったのかというお話も少し。いろいろなところで良い政治をPRしようとした人ですが、孔子が新たに訪れた街で最初に聞くのは人口でした。人口が経済のベースだと分かっていたんですね。そのうえで、「皆、豊かに暮らしていますか?」と。最初は経済成長ということです。そうして皆が豊かに暮らしていると言われたら、「では、教育をしなければいけないね」と言うわけです。「衣食足りて礼節を知る」は管仲という人の言葉ですが、孔子もそういう人だったと理解するとすごく分かりやすい。大変合理的な人だったと思います。

渋沢栄一が憂いた事なかれ主義

木暮:歴史を学ぶうえで、私たちはどのような指針を持つのが良いのでしょうか。

出口:とても簡単です。好きなものを勉強すればいい(会場笑)。プロ野球が好きならプロ野球の歴史を調べたらいい。「いつ、どんな風にはじまったのか」とか。好きこそものの上手なれ。嫌いなことを勉強しろと言われても身につかないでしょ? でも、興味のあるものや好きなものから「なぜこんなことが起きたんだろう」「昔はどうやっていたんだろう」と勉強していけば、そこからまた興味が沸いてくる。好きな本を読んで好きな場所に行けばいいと思います。

木暮:渋澤さんはいかがですか?

渋澤: 小学校2年のとき父の仕事の関係でアメリカへ引っ越して以来、私は大学までずっとアメリカでした。子どもの頃から渋沢栄一の存在は知っていましたが、「論語と算盤」を読んでいたということもなく、渋沢栄一の思想に直接触れたのは40歳で会社を興したときです。「そういえばひいひいおじいさんって500社ぐらい会社つくったそうだから、ちょっと参考になるかな」と。

実際、「論語と算盤」、あるいは渋沢栄一の言葉をかみ砕いてみると、今の時代にそのまま使える内容だし、私が関心を持ったのもそこでした。当時はどんな時代だったか。ある意味で高度成長を果たし世の中が大きく変わった明治時代を経て、明治末期から大正は安定期に入ります。近代のなかでは国民が最も豊かな生活を享受していた時代でもありますね。日露戦争を経て日本は先進国に追いついたという空気が世の中にあったと思うんです。

そうした流れのなか、渋沢栄一のような明治期から活躍していた人々が、「このままではいけない。事なかれ主義で政府へすべて任せきりになって、皆、社会の当事者でなくなってしまっている」というメッセージを出した。これ、現代に通じることも数多くあります。僕は「論語と算盤」に書かれていた「大正維新の覚悟」という話がすごく印象に残りました。「大正時代にもう1度維新が必要だ」と。そのうえで、「この状況が続くと悔やむことが起きるかもしれない」という言葉で締めくくっています。渋沢栄一が亡くなったのは1931年11月。その2か月前には満州事変がありました。豊かになった社会で国民が流され、気づいたら誰も望んでいない世の中になってしまっていたわけですね。

この辺が出口さんのおっしゃる歴史に学ぶことの大切さだと思うし、私自身、「もっと歴史を勉強しなきゃいけない」と思った1つのきっかけです。過去を知ること自体が目的ではなく、「未来において何か使えるものが、そこにあるのかもしれない」と。難しい言葉をかみ砕き、こうして皆さんと一緒に考えることで、もしかすると未来を変えることができるのではないかという思いがあります。そうした「大いなる勘違い」から勉強をはじめたという(笑)。

人間の脳は1万5,000年進化していない

木暮:歴史のなかで「これは現代に使える」というポイントはどんなところにあるのでしょうか。

出口:飛行機もインターネットもない時代のことを勉強して何になるのかと言う人もいますが、そこは答えが出ています。人間の脳は1万5,000年ほど前から一切進化していません。まず、我々の先祖は15万年から20万年ほど前、東アフリカのサバンナで生まれました。そのホモ・サピエンスというグループが、アフリカから全世界に散らばった。1万5,000年ほど前まで、ご先祖の9割ぐらいは動物を追いかけて世界中へ散っていったわけです。これがグレートジャーニーですね。

ところが、1万5,000年から1万3,000年前に人間の脳は変化します。「ブラブラご飯を追いかける生活はやめよう。自分たちは“主人”なんだから、今いる場所に住んで周囲を支配しよう」という風に脳が変わった。これをドメスティケーションと呼びます。植物を支配するのが農耕、動物を支配するのが牧畜、金属を支配するのが冶金ですね。また、自然界の原理を支配したいと思い「神」という概念もつくり出した。以来、文明は進みましたが、「人間の脳はほとんど、あるいはまったく進化していない」という学者が圧倒的に多数です。それなら、何か大変なことが起きたときの判断や喜怒哀楽も歴史のなかにすべてあり、それは現代や未来においても通用するに決まっています。

たとえば300年ほど前、ストラディヴァリというバイオリンづくりがいました。彼がつくったバイオリンは今も200~300挺残っていますが、なかには壊れたものもあるので、分解したうえで、どんな木やニスを使っていたかすべて分析できる。でも、いまだ彼以上のバイオリンづくりは現れません。これはどう考えればいいのか。人間の脳が一切進化していないなら、この1万5,000年のなかでバイオリンづくりに関し最高の能力をもった人間が生まれるタイミングは、アットランダム。いつ生まれるか分からないと考えれば、きれいに説明がつきます。

渋澤:歴史から学べることは2つあると思っています。1つは出口さんのお話と同じで普遍性ですね。どの時代でも、ツールやシチュエーションが変わっても人間は結構同じことをくり返す。それともう1つ。歴史を振り返ってみると、どの時代にも新しい未来を拓こうとしている人がいました。「良い意味でも悪い意味でも」という話かもしれませんが、過去のなかに、常に未来志向がある。

木暮:私たちは歴史から何をどのように吸収していくべきでしょうか。

出口:たとえばプーチンがクリミア半島を接収したことについて、新聞等を読んでも私はよく分かりませんでした。でも、白水社の『クリミア戦争』(上下)という本を読んだら、「ああ、なるほど」と、すべて分かった。人間の喜怒哀楽とか、「誰が好きだ」とか「あいつには痛い目に遭ったから倍返ししてやる」とか、そういう人間の本質的な気持ちって、どの時代もあんまり変わっていないんです。そのことが、『クリミア戦争』という本では、ロシアとヨーロッパの対立という長い歴史からていねいに説き起こされていました。悲しいことに、人間というのは自分のルーツというか、ずっと昔のことを忘れられない動物なんですよ。

もう1つ、つまらない話をしますが、私は「出口」という自分の名前について、「きっと昔、村の出口に住んでいたんだろう」と(会場笑)。あまり興味もないので、60歳頃までそんな程度に考えていました。でも、あるとき大本教を興した出口王仁三郎さんの子孫の方にお会いした際、生まれを聞かれて「三重です」と言ったら、「ではルーツは一緒ですね。海賊です」と言われたんです。瀬戸内海にいた海賊です。海賊って悪いことをしていますよね。それでいつも攻められるから、湾の出口を守っていた人がいて、その人々が「出口」だったんです。

その後、海賊は瀬戸内海が狭くなったから黒潮に乗って太平洋に出ていきました。すると紀伊半島にぶつかるので、そこで九鬼水軍になって三重に上陸した。さらに房総半島まで進んで千葉に上陸した人々もいます。だから三重と千葉に出口が多い、と。それまで自分の姓に興味はなかったのですが、こんな風に聞かされると、「村の出口より海賊の出口のほうが格好ええな」と(会場笑)。

人間はそういう動物なんです。長州の毛利家では元旦になると、殿様と筆頭家老で「徳川征伐の準備、すべて相整いました。あとは殿の下知を待つばかりでございます」「ご苦労であった。しかし今はそのときではない。時を待て」なんていうやりとりを250年続けてきたわけです。そんな風に、人間というのは自分の生まれた町を特別だと思ったり、自分の先祖の人が立派な人であって欲しいという原始的な感情から抜けきれないと思うんですね。世界中の人々がそうだと思います。だから、その人々の知恵と歴史を勉強しておけば、たとえば鹿児島の人と話をするときに桜島の話をしただけで「ええやつやな」となるでしょ? 普遍性とともに、その国やその人々の過去を人間はすべて引きずっている気がします。

歴史の学びが、幸せを導くファクターに

木暮:「論語と算盤」のなかにある普遍性はどのように生かされてきたとお考えですか?

渋澤:「自分がなんとなく思っていたこととシンクロする部分があった」というお話に尽きると思っています。たとえば、人間は生きるために他の生物が持っていないものを持っている。それは「想像力」だそうです。中村桂子さんという著名な生物学者の方に聞いた話ですが、中村さんのお知り合いにゴリラを40年間研究した方がいて、その研究の結論は、「あ、彼らには想像力ないな」ということだった、と。

ゴリラにも過去の記憶はあるし、そのときの知恵とか、少し先で「こうすればこうなる」とか、恐怖とか欲望とか、そういうものは持っています。でも、想像力がない。想像力がある人間は過去にも未来にも行けるし、逆に言えば想像力があるから不安にもなります。おそらく動物には恐怖感はあっても不安感はない。「30年後は年金生活か」と考えて不安になる動物はいません。一方で、想像力がある人間は期待・希望も持てます。

慶應大学でロボット学を長らく研究してきた前野隆司教授は、あるとき「なぜ人間は幸せになるのか」と、そのメカニズムを知りたいと考えるようになったそうです。以前、その前野先生にこういう話を教わったことがあります。幸せには、長続きする幸せとしない幸せがある、と。後者はお金やモノや社会的地位です。当然、そういうものを得ると幸せにはなるのでしょうが、これは他と比べることができます。だから、自分よりお金を持っている人や自分より偉い人を見ると幸福度が下がってしまう。でも、長続きする幸せもあって、その1つが環境に基づく幸せだそうです。自分が安心だと思えばそれが幸せになる。2つ目は健康、そして3つ目は心にもとづく幸せです。で、3つ目の心にもとづく幸せには4つの因子があるというんですね。1つ目は「自己実現」と「成長」、2つ目が「つながり」と「感謝」、3つ目は「楽観」と「前向き」、そして最後が「マイペース」と「独立」です。

私はその話を聞いたときに、「あ、だから自分は今の仕事をしているんだ」と気づきました。コモンズ投信を立ち上げたのは、長期投資を通じて「心にもとづく幸せ」を、自分自身だけでなく皆に感じて欲しいから。長期投資によって私は自己実現と成長、そして社会とつながっていることを感じることができます。また、感謝というのは配当のことかもしれません。そして、当然ながら前向きかつ楽観的でないと投資はできません。さらに言えば、今後は年金だけだと足りなくなるかもしれないので、自分の未来の独立とマイペースを保つために投資をしている面もあります。

「歴史から学ぼう」という“スイッチ”が入るときもそれと同じです。歴史を学ぶことによって、今お話しした4つのファクターを満たしていると感じて幸せになる。そうすると、「もっと勉強したい」と思うようになるのではないかな、と。そんな風にしてグルグル回っていくのではないかと考えています。

出口:ケーススタディが山ほどあるという話なのだと思います。歴史にはさまざまなパターンがあって、底抜けの善人も底抜けの悪人もいる。その面白い話を学ぶことでケーススタディができたらラッキーだと思うんですね。会社に悪いやつがいたとして、「『韓非子』に出てくるあいつに比べたら小物だ」なんて思えたら腹も立ちませんし。

また、ケーススタディを知ることで強くなれます。チャレンジする人はいつの世の中にもたくさんいますが、歴史を見てみると皆ほとんど失敗していることも分かります。それを知っていたら、皆さんが自身のチャレンジで失敗しても「自分は多数派だったんだな」と(会場笑)。昔の人だって、そんなに簡単にはいかないと分かっていたんです。でも、動かなければ世の中は一切変わらない。だからダメ元で挑戦した人だけが、たまたま何かの偶然で成功する。その1%や0.5%の人々が世界を変えてきたというのが人間の歴史だと分かれば、安心して何でもできます。

自分が正しいと信じることを軸に

木暮:歴史を学ぶうえでは自分の軸も必要になると考えています。そうした軸についてはどのように捉えていらっしゃいますか?

出口:正直、私自身に軸があるかどうかは自信がありません。人間ってそれほど簡単に軸はできないと思うんです。ただ、軸というか、強く思っていることはいくつかあります。たとえば、私は「人間チョボチョボ論」と言っていますが、それほど賢い人はいないというか、「人間は皆アホで、そんなに大きな差はない」という考え方がベースにあります。また、人間というのは割と単純な動物です。ご飯を食べて、暖かい寝床があって、たまに酒が飲めて仲の良い友だちと愚痴を言い合えたら、ほとんど悩みがなくなる(会場笑)。そのぐらい単純な動物だという考えがあります。

あと、「思い込みというのはあまり役に立たず、数字、ファクト、ロジックできちんと実証できるものしか相手には伝わらない」という思いもあります。お茶席に呼んだ外国の方に「なぜお茶碗を回すのか」と聞かれて、「これが日本の伝統だ」と答えてキョトンとされたという有名な話があります。これ、何も説明していませんよね。そこに、数字、ファクト、ロジックが必要なんです。たとえば「お茶碗を回すのは、きれいな模様がホストから見えるようにするため」とか。それが本当かどうかは分かりませんが、とにかく説明しなければ人には通じません。

そんな風にして、結局は人生のなかでいくつか、「これは確かだろう」と思ってきたことを皆さんがそれぞれ軸にするしかないわけです。その軸自体は変わるのはいいと思います。それは成長ですから。ですから、あまり堅く考えずに、「自分はこういうことが好きなんだ」「これが正しいと信じている」とか、それぐらいで十分ではないかなと思います。

渋澤:私の場合、軸というよりアイデンティティということを子どもの頃から課題として抱えていました。アメリカで、しかも周囲にアジア系の人が1人もいない世界で育ったのですが、明らかに日本人。でも、自分がアメリカ人なのか日本人なのか分からなかったんです。アメリカで育ったけれども日本人。でも、日本へ帰ってくると「渋澤さんはアメリカで育っているから」なんて言われたりして、普通の日本人でもなかった。それで、「自分は何なんだろう」という悩みをずっと抱えていたし、軸なんて何もないフニャフニャ人間でした。

でも、大学卒業後に日本へ帰ってきて仕事をしているとき、ふと気づいたことがあります。自分はアメリカしか知らないアメリカ人になりたいのかというと、答えは「NO」。じゃあ、日本しか知らない日本人になりたいのかといえば、それも「NO」でした。「それなら、今の自分が一番いいのでは?」と。そう思った瞬間、肩にかかっていたモヤモヤ感がなくなりました。

そんな風にして「これは自分じゃないな」ということで差し引いていったすえ、最後に残っているのがアイデンティティや軸という話ではないかなと思っています。僕はその後、「論語と算盤」を学びはじめた流れで「論語」や「韓非子」も勉強するようになりました。そのなかで、「あ、これは自分だよね」「これは違うよね」という風になんとなく整理され、OSとして自分のなかに組み込まれていくものも出てきました。(後編に続く)

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