トヨタ自動車・トヨタ自動車販売の戦中・戦後の苦労を描いた「LEADERS2」というドラマと、「シン・ゴジラ」の動画配信版を観ました。どちらも外部環境の想定外変化を、熱い理念・ビジョンとリーダーシップで乗り越えていくストーリーです。
こういう志や人間力のトピックと合理的で冷徹な「ファイナンス」は全く別ジャンルですが、「資本主義経済とは」「自由資本市場の役割とは」について考えさせられたので、その視点から解説します。なお、「LEADERS2」に登場するのは「アイチ自動車」ですが、ほぼトヨタ自動車のノンフイクションと聞いており、ややこしいので「トヨタ自動車」で話を進めます。史実とは異なる脚色もあるかと思いますがドラマに描かれた内容をベースに考察します。
トヨタの苦労に見る日本型資本主義
ドラマのハイライトシーンは、戦後のハイパーインフレで操業難に陥り銀行融資がストップしたトヨタ自動車の危機を、販売店・協力工場が資金繰りを工面して助けるところです。ファイナンスでは株式(エクイティ)のリターン最大化、がトピックの中心になりがちですが、日本ではその発想が希薄なまま資本主義経済が発達したことがよくわかります。
1. 出資ではなく借金に頼らざるをえなかった戦後日本の資本主義スタート
トヨタ発展のための最大のボトルネックは資本・資金不足でした。「やりたいことがあるのにカネがない」この問題を解決するのが、ファイナンス理論に基づく自由資本市場の役割です。これは大量生産のために膨大な資金を要する、重厚長大産業を念頭に置いた仕組み作りです。ところが焼け野原の日本にはその資本蓄積がなく、財閥等の民間資本はGHQに接収され、その管理下で政・官・財(銀行)が三位一体で特定産業に傾斜配分しながら戦後の奇跡的復興を成し遂げました。このように、銀行が「資本家」として立ち振る舞い、「経営支配権は株主投資家のものだ」と言っても意味のない時代が長く続いた点で、米国資本主義市場の発展経緯と日本とは事情が違うことを再認識しました。(詳しくは拙著「バリュエーションの教科書」第6章ご参照)
2. 販売会社・協力工場による「協調融資」か「エンプロイー・バイアウト」か?
トヨタの苦境を販売店が必死に資金をかき集めて救うのですが、これは今風にいうと、従業員による会社買収=Employee Buyout、EBO(本件では買収とまでは行かない資本参加)の手法を彷彿させます。ファイナンス的には、「このカネはトヨタへの出資金なのか、短期運転資金融資なのか、ある時払いの催促なしのおおらか長期融資なのか」が気になります。
銀行がドン引きしている中での資金供与ですから、当然ハイリスクです。ファイナンスの常識はハイリスク・ハイリターンですから販売店はリスクテイクの見返りとしてハイリターンを要求する=固定の利息とか元本返済約束ではなく将来の大化けに賭ける、と考えます。とすると融資ではなく増資引受けの形をとるはずですが、ストーリーの流れ的には違う気がします。
「将来株で大儲けと邪心をからませる、そんなファイナンス思考は大嫌い」のブーイングが聞こえてきそうですが、敢えて言います。勇気と思いを込めてリスクマネーを提供した人が大きなリターンを手にする、そしてその人がその富を自らの意思で社会に再投資する、これは自由資本主義市場の持つ健全なダイナミズムです。
「あのときの御恩は未来永劫忘れません」「こちらが困ったときは是非よろしく」という信頼関係は、事業成功の重要な要素です。しかしそういう曖昧な貸し借り関係が長く続き、将来の戦略策定の足かせとなり、経営判断を誤らせることにつながるよりは、「リスクテイクの見返りをフェアに配分します、いざとなったら株を売却してお役立てください」、の方が良い場面も多いのではないかと思います。
3. 近年の類似事例:エルピーダメモリ
トヨタの話は決して終戦直後の昔話ではなく、エルピーダメモリ(以下エルピーダ)と全く同じではないかと感じたので簡単に解説します。NECと日立の半導体メモリー(DRAM)部門を切り離して設立されたエルピーダは、坂本社長のリーダーシップのもと、海外勢に押されていたシェアを2002年〜2008年にかけて急速に挽回していました。株式上場しインテル等からの出資も仰ぎ、株主資本(=返さなくてよいリスク資本)の充実を図りました。しかし半導体事業は巨額の設備投資が必要なので借入金依存は避けられません。そこにリーマンショックからの世界金融危機が勃発、その影響で超円高になりエルピーダの価格競争力は致命的ダメージを受けます。エルピーダは経産省が策定した産業活力再生法の適用第1号となり、政策投資銀行から出資と融資を受けました。
しかしその後もタイの洪水被害や、提携話を進めていたマイクロンのアップルトン会長の事故死、という不運が続き、融資の前提となった事業計画は未達となります。政策投資銀行はそこで融資延長に応じない、とはしごをはずしてしまいました。エルピーダは会社更生法の申請やむなしに至り、米国マイクロン社の傘下で事業再生することになりました。
トヨタにおいて販売店が果たした役割をエルピーダでは競合外資が果たした、という構図です。融資・出資を受けるために経営トップが辞任するところも同じ、トヨタがその後の朝鮮戦争特需で成長軌道に乗り、エルピーダ改めマイクロン・ジャパンがアベノミクス円安特需で業績回復、ここもデジャブです。(注)
政府系の銀行ですら、長期的コミットのある「忍耐強い資本(Patient Capital)」たり得ないという現実。それを目の当たりにし、不確実性が高まる環境下で多くの日本企業が資本効率低下の批判を受けながら、いざという時のために現金を積み上げておきたくなるのもわかります。
21世紀の「シン・資本主義」をシン・ゴジラに見出す
話は唐突にフィクション怪獣映画に飛躍します。娯楽系と思いきや、神が与えた試練を人類の叡智で乗り越えることができるのか、という奥深いテーマでした。予測不能な巨大生物の出現に対して、政府は意思決定・危機管理能力が欠如、その状況を、あらゆる方面の叡智結集しながら柔軟で迅速に意思決定する若い世代のリーダーシップで日本を救う、というストーリーです。そこに私は、戦後高度成長期の古き良き資本主義経済が変遷している姿を感じました。
全国の販売店代表が一同に介して協議し、1ヶ月で20億円を集めて会社を救済する、というスピード感と解決策では、あっという間に風説が流布して後手に回りゴジラに瞬殺されてしまう、これが今日の事業経営の置かれている環境です。そこで成否のカギを握るのはファイナンス理論の理解でも資本市場からの資金調達スキルではありません(誤解なきよう、ファイナンス・スキルの果たす役割があることは後述します)。必要な資本(Capital)は、多様性を持った優秀な人材集団であり、情報収集・分析・解決案策定・実行のネットワークなのです。「無形の資本」のベクトルを揃え、無駄なく最短距離で目標達成につなげる経営力が問われる。これが21世紀の資本主義経済の姿です。それさえあれば、ITの発達した現代社会において、カネはグローバルに、迅速に、集めることができるでしょう。
まとめ
戦後のトヨタと未来フィクションのシン・ゴジラという両極端な題材から、日本の資本主義経済・自由資本市場を論じてきました。あと2点ほど、私の問題意識を挙げます。
1. 借入金依存の資本構成が正しい財務戦略の場合もある
トヨタとエルピーダの事例を使い、借入金依存の資本・負債構成の危険性を論じました。
将来計画の不確実性が高い→返さなくてよい資本(出資)が必要→投資家はリスクに見合ったリターンがなければ出資に応じないので高いリターンを出すことが必要→株式資本コストは負債コストより高くなる
これがファイナンス理論の常識で、株主投資家を「価値を生まない割に儲ける連中」とレッテルばりするのは間違いなのですが、巨額の資金を必要としないベンチャー企業の世界では、逆の事例もあるようです。ある会社のCFO曰く、「今はカネ余りで、政府系はじめ銀行は未来志向の融資先を求めています。理念とビジョンがしっかりしたベンチャーに、返済期限の長い『忍耐強い資本(Patient Capital)』を低コストで提供してくれます。投資ファンドは『5年で上場を』と言いリターン(会社にとってはコスト)の高い資本を提供したがり、経営にも口出しして時に起業家の意思決定を遅らせたり手堅いものに変更させたりしますが、銀行融資のほうが却って安心して付き合えます」と。なるほど、資本政策も外部環境に即して柔軟に、起業家の事業ビジョンとの整合性を考慮し、ファイナンス理論の常識にとらわれすぎず現場の市場環境の肌感覚を大切に、と教えられました。
2. ゴジラは実在する
トヨタを襲った戦争と戦後のハイパーインフレは、全くの想定外の不運な出来事だったでしょうが、今日の社会はあの時と同じくらい不確実性に満ちています。隣には核開発に邁進する予測不能な国もあります。さらに怖いのは、アベノミクスで日銀が国債や株式を買い支えている財政政策です。自由資本市場の歪みのマグマは増大しており、何かをきっかけにインフレ再来、という事態が起きてもおかしくありません。そうなると銀行や機関投資家が抱え込んでいる国債や社債価格が暴落し、その含み損で多くの金融機関の経営が立ち行かなくなりハイパーインフレへの悪循環サイクルにはまり込む、トヨタが当時メインバンクの「手の平返し」洗礼を受けたのと同じ状況は起こりえます。
最後に、こういう時代にファイナンスを学ぶ意義、ファイナンス・スキルの役立て方を総括します。
1. 戦略・計画を数値化し見える化しシミュレーションできるツールとして、迅速な意思決定をサポートする
2. 事業リスクに対応したバランスシートの右側=資本・負債構成を常に最適化させ経営基盤を安定させる
3. いざという時に適切な投資家から適切な形で資金調達するためのネットワークや信頼関係を築く(投資家リレーション/Investor Relations・IR活動と呼ばれているものです)
21世紀の資本主義経済は既にモンスター化しています。それを制御する人類の叡智はあるのか――これからの世界を担う若い世代と一緒に考え行動していきたいと思います。
(注)グロービス経営大学院 大阪校受講生による研究プロジェクト「エルピーダの破綻」資料から筆者が要約