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第4回 ケース解説─誤った対応がもたらす悲劇

投稿日:2008/06/23更新日:2019/04/09

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ストレス過剰時代には“社員の心のありよう”が会社の業績を左右する――。個人あるいは職場全体のストレス状況の把握から、早期予防、事後対策、職場復帰に至るソリューションを、先進企業事例とともに解説した書籍、『ビジネススクールで教えるメンタルヘルスマネジメント入門―適応アプローチで個人と組織の活力を引き出す』(佐藤隆・著、グロービス経営研究所・監修)から、「第1部 基礎編」の内容を、今回、発行元であるダイヤモンド社のご厚意により、特別に抜粋して5回連載として再掲載します。今回は、前回ご紹介した具体的なメンタル不調のケースについて、どのように対処すべきであったかを分析します。

今回は、「第3回 身近に起きているメンタル不調」でご紹介したケースについて、第1回、第2回にご説明した背景、アプローチ方法なども踏まえ、分析してみましょう。どの部分の対応が悪かったのでしょうか。

ケースA:メンタル不調者を励ますことはストレスに

「トップランナーの突然のメンタル不調」は、上司・坂崎さんの適切なラインケア(ラインケアについては『ビジネススクールで教えるメンタルヘルスマネジメント入門』第3部2~3章で詳述)が働いていれば防止できたケースです。部下・高橋さんの異常にもかかわらず、坂崎さんが励ましつづけたことが、結果的に退職へと追い込んでしまいました。

管理職のなかには、「ストレスをかけることは本人を鍛えることである。甘やかすことは本人のためにも会社のためにもならないのではないか」といった疑問を持たれる方もいます。もちろん、そうした要素は否定しませんが、それも状況によりけりです。

本ケースで大事なポイントは、高橋さんの状況は、健康なビジネス・パーソンとしての悩みの域を脱し、病人の状況を示しているという点です。すでに疾病のシグナルを出し、医師の診断書も出ているのです。結果的に彼はメンタル不調になり、職場の生産性は低下しました。このような場合、上司は高橋さんをラインから外し、治療に専念させるべきだったといえます。まずは、部下の治療を最優先させること、そのためには彼を職場から離して休養させることが必要だからです。

ケースB:不十分な人的資源管理がトラブルを拡大

「少数精鋭の職場で起こった『ドミノうつ』」のB社は、人的資源管理が不十分だった例といえます。このようなケースでは、セルフケアだけでメンタル不調が生じる状況を改善することはできません。業務量の増加に応じた適切な人員配置をするなどの対策をとれば、ストレッサーが軽減され、大きな問題にはならなかった可能性が高いのですが、それを怠ったためにストレスが増加し、ドミノ倒しに「うつ病」が発生しました。本ケースでは、明確な過剰労働が見られます。顧客からの評判をおとしただけではなく、重要な社内資料流出の危険もありました。

職場において、誰かがダウンした場合、周囲や後任がフォローに当たるといった対症療法がとられがちです。しかし、その場しのぎの対処では、第2、第3の被害者が出てしまう可能性もあります。部門リーダーや人事担当者は、職場でメンタル不調者が出た場合、その人に対する対処(病状の把握や復職策の検討)を行うことは当然として、「なぜメンタル不調者が出てしまったか」という本質的な問題にも目を向けるべきなのです。

ケースC:対応手順の誤りが損害賠償責任のリスクへ

本事例のC企画社のように、症状診断テストやメンタルヘルスの管理職研修を実施する企業は増加しています。一見、C企画社に落ち度はないように思われます。ではなぜ、メンタルヘルスに熱心な田辺専務の下で部下の金城さんが自傷行為に至り、訴訟問題になってしまう問題が発生したのでしょうか。

多くのメンタルヘルス研修では、臨床心理士や精神科医を講師として、部下の心の病のサインの見分け方や対処法について説明していきます。しかし、これはこれで正しいのですが、その前に、心の病であろうとなかろうと安全配慮義務を意識し、リスク・マネジメントを最優先しなければなりません。本事例では、金城さんは自殺の可能性をはっきりと訴えています。ケースCのような場合、上司には病気の判別はできず、そういう時間を浪費するのも好ましくありません。まずは、このリスクに対して緊急的に介入し、防止することが必要だったのです。

メンタル不調のシグナルを見逃し、緊急時の対応がうまくいかなければ、電通事件やオタフクソース事件のように、安全配慮義務違反となり、多額の損害賠償を負うことになります。

リーダー、マネジャーが知っておくべきメンタルヘルス施策

以上の3つのケースに共通するのは、上司や会社の対応の拙さが悲劇を招いたという点です。よくありがちな、メンタルヘルスの問題をすべて医師に任せてしまう、あるいは逆に身近な管理職が自己流ですべてをさばこうとするやり方は、時代遅れであるうえに、不適切です。当人のみならず、同僚や会社全体にとって大きな痛手となってしまいます。特に少数精鋭で多くの仕事をこなす組織では、こうした不適切な対応は、ケースBで見たように、メンタル不調のドミノ倒しを招き、決定的な悲劇をもたらしかねません。

今後間違いなく必要となるのは、適切な会社の施策と、上司による適切なケアです。特に、吸収合併や急速な成長時は、まさしく変革のときであり、メンタルヘルスへの配慮も同時に行っていかないと、社員の健康障害はもとより、業務上の障害や信用失墜の可能性も出てくるのです。メンタルヘルスの問題は、一部の人事部スタッフや経営者だけに課された課題ではなく、これからの組織を引っぱるリーダーやマネジャー全員が知っておくべきビジネスリテラシーといっても過言ではないでしょう。

幸い、多くの企業は、従来型のアプローチだけではメンタル不調による休職日数の減少や、メンタルヘルスケアを必要とする社員数の減少につながらないことに、うすうす気づきはじめています。

繰り返しになりますが、本書はこうした問題意識の下、従来型の医療依存的なアプローチだけではなく、職場適応を促進するための科学的マネジメントや対人関係を調整するリーダーシップによるアプローチ、すなわち適応アプローチの理解と実践が必須であることを強く主張します。古いパラダイムを捨てて、新しいパラダイムに頭を切り替える必要があるのです。

もっとも、メンタルヘルスの問題は、職場の関係者だけで解決できるテーマではありません。家庭や地域といったコミュニティが果たす役割も大きなものです。ちなみに、厚生労働省(労働省労働基準局=当時)は2000年8月に、「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」のなかで、「セルフケア」「ラインケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」「事業場外資源によるケア」の四つを継続的、計画的に実施可能なところから推進していくことを定めています。

コラム:電通事件とオタフクソース事件

電通事件とは1990年に入社した社員が、多忙な職場で、1年5カ月の間に、午前2時以降の退社が3日に1度、午前4時以降が6日に1度、休日も出勤し、睡眠時間も非常に少ない状態が続き、入社翌年の8月に自殺に至った事件です。

この事件では、東京地裁判決で「過剰な長時間労働により社員の健康が侵害されないように積極的に施策を講ずる必要」があったとし、同高裁判決では「健康状態の悪化を知っていたと認められうつ病等に罹患し自殺することもあり得る」ことを予見できたとして企業の責任を認めました。

オタフクソース事件も過労のために自殺に至った労働者に対する安全配慮義務が問われた事件です。判決では「長時間労働または過酷な労働にならないように十分配慮すべきのみならず心理面または精神面についても十分配慮すべきであった」として企業責任が問われました。

メンタル不調により自傷他害の行為に至ったり、その結果、後遺障害が残ったりした場合、企業責任として労働災害の認定や民事訴訟の損害賠償請求(電通事件では1億2400万円《東京地裁96年3月28日》、オタフクソース事件では1億1000万円《広島地裁00年5月18日》)をされることがあります。

企業側は、このような状況では、業務の量を減らしたり早く帰宅させたり、さらには働く人の心理的な面についても積極的な安全配慮をし、予防策を講じるべきでした。

次回は、「ストレス」について詳説します。

本稿の著作権は著者に帰属しています。内容の無断転載、無断コピーなどはおやめください。また、私的利用の範囲を超えるご使用の場合は、グロービスおよび出版社の承諾書と使用料が必要な場合があります。

  • 佐藤 隆

    グロービス経営大学院 教員

    日本のメンタルヘルス黎明期より日本鋼管病院の精神衛生室及び同社人事部兼務にて、メンタルヘルス等の職務に40年以上携わる。東海大学短期大学部にて学科長を務める。学術活動として300社以上の企業を対象にリーダーシップ 及び、管理職のメンタルヘルスに関する調査研究を実施。また、多数の企業における人事部・管理職向け研修や人事システム立案に携わる。 現在、グロービス経営大学院大学に所属。他にハンス・ セリエ財団カナダストレス研究所客員研究員や財団法人パブリックヘルスリサーチセンター付属ストレス科学研究所客員研究員、総合心理教育研究所代表、自治大学校非常勤講師、地方公務員安全衛生推進協会非常勤講師を務める。また、産業ストレス学会、産業精神保健学会員、産業組織心理学会員。臨床心理学、精神保健学等を専攻。 主著「臨床心理学とストレス科学」(エイデル出版)、共著「産業・組織心理学入門」等。臨床心理士、精神保健福祉士取得。日本心理臨床学会会員、日本ストレス学会等会員。

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