パナソニックのタンクレストイレ「アラウーノ」が2006年の発売開始時点から2015年末までで、累積販売数100万台を達成したという。同商品の売れるヒミツは何だろう。そして、今後の戦略とは?
「全自動お掃除トイレ」というユニークなポジション
アラウーノはトイレの中でもこの10年ほどで伸長している「タンクレストイレ」という、比較的高級なカテゴリに分類される。洗浄用の水のタンクを持たない構造によって空間を有効利用でき、見た目がスッキリするという効用がある。さらに、溜めておいた水で一気に流すのではなく、少ない水の水流で流す工夫がなされているため、水道代が少なくて済むしエコにいいという点も選ばれる理由になっている。
そんなタンクレストイレカテゴリーの中で「アラウーノ」のユニークさは、何と言っても商品のショルダーコピーともなっている「全自動お掃除トイレ」というポジションだ。家庭用洗剤をセットしておけば、水を流す毎に勝手に泡だって便器を洗浄してくれる。その全自動感。「掃除しなくていいんだー」という開放感が半端ない。何よりそこが、アラウーノの売れるワケなのは間違いない。
家庭の平和に寄与するアラウーノ?
小林製薬が2013年12月に300人の専業主婦を対象に行った「トイレ掃除とトイレ空間に関する意識・実態調査」によれば、「主婦が嫌いな家事」と「やっても夫に気付かれない家事」、共に第1位は トイレ掃除だという。その大嫌いな家事から解放されるのだ。マイホームの新築やリフォームの際のDMU(Decision Making Unit=購買決定関与者)として大きな発言力を持つ奥様のココロを鷲づかみである。また、同調査によると、「4人に1人の主婦は、本当は夫にトイレ掃除をやって欲しい」と思っている。そして理由の第1位は、「自分が汚しているわけではないから」とある。うかうかしていたら夫は自分がトイレ掃除をやらされることになる。「全自動万歳!」だ。家族の平和のために、このトイレが指名買いされているのは間違いない。
アラウーノの生い立ちに隠されたパナソニックの狙い
このトイレの生い立ちを探ってみると、パナソニックの戦略の凄みが伝わってくる。トイレの便器は通常陶器だ。そこは、浴室や便所など主に水回りに用いられる「衛生陶器」というカテゴリで、専業者達の独壇場である。パナソニックは旧松下電工がパナホーム事業を始めた1963年からトイレを作っている。しかし、専業者との技術レベルにはどうしても差があった。そもそもトイレの便器は陶器でできている。人間が座った時の体重を支えるために必要な強度を確保し、水に強いという必要要素からそれ以外にないと思われていた素材だ。しかし、陶器には水垢がつきやすいという弱点がある。水垢は埃と陶器のケイ素と結びついて便器の表面をデコボコにし、そこにさらに汚れがつく。それを落とすために、日々のブラシがけ掃除が欠かせないという、賽の河原的労働が強いられることになる。
そこで、パナソニックは自社の金型による樹脂形成の技術を生かして有機ガラス系の新素材を用いることにした。陶器に比べて樹脂は傷つきやすい。ブラシでこすれない。トイレ業界の固定観念で考えれば、あり得ない素材だった。しかし、あくまで顧客視点でそのニーズを正しく読み取ったことから、自社の選んだ樹脂という素材の弱点克服の解も見えたのだ。「ニーズ」とは、「理想とする状態と現実のギャップ」である。トイレで考えれば、「トイレ掃除をしなくていいのが理想なのに、毎日毎日ブラシでごしごし掃除をしなくちゃならない!」である。「ブラシでこすれないなら、こすらずに済むようにすればいいんじゃないか?」発想の転換だ。汚れがつきにくい樹脂の特性を活かす「全自動お掃除トイレ」の誕生である。
この戦略は、マイケル・ポーターのいう特定市場(この場合は“タンクレストイレ市場”)に集中して、さらにそこで技術などの要素で差別化を図る「差別化集中戦略」、フィリップ・コトラーがいう、リーダーができないこと、やらないことを徹底してやるチャレンジャーの戦略(衛生陶器大手は樹脂分野へ進出すると陶器製を喰うことになる=事業の共食い化)の典型とも言えるだろう。
掃除しなくていいトイレ・・・の次に訴求すべき内容とターゲット
アラウーノによって、夫は上記のような「トイレ掃除をやらせよう」という妻の目論見から辛うじて逃れることができている。しかし、昨今の家庭のトイレ事情を見ると、パナソニックの調べでは男性の44.4%が「座り小便」をしている。未来を担う若者、20代~30代に至っては56.4%と半数を軽く超えている。男たちは牙を抜かれた。家で漢が立って用を足す時代は終わったのだ・・・。
しかし、パナソニックはそんな男たちに「立ち上がれ日本の男たち!」と熱いエールを送っている。 同調査は男たちの本音もあぶり出している。69%の男が「スタンダードはやはり“立ち”」と回答し、74.4%が「何の気兼ねもなく立ってしたい!」と本音をぶちまけている。だが、座ってしまうのは87%が「トイレが汚れるから」。18%が「家族に座ることを指摘されたことがあるから」と、小林製薬の調査にある「自分が汚しているわけではないから(夫にトイレ掃除をやって欲しい)」という奥様の圧力の高さが感じられる。
そんな男たちに福音なのが、アラウーノの「水面に家庭用洗剤の泡が満ちている」という特性だ。泡がオシッコの勢いを受け止め、飛び散り・跳ね返りを防止するという。これなら、何の気兼ねもなく男たちは本能の赴くまま、立って放尿する快感を取り戻すことができる。
つまり、それまでは新築・リフォームの仕様決定におけるDMU構造で、トイレ掃除をする妻=影響者(Influencer)の強い要望でアラウーノは選択されていたが、購買意志決定者(Decider)である夫に対して積極的にアラウーノを購買決定する理由(Key Buying Factor)を提示しているのだ。
多くの商品がコモデティー化し、差別化要因が見いだせず、価格勝負になりがちな今日。トイレという成熟商品のなかで、顧客の潜在的ニーズを汲み取って自社の弱みを強みに変え、アラウーノは100万台のヒット商品となった。そしてさらに、世の中の環境変化と家庭内のDMUが抱く密かな潜在ニーズから新たな価値提案をすることによって、もう一段の成長を図ろうとしている。「売れない」「差別化ができない」という声は多く聞かれるが、アラウーノの約10年で100万台の実績と今後の狙いから学ぶべき点は多いだろう。