トンボ鉛筆の「モノグラフ」というシャープペンシルが年間100万本以上の売れ行きを示しているという。シャープペンシルといえば三菱鉛筆の「クルトガ」が2008年に発売され、日経MJの「2008年上半期トレンド商品」に取り上げられるなどして大ヒットしたが、その牙城にどのように食い込んだのであろうか?
三菱鉛筆「クルトガ」vsトンボ鉛筆「モノグラフ」
三菱鉛筆の「クルトガ」はスグレモノだ。それまではシャープペンシルを使っていると紙に接している側の芯だけが徐々に削れて線が太くなったり、その削れて細くなった芯の部分が折れたりという、ちょっとイラッとくることがあった。そのユーザーの不満、つまり「不の字=未充足ニーズの解消」に真っ向から取り組み、芯を自動的に回転させる機構を組み込むことで解決した。マーケティング的にも非常にあっぱれな商品なのである。
一方のトンボ鉛筆の「モノグラフ」は、本体後部のグリップを回転させると消しゴムが伸びてくることが特徴だ。「今までだってシャープペンに消しゴムは付いていたじゃない」と言うなかれ。従来の小さくてすぐなくなってしまいそうで心許ない消しゴムと異なり、直径5.3㎜、長さ26㎜という通常の6.5倍のたっぷり消せるサイズで、消しゴムを持ち歩かなくて良いという手軽さを実現している。
「実体価値」vs「付随機能」の戦い
両商品の戦い方の特徴は当連載第1回で紹介した、フィリップ・コトラーの「製品特性分析」のフレームワークで考えてみるとわかりやすい。おさらいであるが、製品の持つ価値を3つの階層に分解して、その意味合いを明確化するモデルである。
・中核=その製品を手に入れることで実現される中心的な便益(ベネフィット)
・実体=中核を実現する上で欠かすことのできない要素
・付随機能=中核の実現には直接影響を及ぼさないが、存在することで魅力を増す要素
とすると、「クルトガ」は「きれいな線や文字を書き続けたい」という中核的な便益を実現するために「芯の自動回転機構」で勝負する「実体勝負」ということになる。対して「モノグラフ」は「大型消しゴムの一体化」によって「消しゴムを持ち歩かなくて良いという手軽さ」を実現している「付随機能勝負」であることがわかる。
製品特性のどの部分で勝負するかによって、売れ行きに影響することは多い。たとえば、実体で勝負すれば多くの人にとって「欠かすことができない」価値提供となるので大ヒットする可能性が高い。事実、「クルトガ」は三菱鉛筆が2015年04月21日に発表したニュースリリースの一部で「販売累計5,000万本を超える」としているので、2008年の新発売時からの年数で単純に割れば年間700万本を越えている。一方、付随機能は「あればうれしい」程度なので、小ヒット程度になることも多い。確かに「モノグラフ」は今後尻上がり的に販売数を伸ばしていくこともありえるだろうが、現時点で年間販売数100万本と圧倒的な差が付けられている。その勝負の分かれ目は、機能の差だけによるものなのだろうか。
両者のメインターゲットを考える
製品の価値を考える際には、「誰にとっての価値か?」、即ちターゲットを考えることが欠かせない。「クルトガ」は誰が使っているのか。シャープペンで書き続ける人のための商品でもあることから、主な実使用者は、勉強のためにハードに使う中高生であると見て間違いないだろう。となると、メインの筆記具はシャープペンシルであり、授業やテスト中にシャープペンが詰まってしまうなどの不具合が起きると大変なので、複数本ペンケースの中に入れていることは想像に難くない。つまり、使用者数の多さと複数購入が販売数の多さに繋がっている。
一方の「モノグラフ」は同商品のヒットを報じている日経MJ5月22日の記事によると、「中高生や社会人に売れている」とある。しかし、「消しゴムを持ち歩かなくて良いという手軽さ」が売りということは、「消しゴムを持ち歩きたくない人」がターゲットということになる。ペンケースをほぼ必ず持っている中高生より、メモ帳にペンのクリップで引っかけたり、カバンに付いたペンホルダーに付けて裸でペンを持ち歩いたりする人が多い社会人がメインターゲットということになるだろう。
となると、両者は同じシャープペンシルというカテゴリーにはあるが、果たしてライバルなのかという疑問が湧いてくる。「クルトガ」ユーザーは消しゴムをペンケースに入れており、何よりきれいに書き続けられるという価値を求めている。一方、「モノグラフ」のユーザーは消しゴムを持たず、1本で気軽に書いたり消したりできるという価値を求めていて、ハードに書き続けるという用途は望んでいないようにも思える。両者は完全な競合ではなく、案外棲み分けをするようにも思える。
パイロット「フリクション」という強大な敵?
「モノグラフ」の価値が「1本で気軽に書いたり消したりできる」ことだとすると、もう一方で大変なコトになる。発売以来8年間で世界累計販売本数10億本を突破したパイロットの「フリクション」と競合するかも知れないのだ。同商品はペンとしての形状やインクの質感はボールペンに分類されるだろう。だが、ペンの尻に付いたラバーで擦れば「摩擦熱で筆跡を消去できる」という点が何よりの価値である。つまり、今までの「ボールペンは消せない」という常識を覆すと同時に、手帳のスケジュールなどを書き換えたいがためにシャープペンを使っていたユーザーを奪取して販売数を伸ばしたという側面も大きい。「1本で気軽に書いたり消したりできる」という価値をめぐって、「モノグラフ」は「フリクション」という販売数10億本というお化け商品戦うことにもなりかねない。
価値を認めてくれる人は誰か?訴求点は何か?
「フリクション」は「ボールペンは消せない」故に「間違えると書き直しになったり、修正ペンで汚くなったりする」という根源的な「不の字=未充足ニーズの解消」を計った。しかし、その「消せる」という利点をよく見てみると、摩擦熱をかけるために強く擦ることで紙が撚れたり、少し変色したりする。また、完全に消えるかというと、実は低温度下では消えた字が復活するという知る人ぞ知る問題点もある。つまり、「1本で気軽に書いて消せる」という価値の「消せる」に関しては、完璧ではない。
「モノグラフ」は消しゴムの「MONO」ブランドの商品だ。消しゴムとしてのMONOブランドは、その青、白、黒のストライプとロゴマークで知られ、08年時点で認知度は79%に上っていたという信頼のブランドである。つまり、「消せる」ことに関しては専門であり、完璧な仕上がりを提供する。だとすれば、その部分に重きを置く人を明確にターゲットとして設定し、「自社ならではの提供価値」に絞り込んだ訴求をすることが、「自社(製品)の勝てる場所」を確保して揺るぎないものにする戦略の基本である。「モノグラフ」でいえば、前述の通り、「1本の筆記具で手軽に書いたり消したりする(ハードに書き続けるような使い方はあまりしない)人=属性的には社会人がメイン」であり、「書き間違えや修正をきれいに完璧な仕上がりで実現できる」ということにこだわりを持つ人である。「筆記具としての機能は普通のシャープペンと変わりないが、セットされた消しゴムの量が多くたっぷり使え、信頼のMONOブランドできれいにしっかり消せる」という提供価値をしっかりと訴求することが肝要だ。そこがしっかりしていれば、強い競合との無用な戦いを回避することもでき、コアなユーザーをしっかり確保することも可能となるはずだ。