※2012/11/20にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。
読者にはどんなスポーツシーンが最も印象に残っているだろうか。オリンピックイヤーでもあった2012年は、アスリートの活躍は多岐にわたった。そこで、今回はこんな質問から始めてみたい。次の各グループの選手に共通することとは何であろうか。
【1】 澤穂希、北島康介、石川遼、本田圭佑
【2】 長友佑都、ダルビッシュ有
【3】 ウサイン・ボルト、マイケル・ジョーダン、セリーナ・ウィリアムズ
これらの選手はグループごとにある商品のCMに出演したり、契約アスリートとなっていたりする選手である。ここまで来ると商品名が頭に浮かんでくる読者も多いのではないだろうか。答えは、順に「アクエリアス」「ポカリスエット」「ゲータレード ラン」である。オリンピックイヤーでもあった今年は、これらの選手が起用されたスポーツ飲料のTVCMを多く目にした。
あなたが日頃よく飲んでいるスポーツ飲料はどれだろうか。なぜ、その商品を選んでいるのだろうか。
日経MJ(2011年4月11日)によると、スポーツ飲料市場ではアクエリアス、ポカリスエットの順で市場をリードしており、その後をDAKARAが追っているという。実際に筆者が数軒のコンビニやスーパーを訪ねたときも、アクエリアスやポカリスエットの近くに、DAKARAやヘルシアが陳列されていることが多く、前述の日経MJの記事「スポーツ飲料ランキング」においてもこれらの商品がランクインしている。
ここに挙げた商品以外にも、さまざまなスポーツ飲料が発売されている。
今回は、その商品の売上につながるマーケティングの基本について考えてみたい。
それぞれの商品イメージはどう違うのか?
さて、それぞれの商品に話を戻そう。
アクエリアスのCMには澤穂希、北島康介、石川遼、本田圭佑などが登場するが、アクエリアスは読者の中にどのようなイメージを残しているだろうか。そして、ポカリスエットのイメージはどうだろうか。DAKARAはどうだろうか。
アクエリアスは、「スポーツ=アクエリアス」というイメージが読者の中にも色濃く刻み込まれているのではなかろうか。有名スポーツ選手を起用したCM、オリンピック公式スポーツ飲料というポジション、そしてスポーツで流す汗とスポーツのさわやかさを起想するような青と白。まさに、スポーツと共にあるアクエリアス、というイメージを打ち立てている。
実際にアクエリアスは「アスリートが選んだ水分補給」というキャッチコピーで、トップアスリートをCMに起用しながら運動時の水分を補給するイメージ、そしてアクエリアスで水分補給してスポーツ時のコンディションをよくするというイメージを作っている。体を動かす際には、アクエリアスを選ぶという読者も多いのではないだろうか。
一方、読者はポカリスエットはどのような時に手にするだろうか。アクエリアスと同じようなボトルカラーであるが、少し前まではCMには女優やタレントを起用し、水分補給の重要性を説き、渇いた体にスムースに水分を補給するのに最適な飲料というコンセプトを伝えていた。
「イオンサプライ」というキーワードを使用し続け、「水よりも、ヒトの身体に近い水」であるがゆえに素早い水分吸収ができるイメージがあった。スポーツシーンに限定していなかったことが特長的である。日常の多くの場面、例えば、発熱した時、起床時など、体の水分が失われるときに、効果的に水分補給ができるイメージがある。筆者は、発熱した時などは、ポカリスエットを選ぶ。最近は長友などを起用し、スポーツ時の水分補給ドリンクのイメージを出し始めているが、一方で「朝の食卓にポカリスエット」というポジショニングも引き続きとっており、やはり生活の中での水分補給のイメージを残している。
そして、DAKARA。店頭で、アクエリアスやポカリスエットの近くに陳列され、その味は確かに他のスポーツ飲料に似ているが、DAKARAを購入する際の意図は、先の2ブランドとは若干違うのではないか。水分補給をするためというよりは、体によい栄養を取り入れたいとき、ホッとしたいときなどに購入する人が多い印象がある。
DAKARAは水分補給という点だけに焦点を絞るのではなく、健康に必要な栄養素を吸収でき「毎日を穏やかにいきいきと過ごしたい」人を一緒に応援するイメージをとっている(参考:LIFE PARTNERブランドサイト。DAKARAはLIFE PARTNERラインナップの1つとして位置付けられている)。そのためボトルパッケージの色も青ではなく、白や透明、そして緑(GREEN DA・KA・RA)などナチュラルな色を採用し、ハートマークで「いきいき」「健康」をイメージしている(そしてCMにはアスリートを起用していない)。疲れたと思うとき、リラックスしたいとき、これから頑張りたいと思うとき、に手に取る読者も多いのではなかろうか。
商品を売り込まずとも、顧客自らが買ってくれる仕組みづくり
ここまでみてきたように、上述した商品は、プロモーションやパッケージなどを通じてそれぞれが独自の価値・イメージを作ることに成功し、顧客を取り込んでいる。まるで、スポーツ飲料という同一の市場、同じ領域で戦っているというよりは、それぞれがサブ市場を作りだしているかのようである。それぞれの商品の「価値・イメージ」が顧客の中に浸透しているからこそ、顧客自らが自身のニーズに合うものを臨機応変に選んで購入しているといえるのだろう。
これこそが、マーケティングの効果である。マーケティングの定義は様々であるが、ピーター・ドラッカーは「セリングをなくすことである」と言っている。つまり、こちらからの売り込みではなく、顧客が自らその商品に「価値」を感じ、選び、そして購買してくれるような仕組みをつくることである。
マーケティングを考える際には、プロモーションの議論だけではなく、その製品・サービスにどのような価値を載せていきたいか、ということを考えることが重要である。これを「ポジショニング」を策定するという。そしてそのポジショニングを考える際には、自社がターゲットとする顧客のニーズを意識して(ターゲティング)、その顧客にとって意味のある価値を策定する。そして策定した「その商品・サービスを通して届けたい価値」を、4P(Product, Price, Place, Promotion)などで実際に実現していくのである。
余談であるが、アクエリアスは、商品ラインナップを拡大している。スポーツ選手ではなく、有名女優・俳優をCMに起用している「アクエリアス ビタミンガード」「アクエリアス ゼロ」などである。これらは「アクエリアス」とはまた違った価値を創造している。ビタミンガードは「あたしよみがえる」などのキャッチコピーを使って、リフレッシュすることを、そしてアクエリアス ゼロは「広がる、ちょっといい自分」というキャッチコピーで、ダイエットなどをコツコツ努力し、自己実現に向かっていくことを応援するイメージを作りだしている。それぞれ、「アクエリアス」とは違うターゲット層を狙って、そのために商品パッケージデザインを変え(製品)、プロモーションも変化させていることが分かるであろう。
顧客はスポーツ飲料の栄養成分を吟味していない
ここで注目したいのは、多くの人は、それぞれの飲料の栄養成分をその都度詳細に比較し、購入判断をしているわけではないのである。もちろんそれぞれの商品には成分の特長がある。しかし、今回のスポーツ飲料のように単価も安く、店頭において購入までの時間が比較的短い商品においては特に、その商品から伝わる価値、イメージを頼りに、その時のニーズにマッチする商品を購入しているといえるのではなかろうか。
ここにマーケティングの醍醐味がある。
つまり、製品やサービスの機能的な特長を伝えるだけではなく、その製品・サービスを通してどういった価値を顧客の中に意味づけていくのかという点が勝負になるのである。そのためには、商品の「優位性」と「有意性」を掛け合わすことが大事になるのである。(参考:日経ビジネス 2012年10月29日)
さらに言うと、この価値(意味)の創造の仕方が、差別化にもつながるといえるのである。「顧客にとっての意味」とは、4Pだけではなく、社員の行動や使う言葉などを通しても顧客に伝わっていくものである。したがって4Pという仕組みだけにとどまらず、どのようなメッセージを会社として、事業部として伝えているのかを今一度見つめ直してほしい。
マーケティングにおいても基本が大切
今回ご紹介したのは、マーケティングの基本であるが、基本・基本的と言うのは、fundamental、essential、basicなどと訳され、決して容易であるということを指しているのではない。基本は土台になるからこそ、是非大事にしていただければと願っている。そして、スポーツの世界においても、例えば読者が支持するチームはどのような価値を皆さん(ファン)に届けているのかを考えてみるのもまた面白いであろう。
<今回のポイント>
◆商品やサービスの機能的優位性だけではなく、それをどのように顧客が知覚するかがカギとなる
◆マーケティングを考える際には、その商品・サービスの意味づけを顧客に対して行うことが重要である
◆競合商品・サービスと差別化できるポイントにおいて価値を作り、その価値を4Pなどを通じて施策に落とし込むことが重要である