今回は、スポーツでの勝利の裏にある「リーダーシップ」について考えてみたい。前回は日本競泳のチーム編成についての考察を深めながら、強いチームの作り方、つまり「バランス」の意味するところについて書いた。では、チームを強くするのに必要なリーダーシップとは、どのようなものだろうか。
今回取り上げるのはNBA。卓越したオフェンス・ディフェンスセンス。airと形容されるほど滞空時間の長い豪快なダンクシュート。ここぞという場面で期待にこたえてくれる勝負強さ。NBAと言えば、歴代1位の平均得点を誇るバスケットの神様マイケル・ジョーダンを思い浮かべる読者も多いことであろう。
「今まで何度も、何度も、何度も失敗した。だから、私は成功するんだ」。ナイキのCMに使われた彼の言葉とその挑戦する姿勢は、今も多くの読者の心に焼き付いているのではないだろうか。
今回は宮地陽子氏が「Number」745号で執筆した、「フィル・ジャクソンの究極スター操縦法」を参考に、その卓越したリーダーシップを見ていきたい。
マイケル・ジョーダンに優勝をもたらしたヘッドコーチの存在
●過去30年のNBA優勝チーム
ジョーダン率いるシカゴ・ブルズに優勝をもたらした人物。それが、名将フィル・ジャクソンである。後に率いるレイカーズとあわせて、NBA史上最多の11回の優勝を成し遂げたヘッドコーチの名は、ジョーダンに比べれば、はるかに知る人は少ないかもしれない。しかし、'84年に入団したジョーダンが最初にNBA優勝を果たしたのは、ジャクソンがヘッドコーチに就任した後の'90-'91年シーズンである。カリスマプレーヤーをもってしても、NBAの頂点を極めることは難しかった。
同じくレイカーズの場合も、シャキール・オニール、コービー・ブライアントなどスーパー級のスターが在籍していたが、彼らはジャクソンが99年にヘッドコーチになるまで優勝を経験していない。
つまり、チームというのは、スタープレーヤーだけでは優勝できない。その裏には名将の存在があるのだ。また、本来のリーダーシップとは目立つものではなく、彼のように裏でしっかりチームを支える人であることを、象徴的に表す事例でもある。
ジャクソンのリーダーシップとは、どのようなものだったのか。
唯我独尊のシャキール・オニールを目覚めさせたもの
6回の優勝を成し遂げたブルズを離れたジャクソンは、選手同士の確執が取りざたされたレイカーズのヘッドコーチに就任した。
その際にジャクソンが大事にしたのは、選手の長所を認めることから始めることであった。
ジャクソンの姿勢は特に、SHAQ ATTACKと称される巨体から放たれる豪快なダンクが印象的なオニールに対して効を奏した。オニールは、3年連続NBAファイナルMVPにも選ばれる才能の持ち主である一方で、非常に自己中心的であることでも有名だった。チームが勝利する場合も、自分が目立った上での勝利でなければ気が済まない、唯我独尊のスタイルを貫いていた。
オニールには、試合にフル出場するための集中力や体力が欠けていたのだが、ジャクソンの操縦法は「集中力をあげろ」「体力をつけろ」などという個人の能力の否定が前提となるものとは一線を画していた。
オニールのモチベーションを高めるために、ジャクソンはまず、オニールとの比較でよくとり上げられるウィルト・チェンバレンの一番大きな実績について考えさせた。チェンバレンは、得点王7回、リバウンド王11回など、'60年代から'70年代にかけて活躍した伝説的な選手で、彼の背番号13はレイカーズの永久欠番となっている。
ジャクソンは、チェンバレンは出場時間が長いこと、それだけ出場できる体力・集中力があることをオニール自ら気付くように仕掛け、彼が本来持つ勝負心に火をつけた。つまりオニールの競争心という強みに焦点を当てたコーチングを行ったのである。
オニールもジャクソンの手の上で踊らされていることが分かりながらも、それを受け入れていった。それは、ジャクソン自身が選手の長所を理解し、その長所が最大限に発揮できるように手助けをする姿勢を貫いているからであろう。
このようにメンバーの強みを認識し、その強みを土台にして関係性を作っていくことこそが、リーダーシップを発揮する際の基本になることがみえてくる。
決して弱点の認識や弱点の指摘からのスタートではない点に留意したい。
デニス・ロッドマンが身につけたセルフコントロール
次に、ジャクソンのリーダーシップがさらに効を奏した別の事例をみてみよう。ブルズにおける、ロッドマンとの関わりである。
卓越したディフェンダーで、屈指のリバウンダーであったロッドマン。7度のリバウンド王に輝いた彼も、コート外では全身のタトゥーや染めた髪など派手なライフスタイルで様々な騒動を引き起こし、問題児扱いされていた。
彼は無口でチームから孤立する傾向にあり、団体行動で必要な規律への抵抗が強かったのだが、ジャクソンは、規律を守ることを押しつけなかった。
たとえば彼は、門限を設けることをしていない。それは門限を設けたとしても、それを守るどころか、破るということに意識が向くからだ。したがって次の日の練習に現れる限り、何時に帰ってこようが文句を言わない姿勢を通す。そのことにより、選手自身が自由の中で自分自身に対するコントロールをすることに意識が向くようにしたのである。
厳しいルールをつくって行動を制限する状況下では、選手はできることよりもできないことにとらわれて反抗すると彼は考えていたのだ。それよりも、選手自身が「できること」に意識を向けられるような仕組みを作る重要性を理解していたのであろう。
このようなことの繰り返しの中で、ロッドマンとの関係性も良好になり、ロッドマンのチームへの貢献度も上がっていった。
これは、まさに視点の転換である。ある枠組み(フレーム)・視点で捉えられている物事を、いったんその枠組みから外して違う枠組み・視点で見ているのである。「規律(ルール)」に対し、全員に守らせ行動を制限するものという見方だけでなく、規律はそもそもメンバーのパフォーマンスを上げるためにあるものだと捉え直している。ルールの制定が選手の反抗心に火を注ぐものであるのであれば、ルールの制定とは違う方法でパフォーマンスを上げる仕組みをつくればよいという見方にかえ、リーダーシップを発揮したのだ。
「強みの認識」と「リ・フレーミング」の実践
ここまで、ジャクソンのリーダーシップの代表的な2つのエピソードに触れてきたが、実はこれはポジティブリーダーシップとしてよく語られる「強みの認識」と「リ・フレーミング(視点をかえる)」に当てはまる。
リ・フレーミングの考え方を身近な例えでわかり易く言えば、ボトルに半分飲み物が残っているときに、「もう半分しかない」と思うか、「まだ半分もある」と思うか、というものである。どちらでとらえるかで大きく結果がちがう。
かのピーター・ドラッカーも、「成果をあげるエグゼクティブは、人間の強みを生かす。彼らは弱みを中心に据えてはならないことを知っている」と強みの認識の効果について語っている(『経営者の条件』)。
また、「最大のピンチは最高のチャンス」と、リ・フレーミングして逆境から未来を切り開いていくリーダーが多くいることからもわかるように、リ・フレーミングもリーダーシップの発揮には重要であることがわかる。
スティーブ・ジョブズも稲盛和夫もリ・フレーミングを駆使
2011年にこの世を去ったアップルのスティーブ・ジョブズはこのように言う。「当時は分からなかったが、アップル社に解雇されたことは(彼は、1985年に一度アップルから解雇されている)、私の人生で起こった最良の出来事だったと後に分かった。成功者であることの重さが、再び創始者になることの身軽さに置き換わったのだ。何事につけても不確かさは増したが、私は解放され、人生の中で最も創造的な時期を迎えた」。
「Think different」というキャンペーンスローガンにも見られるように、まさにジョブズ自身も視点の転換で成功している。
そして日本航空再建の立役者である稲盛和夫も、「世の中に失敗というものはない。チャレンジしているうちは失敗はない。あきらめた時が失敗である」と、失敗の定義の視点を変えることで、一代で京セラを売り上げ高1兆円を超える規模にまで成長させ、日本航空の立て直しにも成功している。
注目を集めるポジティブ心理学
この、強みの認識とリ・フレーミングは、組織・チームのリーダーシップの発揮にも役立つものであるが、それだけでなく、自分自身のパフォーマンスを上げるためにも役立つ。自分自身の操縦法として、自身の強みを見極め(強みの認識)、直面している困難な状況を様々な視点でとらえ、自分自身にとって最も適した視点を選ぶことで自分にとってよい意味づけをする(リ・フレーミング)。そうすることで、困難に直面しても竹のようにしなやかに戻ってくることのできる力(レジリエンスという)を高めることができるのではないだろうか。
今回ご紹介しているリーダーシップ論は、ポジティブ心理学という領域で研究が進んでいる内容がベースになっているものである。比較的新しい学問領域なので、耳慣れない読者もいるかもしれないが、自分の最高の能力を発揮するために必要なことはなにかを研究する分野である。
グローバル人材や次世代リーダーにとって必要な要件の1つに、逆境にどう立ち向かうかということが含まれるため、ハーバード・ビジネススクールの機関誌でも紹介されるほど、ビジネスの分野でも注目されているものである。
読者も、フィル・ジャクソンに見るリーダーシップを、組織の中のリーダーシップにはもちろんのこと、読者自身のビジネスパフォーマンス向上にも役立ててほしい。
<今回のポイント>
◆メンバーとの関係性構築にあたり、否定ではなく肯定することから始めているか
◆リーダーシップを取る際に、メンバーの強みを認識しているか
◆1つの偏った視点から物事を見るだけではなく、複数の視点から見ることを心がけているか
◆事象を最も意味のある角度からとらえ、困難から再起しようとしているか
※2012/7/31にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。