2000年のシドニーオリンピックにボランティアとして参加していた筆者にとっては、オリンピックはことさら思い入れのあるスポーツイベントだ。
サッカー、バレーボール、柔道、各種の陸上競技など興味が尽きないが、今回はシドニーオリンピックから躍進を続ける日本の水泳陣を例に、勝つための組織・チームについて考えてみたい。
なお、日本水泳連盟の代表選手にはシンクロナイズドスイミングや飛び込みも含まれるが、今回は競泳に絞って言及していくので、ご了解いただきたい。
「組織論」というとチームスポーツを思い浮かべることと思うが、本来は個人スポーツであるはずの競泳においても、チームとして戦うことによって飛躍的に五輪メダルの数を伸ばすことが出来たのである。
1972年以降、長期低迷に陥っていた日本
今や北島選手、入江選手をはじめとして、オリンピックでのメダル獲得が期待される日本競泳。もともと日本のお家芸といわれていたが、実は1972年のミュンヘンオリンピック以降、メダルが取れなくなっていた。
1988年ソウル大会では鈴木大地選手、1992年のバルセロナ大会で岩崎恭子選手が金メダルを獲得したが、続く1996年のアトランタ大会ではメダル獲得ならずという結果に終わっていたのである。
ところが、2000年以降、競泳界は大躍進を遂げる。2000年のシドニー大会で4個(銀2、銅2)、2004年のアテネでは8個(金3、銀1、銅4)、2008年の北京でも5個(金2、銅3)のメダルを獲得した。
●日本が競泳で獲得したメダル
この大躍進の裏にあったもの。
それは「個人としてではなく、チームとして戦う」という方向性への舵きりであった。
前評判の高かったアトランタ五輪で惨敗
個人競技であるのに、なぜチームで戦う必要性があるのだろうか。
競泳では、一人のコーチが長年にわたり同じ選手を指導することが多い。付き合いが長くなればなるほど見えてくる選手の変化があるのだという。
一方で、付き合いが長いがゆえに気付かないようなちょっとした変化もある。そうした変化は、第三者的な関わりのできる他選手のコーチのほうが目に留まりやすいのだそうだ。
しかし、個人もしくは所属スイミングクラブごとに独自の指導方法があり、それ故に対抗意識が強かった競泳界では、他のクラブに所属する選手・コーチとは情報共有をあえてしない状況だった。つまり個々の選手の能力が高くても、その能力を活かしきれない組織としての壁が立ちはだかっていたのである。
その結果、1996年アトランタ大会では、選手の能力など前評判が高かったにもかかわらず、メダルが獲得できずに終わった。
上野監督が形成した真の「代表チーム」
この惨敗をきっかけに、「個が勝つために、チームで勝つ」方向性に舵を切り始めた。その先導役となったのが、シドニー大会で競泳日本代表のヘッドコーチを、そして北京大会・アテネ大会で競泳日本代表監督を務めた上野広治氏である。
上野氏は、コーチ間、選手間、そして選手―コーチ間のコミュニケーションを活性化し、スイミングクラブ間の垣根を取り払うことに努め、クラブ対抗ではなく「代表チーム」を真の意味で形成。競泳日本代表を躍進させた。選手同士が互いに応援する姿を会場で見られるようになったのもこの頃からである。
なぜチームだと勝てるのか
ここで、競泳日本代表チームではどのようにコミュニケーションを活性化させたのか、という点も重要なのだが、実はテクニックだけを真似ても必ずしも成功に結びつかない。
その前に「なぜチームだと勝てるのか」という点における理解と「どのようなチームをつくりたいのか」「何を目的としてチームをつくるのか」について考えておく必要があろう。
つまり、そもそもチームは何のために存在するのかということに対する理解と、チームで勝つ意義である。
チームの資源配分を考えるPPM
チームの在り方を考える際には、経営戦略における資源配分を考える上で使われるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)というフレームワークの考え方も応用できよう。本来PPMというのは経営戦略で語られるフレームワークであるのだが、チームワークを考える上でも活用ができるように思う。
PPMとは複数の事業、製品群を持つ企業が最も効果的に資源配分にはどうすればよいかを考える際に使われるフレームワークである。縦軸に市場成長率の高低、横軸に相対マーケットシェアをとり、各事業もしくは各製品をこの4象限上にプロットしていく。
PPMにおける「金のなる木」はキャッシュフローを生み出す事業、「スター」は市場の成長に合わせた投資が必要な事業、「問題児」は多大な投資が必要な事業(赤字であることが多い)、そして「負け犬」は強さが発揮できずに撤退の検討の必要性もでる事業である。円(バブル)の大きさはその売上規模を表している。
金のなる木と問題児の存在意義
もし読者の勤める企業のPPMを作成した時に、キャッシュフローを生み出す「金のなる木」に事業が集中していたとしたら、読者はどのような反応をするだろうか。
このPPMで重要なのは、企業という共同体(チーム)の中でいかにバランスをとって全体で勝っていくかを考えることである。
「金のなる木」に入る事業もいずれ衰退していく。「金のなる木」ばかりを持っていることは、企業の将来の成長にとってバランスを欠くのである。
その時に必要なことは、まだキャッシュフローを生み出す事業があるうちに、その利益を、いずれ「スター」や「金のなる木」に育つであろう新規事業、つまり「問題児」に投資をしておくことである。そこで多大な投資をされた事業は、赤字の状態になることもあろうが、将来の「金のなる木」になるのを目指し積極的な投資対象になる。
「金のなる木」は、その経営資源を輩出する役割を果たす。「金のなる木」があるからこそ新規に投資を必要とする事業(問題児)を育てることができる。そし「て問題児」の事業を育てることができれば、「スター」になり、やがて「金のなる木」になる可能性が高まる。つまり「問題児」があるからこそ、企業が持続的に成長するストーリーが描けるのである。
企業の成長を考えても、全事業が同じ1つの役割しか担っていなければ、バランスが悪いのである。1つ1つの事業にそれぞれの役割を持たせることが、企業の持続的成長のカギになる。
個々の役割が違うからお互いに補完ができる
この考え方は、「個が勝つために、チームで勝つ」ためのチーム作りをすることにも当てはめることができよう。
チームは、個の補完のためにあると筆者は思う。そして補完されない「個」はぜい弱なのである。そのバランスを取るのがチームではないだろうか。補完するには、似た者同士ではなく、個がそれぞれ違った役割(特徴、視点を含む)を持つことが必要である。補完をすることで、それぞれの個がますます活かされる。そのためにこそチーム作りが必要なのだと考える。
コーチの相互補完と選手のコミュニケーション
話を競泳に戻すと、1人の選手に1人のコーチがずっとついている状態では、バランスどころか1つの視点でしか指導できない。指導の補完がなされない。そこに様々なタイプのコーチが存在し、問題意識や指導法を共有することで、コーチが互いに補完し合っているからこそ、各コーチの指導法が活かされ、ひいては個々の選手の能力発揮にもつながる。
これは、選手間でも同じである。選手は選手でそれぞれの役割を全うしているのであろう。選手、コーチ、スタッフがチームとなっていることに今の競泳日本代表の強さがある。
コミュニケーションの活性化の裏に、このように1人1人の役割があることを理解し、その意義を感じたからこそ競泳日本代表はチームで勝つことにまい進できたのではなかろうか。
ちなみに、日本の競泳界を代表する北島康介選手は、代表選手のなかで最年長の29歳。一方、男子個人メドレーの萩野公介選手は17歳。女子平泳ぎの渡部香生子選手にいたっては15歳。いずれも現役高校生である。
こうした若い選手が、オリンピックの舞台で様々な経験を積み、やがて日本のチームを牽引する存在になってくれることを期待したい。
自分と同じでないことを理由に他を批判していないか
1つのチームをつくるのに、「全員がスター」「全員が金のなる木」では、偏りが生じる。1人1人別々の役割がある。チームの均一性ではなく、チームとしてのバランスをとることが重要なのである。
読者は会社でのチームを眺めた時、自分と同じでないことを理由にチームメンバーを酷評していないだろうか。補完関係を組織の成長、組織の成果につなげられるように意識できているだろうか。
チーム編成の考え方はビジネスに適用できる
今回ご紹介した競泳をはじめ多くのチームスポーツでは、チーム編成の考え方は当然のごとく行われている。サッカーも野球もしかりである。しかしながら、筆者の経験からもこの考え方をビジネスにおけるチームの在り方に紐づけて考えられているケースは多くないように思う。
スポーツのチーム編成で読者が考える理論を、実際のビジネスで適用できる部分を適用するだけでも視座は高くなるであろう。読者がスポーツから学んだチーム学を、実際のビジネスの現場でも是非活かしていっていただきたいと思う。
今回はチーム構成の基本的な考え方の1つをご紹介した。もちろんその考え方の先に、チームメンバーのモチベーションをいかに上げるのか、ボスマネジメントをどのように行うのかなどのアプローチ方法も必要になってくる。それはまた追々ご紹介したい。
<今回のポイント>
◆チームを構成するメンバーには、それぞれの役割がある(全員同じ役割ではない)
◆それぞれの役割を持ったメンバーが互いに補完し、最大限のアウトプットにつながっているかが重要
◆チームの中での「バランス」がとれていることを意識する
※2012/7/17にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。