2011-12チャンピオンズリーグ。レアル・マドリーと昨年の覇者バルセロナが準決勝で姿を消し、バイエルンとチェルシーの決勝となった。
予想外のカードながらも、どちらが欧州王者の座につくかを注目している読者も多いことであろう。あるいは、バルセロナの名将、グアルディオラ監督の退団表明を受けて、来季に思いをはせるファンもいることだろう。
それと同時に、世界でもっとも豊かなスポーツクラブであるレアルをビジネスの側面から考えることも興味深い試みではないだろうか。
優勝回数トップのレアルと、栄光の過去をもつアヤックスの違いは?
さて、本題に入ろう。
サッカーを統計的視点から読み解いた『「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理』(サイモン・クーパー、ステファン・シマンスキー/NHK出版)によると、年俸総額とリーグ順位には相関関係があるという。確かに強いチームを目指すには優れた選手が必要で、その選手の年俸を保証するためにも売上高を増大させるべくトップクラブは活動している。
チャンピオンズリーグでの優勝回数ランキングのトップはレアル。続いてミラン、リバプール、そしてバイエルン、バルセロナと続くが、世界的な監査法人デロイトが発表しているデロイト・フットボール・マネー・リーグによると、これらのクラブはいずれも、売上規模トップ10に入っている。
さらに見ると、今年のベスト4クラブはいずれも売上高トップ6に入るクラブで、レアルや昨年の覇者バルセロナに至っては6年連続で売上高トップ3に入る巨大クラブである。
具体的な数字を挙げると、2010-11シーズンにおける収入は、レアル・マドリーが4億7900万ユーロ、バルセロナが4億5000万ユーロ、マンチェスター・ユナイテッドが3億6700万ユーロとなっている。ここまでは、法則通りだ。
しかし、アヤックスは違う。ビッグクラブが名を連ねる優勝ランキングのなかで、アヤックスはバイエルンやバルセロナと同順位にランクインしている。しかし、売上高は他のチームの5分の1程度の規模しかない。
彼らは1971年から1973年に三連覇を成し遂げた輝かしい歴史を持っている。しかし、1995年を最後に優勝から遠のいており、サッカーとしての実力はレアルには及ばない。
では一体、アヤックスはこの財政規模で何を成し遂げようとしているのであろうか。
実は、同じフィールドで戦っているように見えるレアルとアヤックスだが、経営戦略の視点からみると明らかに目指している「利益の法則」に違いがあることがわかる。つまりビジネス戦略上の違いがあるのである。
今回はレアルとアヤックスの「利益の法則」の違いに注目しながら、経営戦略・マーケティングの基本概念の1つである「利益モデル」について解説をしていきたい。
レアルは売上高の1割を選手獲得費用に投入
Real Madrid Operate Income:Real Madrid 2010-2011 annual reportより
デロイトのレポートによると、レアルは7年連続で世界一の売上高を誇るサッカークラブであり、1999年から2011年まで売上高が毎年平均14%ずつ増加している。国際親善試合の開催や、オンラインでの発信・物販など精力的に「拡大路線」を進めている。その拡大路線の肝となるのが、多くのスター選手の獲得である。
スター選手の活躍によって世界中の多くのサッカーファンを魅了し、その結果、放映権料、スタジアム収入、スポンサー料やグッズ販売などのマーケティングの増収を実現させている。2000-01シーズンと比較すると売上は3倍以上になっているが、その中でもマーケティング関連の増収率が高いことが前述の拡大路線の成果と言えよう。
このように売上を増大させ、その資金をさらなるスター選手獲得に回すのである。
レアルの年次報告書「Real Madrid 2010-2011 annual report」によると2009-10シーズンは7100万ユーロ、2010-11には5100万ユーロを選手獲得に費やしている。
2010-11の売上高、営業利益はそれぞれ4億8000万ユーロ、1億4800万ユーロ(前年比33%増)。つまり、売上高の10%強、営業利益の34%に相当する資金を選手獲得に当てているのだ。
一方で、移籍金収入は2000万ユーロにとどまっていることからも、彼らの選手獲得に対する強気な姿勢がうかがえるであろう。
すべては「世界中のファン」のために
レアルは獲得したスター選手が活躍するとまた……というサイクルを回して徹底的に売上がアップするスパイラルを作り上げている。
彼らのこのビジネスモデルの肝は、世界中のファンを魅了するために、スター選手を獲得しNo.1の称号を得ることにある。レアルにとっては、チャンピオンズリーグやリーガ・エスパニョーラで優勝せねば自身のビジネスモデルを作り上げられないともいえる。すべては「世界中のファン」のためである。
それだけに、今回の準決勝敗退は、大きな痛手であったはずだ。
アヤックスが見つけた顧客とは
アヤックスNet Revenue: Ajax Jaarverslag 2010-2011を元に筆者作成
一方、アヤックスの年次報告書「Ajax Jaarverslag 2010-2011」によると売上高9710万ユーロ。レアルの約5分の1の規模である。ここ10年をみても収入は1.75倍の伸長にとどまる(2001年と2010年を比較するとわずか1.25倍)。
この規模のアヤックスは、王者のビジネスモデルをまねせず、独自のビジネスモデルを立ち上げている。勝者の真似をしていては、その勝者以上には成長しがたいのである。
そのためには、自分たちのもつ環境や歴史、資産(選手、スタッフ、ファン等)などの特性を考えた上で、「独自」のビジネスモデルを設定することが必要となる。
アヤックスの独自のビジネスモデルは、顧客の捉え方を変えた点が見事である。ファンやスポンサーだけが顧客と考えるのではなく、従来の顧客に加え、もう1つの顧客に注目したのだ。
それは、誰だろうか。
サッカーファンの方は、すでにお気づきだろう。答えは「ビッグクラブ」である。
スナイデルは2500万ユーロでレアルへ移籍
ビッグクラブに何を提供するのか。前述したように、ビッグクラブは彼らのビジネスモデルを作り上げるために「スター選手」がほしい。アヤックスはその需要を狙っているのである。選手を育て上げれば、ビッグクラブという新たな「顧客」を自分たちの利益モデルの中に据えることができる。したがって、若くて無名の選手を育て上げることに注力し、育成した選手を顧客であるビッグクラブにアピールするために、チャンピオンズリーグで善戦すること(必ずしもレアルのように優勝でなくともよいのであろう)を目的として試合を戦う。
たとえば、インテルの10番として活躍しているスナイデルはアヤックスの下部組織で育成され、2007年にレアルへ移籍しており、その移籍金は2500万ユーロとも言われている。また、入れ違いで750万ユーロを支払って獲得したルイス・スアレスは、2011年に2280万ポンドでリバプールへ移籍しており、4年間で日本円にして約21億円余りの利益を生み出したことになる。(ちなみに、前述のデロイトのレポートはこの「移籍金」を含めていない)
スターバックスとドトールは何が違うのか
ここまでレアルとアヤックスを例に利益モデルについてみてきたが、もちろんこうした違いは様々な企業に当てはまる。身近な例としては、スターバックスとドトールが挙げられよう。
コーヒーを提供するサービスとしては、両社は同じ市場で闘っているように見える。だが、読者はすぐに、客層が違うことに気がつくであろう。
スターバックスは、ちょっと自分に贅沢なご褒美を送りたい女性を主要なターゲットにしている。一方で、ドトールは、勤務中の商談や休憩に気軽に立ち寄りたい人をメインにしていると考えられる。
したがってスターバックスには、コーヒー以外にも女性心をくすぐる「ベアリスタ」なるクマのぬいぐるみやミュージックCDも販売されている。また内装も違えば、単価も違う。
スターバックスはドリップコーヒーが300円からで、高いものだと600円を超える。一方でドトールでは、ブレンドコーヒーが200円、ほとんどの飲み物が400円前後で収まる。気軽に毎日足を運ぶドトールだからこその価格である。この価格帯であれば自然と来店頻度も高まるであろう。
これらのコーヒーストア業界の事例からもわかるように、「ターゲットを定める」ことは利益モデルを策定する際の基本となるのである。
あなたの会社の利益モデルは何か?
さて次は、読者の会社の利益モデルも考えてほしい。
読者の勤める会社も、利益を生み出し、その利益を新たに投資し、またその投資によって利益を出すことが重要で、このサイクルが企業の永続を保証する。したがって企業も利益モデルをしっかり描くことが欠かせない。そして「顧客をどのようにとらえるか」が利益モデルに大きく影響するのである。
しかも、勝つ利益モデルは1つではなく、様々なパターンがあるから面白い。
「イノベーションのジレンマ」で有名なハーバード大学クリステンセン教授も、イノベーションは製品だけではなく、利益モデルを含めたビジネスモデルでも必要であると説いている。
利益モデルの再考だけでも社内の変革につながる可能性が大きいと筆者も思う。なぜならこの「利益モデル」の描き方が、今後このコラムでも取り上げる「持続的競争優位性」の確立と密接に結びつくからである。
利益モデルに必要な2つの視点
読者が利益モデルを考える際には、少なくとも次の2つの視点を考慮してほしい。それは、
・誰に対してどのような価値をいくらで提供していくのか(売上)
・その活動(プロセスや必要な経営資源)をどの程度のコストで行うことができるのか(費用)
である。
前述アヤックスの事例をみてきたように、この段階では「顧客は誰か」について考えることが最も重要になる。その理由は、顧客を誰と規定するかによって、以下の「売上を考える際の3つの視点」が大きく左右されるからである。
(1) 顧客基盤(顧客数)を拡大する
(2) 顧客の購入頻度を増大する
(3) 顧客単価を上げる
コストをいかに使いこなすか。カットするだけでは限界がある
次にコストについても見てみよう。コストを抑えるというと、コストカットをイメージする読者が多いと思うが、コストカットするだけでは限界がある。企業では、投資することにより活動が維持・拡大されるため、一定のコスト(投資)は必要となる。そこで重要なのは、その投資にかかる費用をどのように使いこなすかである。そのためには、以下の2つについては最低限考えておく必要がある。
(1)自社にとってかけるべき「固定」コスト、つまり投資に値する「固定」コスト(資源)は何かを理解する
(2)その固定的なコスト(資源)をどのように効果的に使うか。他にもよい活用の道がないか考える
これを先述2チームに引きつけて考えると、レアルは「選手」という固定コストに集中投資し、このスター選手を様々な形でレアルの収入に貢献できるようにしている。一方アヤックスは、全く別のモデルをとる。選手獲得に大きな投資をするのではなく、育成システムそのものに投資し、できるだけ多くのスターの卵が巣立っていくように育成システムという固定的コストを最大限活用しているのである。どちらも、それぞれの「固定」費用を徹底的に活用していることがわかるであろう。
独自の利益モデルにこだわり、考え続けるものにこそ、勝利の女神はほほ笑む。だからこそ、筆者もこのコラムを通して戦略・マーケティングの基礎概念を伝え、読者と一緒に考え続けたいと思っている。
次回は、利益モデルについての理解をさらに深めるために「顧客を増やす仕組み」について、「プラットフォーム戦略」に触れながら考えてみたい。次回もスポーツの事例とともに解説をするが、「プラットフォーム戦略」はグーグルやアマゾン、フェイスブックの勝ち方の基盤でもあるので、楽しみにしていてほしい。
<今回のポイント>
◆競合と同じ戦略では戦わない。独自の戦略にこだわる
◆独自の戦略を考える際に肝となるのは「利益モデル」の策定である
◆利益モデルを設定する際には、「顧客を誰にするのか」を考えることが重要である
※2012/5/15にNumberWebに掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。