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バランスシートの左側と右側のインタラクション ―資本構成が資産価値に与える影響

投稿日:2008/12/03更新日:2019/04/09

今回は、税効果を踏まえながら、資本構成が資産価値に与える影響について検討する。

「モジリアニ=ミラー(MM)の命題*1」によれば、企業の価値はバランスシートの左側にある資産が生み出すキャッシュフローの価値によって決定され、バランスシートの右側は単に左側で生み出された企業価値を投資家に分配する機能しかない。ただしこれは、あくまで税金のない世界での話である。なぜならば、借入金の金利は課税所得から控除され、これによって支払税金が減少するからである。これを図示すると図1および図2のとおりとなる。

図1: 税金のない世界: 資産が生み出すキャッシュフローの価値=2000億円

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図2: 税金(税率:40%)のある世界: 資産が生み出すキャッシュフローの価値=2000億円

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税金のない世界(図1)では、資産が生み出すキャッシュフローの価値2000億円はすべて投資家に還元される。この価値を有利子負債(D)の投資家と株主資本(E)の投資家で分配するが、Dが先に価値の分配に預かり、Eは残りをもらう。

ところが税金のある世界(図2)では、資産が生み出すキャッシュフローは国家(税金)を含めた三者での分配となる。その際の分配の優先順位は、D、税金そしてEとなる。したがって、資産が生み出すキャッシュフローの価値2000億円のうち、Dの提供者がまず1000億円、次に残った1000億円に対して税金(税率は40%とする)として400億円が賦課され、残った600億円がEのものとなる。

図2の図1との違いを見てみよう。100%株主資本であるAの場合、借入金がないため、生み出されたキャッシュフローの優先分配権は税金にある。このため、生み出された2000億円の価値に対して、まずは40%つまり800億円の税金が賦課されることになる。Bの場合、1000億円の有利子負債があるため、まずはDに優先的に1000億円が分配され、残った1000億円に対して40%つまり400億円の税金が課される。

図1(税金のない世界)における企業価値は、AもBも2000億円となる。一方、図2(税金のある世界)では税金は企業価値にはカウントされないため、Aは1200億円、Bでは1600億円となり、借入金のある企業Bの企業価値は無借金企業Aに比べ400億円増加することになる。図2におけるAとBの違いは、Aの税金800億円に対してBでは400億円と、支払税額が400億円減少している点であり、これが増加した企業価値の源泉となっている。なぜならば借入金の金利は所得税の対象となる所得から控除されるからである。これが借入金の節税効果と言われるものである。

以上より、「借入金を持つ企業の企業価値」=「借入金を持たない企業の企業価値」+「借入金の節税効果の現在価値」となる。

これまで馴染んできたWACC(加重平均資本コスト)法で考えれば、企業価値は、次のように計算される。

PV=ΣFCFn/(1+WACC)^n

必要資本を100%株主資本でまかなった場合(つまりWACC=rE)の企業価値はPV=ΣFCFn/(1+rE)^n となるが、必要資本の一部分を借入金でまかなうと節税効果によってWACCが低下していくため企業価値は増加する(節税効果によって借入金の実質金利はrD*(1-税率)となるため)。しかしながら、だからといって借入金を際限なく拡大していくことは現実の問題として不可能である。倒産するリスクが急上昇していくためである。

このように、WACCは借入金を追加していくにしたがって低下していくが、一定の地点を経過すると反対に上昇に転じていく。倒産リスクの増加に伴って、借入金の金利が上昇していくからである。

借入金増加によるコーポレートガバナンス効果とは

では、借入金を増加させていった場合、変化するのはWACCだけであろうか?フリーキャッシュフローはDとEの投資家に帰属するキャッシュフローであり、資本構成によっては影響を受けないとされているが果たして本当にそうであろうか?

借入金を増加させていくと、まず起こる現象は借入金の金利の上昇である。借入金の返済原資であるフリーキャッシュフローの水準が一定の範囲内で上下している中で借入金が増加していくと、借入金の元本および金利がきちんとスケジュール通りに返済できなくなる可能性が増加していく。つまり借入金のリスクが大きくなっていくので、これにともなって投資家が要求する金利水準も上昇していく。

さらに借入金が増加していくと、今度は部品や原材料等の納入業者が納入代金がきちんと支払われるか不安になり、買掛金の支払いサイトを短縮しようとするようになる。支払いサイトが短くなると運転資本は増加していく。このうえ、さらに借入金が増加し企業としての存続が危ぶまれるようになると、消費者も当該企業の製品を買い控えるようになる。こうなるとフリーキャッシュフローの根幹をなす営業利益そのものが減少を始める。

このように、借入金が一定範囲を越えて増加していくと、運転資本の増加や営業利益の減少を通じてフリーキャッシュフローそのものも減少していくことになる。これらを総称して財務破綻コストという。

この財務破綻コストを加味したうえで借入金の増加に伴う企業価値の変化を図示したものが図3である。

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通常の場合、時価ベースでの理論的な最適負債比率(最適資本構成におけるD/(D+E)の比率)は結構高いが、現実の問題としては債券格付けが時価ベースではなく簿価ベースで行われることから、企業として時価ベースでの最適負債比率を維持することはきわめて困難となる。なぜならば簿価ベースに換算すると負債比率が大きくなりすぎ、債券格付けを維持することが極めて難しくなるからである。

それでは債券格付けをあきらめれば最適負債比率に近づけることは可能であろうか?答えはYESであり、まさにLBO(leveraged buy-out)がそれに該当する。LBOとは買収先の資産もしくは資産が生み出すキャッシュフローを担保に借入金を行って入手した現金を使って企業を買収することである。この結果、買収後の企業のB/Sの右側の相当部分を借入金が占めることになる。例えば日本で過去最大のLBOであるソフトバンクによるボーダフォンの買収の際には、買収総額1兆7000億円のうち実に1兆2000億円が借入金によってまかなわれている。

このように借入金がB/Sの右側の大きな部分を占める企業の場合、投資適格水準の債券格付けを維持することは難しく、また株主のリスクもきわめて高くなることから、通常の場合、上場は取りやめとなる。借入金がその限界まで増加した場合、事業が生み出すキャッシュフローの相当部分(往々にして100%近く)が借入金の元利払いに充当されることになる。経営者が少しでも気を抜くとキャッシュフローが低下し借入金の返済が困難となり倒産となることから、このような場合、企業の経営者は緊張感を持った経営を余儀なくされる。このような厳しい環境下で経営の舵取りが行なわれる場合、経営者が優秀であれば、企業の潜在能力のほぼ100%近くまで効率的かつ効果的に企業が経営され、結果として事業から生み出されるキャッシュフローはその潜在能力のぎりぎりまで極大化されることになる。つまり、フリーキャッシュフローは極限まで極大化される可能性が高くなる。これが、借入金によるコーポレートガバナンス効果である。

借入金を増加させていくことは、同時に株主のリスクも高めていくことになることから、企業の株主構成もより高いリスクを許容できる株主に置き換わっていくことを意味する。より高いリスクを許容できる株主の存在は、よりリスクの高い事業への展開を加速化する。第13回目コラム(ヤマダ電機のリキャップCB)で見た通りである。

このようにB/Sの右側と左側はお互いに依存するとともに、お互いに影響を与え合っているのである。事業リスクの増加は借入金金利や株主期待利回りの上昇を通じてリスク許容度の高い投資家を誘引する。そして、リスク許容度の高い投資家は経営者がよりリスクの高い事業に乗り出すことを許容することによって事業リスクの増大を加速させていくことになる。

*1 1958年に、F.ModiglianiとM.H.Millerという二人の経済学者によって提唱された財務理論。「税金や倒産コスト等を無視すれば、企業価値は資本構成や配当政策によって変化しない」とし、「完全資本市場の下では資本構成は企業価値に影響を与えない」、「完全資本市場の下では配当政策は企業価値に影響を与えない」という二つの命題を主張した。

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