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自動車業界再編に見るM&A成功の法則 後編

投稿日:2006/10/05更新日:2019/04/09

前2回に引き続き、M&A(企業の合併・統合)成功の法則を検討する。

第1回

第2回

これまで2回にわたり、2000年前後に盛んになった自動車業界再編の「その後」を見てきた。端的に言えば、400万台クラブ入りを目指し、規模拡大だけを狙ったM&Aは多くが、当初の目論見どおりには進まなかったわけだが、では成功事例はあるのか。

結論から言えば、残念ながら近年ではM&Aの件数の割に上手くいった事例は極めて稀である。それは多くは、前回触れた、「同じ業界と言えどもノウハウのない不慣れな事業の買収は要注意」「コスト削減期待よりも統合コストによる短期的負担を考えよ」「ブランドアイデンティティと製品の独立性との関係を軽視するな」といったポイントが見過ごされていたことによるものだ。

そんななか例えば、マツダへの米フォード社のアプローチなどは注目に値する。マツダは1979年からフォードに25%の株式を所有されていたが、フォードの干渉は殆どなく、経営の自由度は大きかった。しかしバブル時の過大投資の結果として経営危機に陥り、1996年に住友銀行の仲介でフォードグループへの実質傘下入り(33.4%所有)を余儀なくされた。

しかしながら、歴代の、フォードからマツダに出向した社長たちは、このローカル中堅メーカーのアイデンティティを尊重。時間をかけて無駄を削ぎ落とす経営を行い、結果としてその姿勢が奏功した。

彼らは販売網の大幅縮小や工場閉鎖、退職者募集などのリストラは行ったものの、他方で将来への布石を着実に打ち、マツダの独立性を守るべくブランド構築にも時間をかけてきた。現在の「アテンザ(北米および欧州ではMazda6)」「アクセラ(同Mazda3)」といったマツダ車の世界的ヒットは、この当時のブランド設計の成果であるといっても過言ではない。

益を得たのは傘下に入ったマツダだけではない。マツダは親会社フォードの庇護のもと、得意の小型車設計、製造技術に磨きをかけ、そこで磨いた技術が今や危機的状況にあるフォードグループの小型車部門を牽引するまでとなっている。今後出てくるフォードグループの新型乗用車の多くは、Mazda6をベースにしていると言われるほど、マツダのグループへの貢献は大きい。

これはまさに、「ブランドアイデンティティと製品の独立性との関係」を尊重し、成功した事例と言えるだろう。

ちなみに、ここ10年余りでフォードが資本出資した会社で、「成功した」と言えるのは唯一マツダだけと言っていい。実際、このコラムの前編を掲載した直後から、フォードによる「アストンマーチン」や「ジャガー」の売却の噂がマスコミで一層多く聞かれるようになったが、マツダはフォードの命綱的存在とも報じられている。

製品である車のコンセプトやターゲットが似たようなマツダの場合は、良いものを作ればそれが直接的にフォードとの車台やエンジンの共有ができるのに対して、ジャガーの例でも判る通りプレミアムブランドの場合は、安直な車台やエンジンの共有化は市場に受け入れられない。本質的なプレミアムブランドを自ら再生・育成する気のないフォードにとっては、アストンマーチンは単なる金食い虫にしか見えないのかもしれない。

買収、提携は、自社の強みとのシナジーが価値創造につながるものとせよ

フォードとマツダの例と同様、独BMW社が「MINI」を再生させた事例も特筆に値する。

MINIは日本でも馴染みがあり、「そこそこ上手くやっていたブランド」として認知している人も多いだろう。しかし本国イギリスでは実は、非常に厳しい状況に追い込まれていた。

同車はイギリスで1959年に誕生。その後、英ローバー社の手にわたるまで幾度とない買収・売却に遭い、結果として40年以上もの間、モデルチェンジの機会を得ることなく細々と生き長らえてきた。日進月歩の自動車業界でこれだけの長い期間モデルチェンジを施されなければ、当然のことながら、商品としての競争力は圧倒的に弱まる。MINIは、世界最大の自動車市場である米国で売られることなく、その晩年は本国イギリスでも殆ど売れず、なんと日本の愛好家の需要がイギリスでの販売台数を上回るような状況にあったのである。

つまりMINIは、熱狂的な愛好家のいる日本人には多少、馴染みがあったものの、世界的には「もう終わった」ブランドだったのだ。これを再生したのがBMWだった。

BMWはローバーの経営に失敗し、これを2000円程度で売却した時(本稿・中編を参照)、実はMINIブランドだけは手元に残していた。同社はMINIを自社ラインアップにはないFF(フロントエンジン・フロント駆動)小型車のプレミアムブランドとして再生しようと狙ったためだ。

本稿でも再三、強調してきたとおり、自動車、とりわけ、プレミアムブランドの車で重要なのは何よりその「アイデンティティ」である。BMWは、その重要性を十全に理解しており、MINI再生の取り組みでは、ブランドも車台もMINIならではという独自性を維持し、更には専用工場をドイツではなく、MINIの故郷イギリスに作ってまでそのアイデンティティを守ろうとした。またディーラー網も、既存BMWのフランチャイズからの信用度を充分に利活用しつつも、独立した販売網を築き上げた。

これは米GM社やフォードが、プレミアムブランドを買収した後での扱い方とは対極を為す。彼らは車体やエンジンの安易な共通化に走り、また、マーケティング会社を一本化するなど、結果としてブランドアイデンティティを損なわせ、顧客離れを引き起こす取り組みに急いできた。

結果、MINIは現在、以前には売られることがなかった米国市場も含め、全世界で「高級小型車」というジャンルを確立・牽引し、好調な売れ行きを示している。そして、より競争力のあるモデルとすべく近々、モデルチェンジを計画するまでに育ってきた。M&Aという手法を通じて、全ての関係者(昔からのファン、新たなユーザー、MINIというブランド、そして利益を得るBMW)が幸せになったのである。

互いのアイデンティティを尊重するアライアンス型モデルが加速

ただ、先にも書いたとおり、近年M&Aの成功事例は稀有であり、マツダやMINIのケースはある種、特異なものとなってしまっている。

諸々の状況、事情を鑑みるに、実は私は、今後、より期待されるのは膨大な統合コスト(一体化の効果を得るまでの膨大な時間と資金)を必要とする買収よりも、必要な時に必要な機能や資金を出し合って、両社の利益を得ていこうとするアライアンス型モデルではないかと考えるに至っている。

その最も象徴的なものが、ご存じルノーと日産の例である。これは当初から、どちらかがどちらかを支配するという形で組んだ関係ではなく、お互いがそのブランドやアイデンティティを尊重するという趣旨の下に成立した提携であり、周知のとおりの奇跡的な結果を出した。詳細は何度も報道されているので割愛するが、成功のカギが相手を尊重する姿勢とゴーン社長という稀代の経営者によるものであるところは疑いの余地がない。

例えば当事、買収側の有力とされたダイムラークライスラーに(日産自動車が)買収されていたら、一体どうなっていたか。歴史に“タラレバ”は禁物であるが、三菱自動車の例を見るまでもなく、違った結果になっていたであろうと筆者は強く思う。

ダイムラークライスラー・グループにおける三菱自動車の位置付けは、アイデンティティを尊重するというスタンスは殆どなく、アジアにおける低コスト車生産会社としての機能のみと言っても過言ではない。或いは、一番欲しかったダイムラークライスラーが世界ナンバー1である商用車事業(現在の三菱ふそう・トラックバス)の取得の手段であったとも推測される。

三菱の象徴である「パジェロ」などSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビーグル)廃止の検討(実際、この看板車種はこの買収の影響10年もの間、モデルチェンジもなく放っておかれた)三菱一番の伝統ある乗用車ブランド「ギャラン」の廃止、つまりは「ランサー」以下の安い小型車だけ作ればいいという姿勢は、「フェアレディZ」を復活させたゴーン社長とは間逆のスタンスだ。

資本支配に捕らわれず、両社のメリットを活かせるプロジェクトベース型の提携を見直せ

アライアンス型モデルの原型は例えば、トヨタ自動車が米GM社と合弁で設立した米NUMMI社が好例と言えよう。この合弁会社は、親会社同士の資本提携はないが、「日米自動車戦争」勃発と言われた1984年に、両社が資本金を折半してカリフォルニアに設立した。この合弁会社を通じてGMは小型車製造技術を学び、トヨタは米国での労働環境、社会対策などを学んだ。米国最大手のGMと「親戚付き合い」することで、その後の日本車たたきへの対応策の布石ともなった成功例である。

そのトヨタが2002年、欧州での進出強化に当たって選んだ施策が、プジョー・シトロエン・グループ(PSA)との合弁会社(トヨタ・プジョー・シトロエン・オートモービル)をチェコに作るというものだった。

トヨタは、自社のヴィッツ(欧州名はYARIS)よりも更に一回り小さい小型車をこの合弁会社で生産することにした。欧州は自動車産業の歴史が長く、トヨタといえどもスケールメリットはなかなか得にくい地域だった。また、日本や米国と異なり調達先企業が多くの国に広がっており、調達にかかるプロセスも煩雑で分かりづらかった。そこでトヨタは、このアライアンスによって自らは製造と開発を、PSAが調達を担当するという仕組みを作り出し、更に欧州での調達ノウハウを得たのである。

合弁会社の生産台数は30万台。うち10万台をトヨタ、20万台をPSA(プジョー、シトロエンブランドがそれぞれ10万台)が引き取るようにしたことで、トヨタは自社販売力の3倍の規模のコスト競争力を手に入れ、しかも欧州での調達ノウハウまで学んだ。しかも、欧州で人気のディーゼルエンジンをPSAから調達するというメリットも享受したのである。

こうした理想的な形態を作り上げるまでには、事前に、十分な話し合いや複雑な契約書など、大きな労力が必要とされるが、ただ、ローバー/BMWやフィアット/GMの例に見たような会社全体の莫大な統合コストとリスクを背負う必要はない。

多くの大規模M&Aの失敗の教訓から、今後はこのような「是々非々」のプロジェクト型提携が増えていくのではないかと私は、考えている。

自動車は、世界最大の消費財と言われ、製造コストや開発費負担が多大であるために、コスト低減が成功の鍵とされる。しかし、コスト低減のみを目的に安易な机上の統合を行えば、消費者離れを加速し、容易に事業そのものを失う可能性すらある。そして、この教訓が、自動車以外の多くの業態にとっても多くの示唆を含むものであることは、言うまでもない。

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