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“ビールのまち”遠野をつくる ―生産者×企業が生み出す新たな地方創生

投稿日:2015/08/31更新日:2019/08/15

生のホップを見たことがあるだろうか。ハーブのように鮮烈な香りを持ち、毬花の中のルプリンと呼ばれる黄金色の粉が、ビールの香りや独特の苦みをつくり出す。

2015年8月22日、岩手県遠野市で初の一般公開となる「遠野ホップ収穫祭2015」が行われた。民話の里として有名な遠野は、国内産ホップのシェア20%を占める一大生産地でもある。主催は、遠野市や第三セクター、ホップ農協など農業関係者とキリンで構成するTKプロジェクト。参加者たちはホップの収穫を祝い、オクトーバーフェストのようにビールを楽しんだ。

わずか半年の準備期間だった。地方行政や関係者を支援した主な仕掛け人はふたり。株式会社遠野アサヒ農園 代表取締役の吉田敦史とキリン株式会社キリン絆プロジェクト担当の浅井隆平。「遠野を“ビールのまち”として活性化したい」――生産者と企業のタッグが、遠野のまちを大きく変えようとしている。

「指名買いされる農家になりたい」 ビールのおつまみ、パドロン栽培を始めるまで

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東京の広告代理店に勤務していた吉田が遠野で農業を始めたのは7年前。妻の実家に帰って家業を継いだ。

最初はキュウリを栽培していた。周囲の農家と同じようにJAに卸し、農産品は都市圏の青果市場に流通していく。あるとき、ふと思った。「市場の向こうで、どんなお客さんが自分のつくったキュウリを食べてくれているんだろうか」

JAの担当者に聞くと、「うーん。どうだろうねえ」と困惑された。それも当然で、生産者やJAは市場に卸すのが仕事。消費者の顔はわからない。

かすかな違和感がめばえた。せっかくつくるなら消費者の手ごたえを感じたい。「吉田のつくったものが食べたいって、お客さんが指名買いしてくれる農産物をつくりたいなあと思ったんです」。

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とはいえ、キュウリを指名買いしてもらうのはハードルが高い。吉田は消費者に話を聞きに行くことにした。知人のつてを頼って、都市部の飲食店や小売を回り「どんな野菜がほしいですか?」と素朴な疑問をぶつけてみると、仙台のスペインバルオーナーが、パドロンという野菜の存在を教えてくれた。

スペインバルでは、パドロンがビールのおつまみの定番だという。「パドロンが日本でもあったらいいねって言われて。でも、そんな野菜知りませんから、家に帰ってインターネットで調べて。すると確かにビールのおつまみの定番だというんですね。日本の枝豆みたいに」

ものは試しと、2012年春に初めて作付してみた。わずか100本。遠野の気候に合っていたのか順調に収穫され、くだんのスペインバルオーナーが喜んで買い取ってくれた。「もしかして、いけるかな」。翌年は300本作付してみた。

その頃、キリン絆プロジェクトが復興支援の一環でバックアップする「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」に参加することになった。東北農政局の職員が受講を勧めてくれた。座学の講習だけではなく、東京のビジネスパーソンとの共同プロジェクトが義務づけられているのが面白そうだと感じた。

「パドロンとビールを組み合わせたらどうだろうか」

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吉田がパドロンの栽培を始めた頃、キリンの浅井は横浜赤レンガ倉庫に出向していた。赤レンガ倉庫を通じて横浜の町を活性化する仕事は、好きだし面白かった。そんな時期、CSV推進部への異動を告げられた。Creating Shared Value(共通価値の創造)--東日本大震災後、東北復興を支援する「キリン絆プロジェクト」はじめ、社会の価値創造を推進する部署だが、「出向している間にできた部署だったので、全然わからなくて。コンビニ(CVS)を担当するのかなあって思いました」

異動後、被災した沿岸部を回ると、農業や水産業に震災がもたらした被害は、予想以上に甚大で長期化していた。農業復興に向けて何ができるのか知ろうと「東北復興・農業トレーニングセンタープロジェクト」に一期生として参加することにした。しかし当然ながら、周囲は全員が農家である。やや疎外感を感じながら、同郷の岩手出身ということに親しみを覚えて吉田に話しかけ、一緒に飲みに行った。「パドロンという作物を育てていると聞いて、その時は、ふーんとしか思いませんでした」

パドロンとホップが結びついたのは、2013年10月に東京・代々木で開催された「岩手じぇじぇフェスタ」。メンバーたちと企画を考えている時、誰かが言った。「パドロンがビールのおつまみになるなら、遠野産ホップのビールと組み合わせて売ったらどうかな」

初めて、「面白いかも」と思った。遠野は国内ホップの一大生産地。それもキリンが開発した「キリン2号」という品種を使い、52年の契約栽培の歴史がある。いわばキリンビールと遠野は切っても切れない関係。とはいえ未知数の農作物。都内の玩具メーカーや広告代理店の仲間にFacebookで呼びかけ、パドロンのロゴやキャッチコピーをつくってもらった。「遠野パドロンブース」の結果は大盛況。弾みがついて、遠野で毎年行われている遠野祭にも「一日限りのレストラン」として出店した。

形になると、少しずつ周囲が動き始める。キリン社内で、会う人会う人にパドロンの話をした。「遠野の新しい野菜です」「遠野のホップでできたビールのお供には、遠野パドロンですよ!」食堂でも休憩所でも、ひたすらパドロンの話をしていたせいか、徐々に営業担当から声をかけられるようになった。「今度、取引先の飲食店に行くんだけど、そのパドロンの話してくれない?」

必要とされているのは「物語」、生産者がストーリーを紡げるか

2014年夏、キリンシティ39店舗で「遠野パドロンの素揚げ」が期間限定メニューとして販売された。2か月足らずで16000食を超えるオーダー。定番メニューである枝豆よりも売れたことになる。

「お店のスタッフからは、お客様にお勧めしやすいと喜ばれました。『遠野ホップでつくったビールに、遠野名物のパドロン』というのが、お客様に訴求するストーリーになるそうです」と吉田は言う。

「これまで僕ら農家は、美味しさと値段ということを考えていればよかった。でも、そうじゃないんだなということがわかりました。美味しいのは当然で、消費者が求めているのは、そこにどんな物語があるかということだったんです」

苦労もあった。JAを介さず直接取引を行うということは、需要の変動リスクをもろにかぶるということでもある。お盆の時期には都市部の飲食店のニーズは激減し、大量の在庫を泣く泣く廃棄した。しかし最終消費者の声をじかに聞き、ストーリーを紡いでブランドをつくる仕事は、エキサイティングだと思う。吉田の挑戦を見て、遠野市内の5農家が新たにパドロン栽培を始めた。

「ホップ畑を見てビールを飲んでもらおう」 ホップ収穫祭を立ち上げる

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収穫祭をやろうという話が持ち上がったのは、2015年3月。ホップの一大生産地である遠野だが、生産者の数は年々減少している。4.5mの高さにもなるホップ栽培は高所での手作業が多く、機械化も進まない。「ホップとタバコはしんどいからねえ」と生産者の間でいわれるほど。市は栽培拡大を呼び掛けていたが、後継者は都市部に流出する一方だった。

遠野市農家支援室の阿部順郎氏はこう言う。「新規就農者の参入も呼びかけていますが、なかなか思うようにならない。なぜか。そもそもホップ栽培を見てもらう機会がないからじゃないかと考えました。であれば、収穫の時期にたくさんの人にきてもらって、ホップの緑のカーテンを見てもらって、ビールを飲んでもらおうと思ったんです」

キリンからも全面的なバックアップを得られることになり、準備は急ピッチで進んだ。遠野ホップ収穫祭当日、県外からも客が訪れ、盛況となった。パドロンはもちろんのこと、遠野キュウリやジャガイモ、近隣の釜石からはホタテやサバの入った「焼き海まん」が届けられ、訪れた人たちは、岩手ならではの味覚に舌鼓を打った。

実際にホップ畑を訪れて、その緑のカーテンの下でピクニックをして東北の味覚を楽しみ、民家に宿泊するプログラムも用意した。農家に宿泊して農業体験できる「アグリ・ツーリズム」が人気だが、そのビール版である「ビア・ツーリズム」を楽しむことができる。

収穫祭の会場運営を担った遠野市産業振興部の菅原康氏はこう言う。「少しでも多くの人に“ホップの里”遠野の魅力を実感してほしいし、遠野の町おこしに市民にも色んな形で関わってもらいたいなと思います。遠野とキリンの取り組みが、そのきっかけになれば嬉しい」

あたりまえのホップ畑が地域の資産に 地域と企業の新たな共創のかたち

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初めてホップ畑を見た人は、見事な緑のカーテンに誰もが驚く。香りの豊潤さに感動する。遠野市民にとっては、あたりまえの存在であるホップ畑が、実は観光資源になることに人々が気づき始めた。

「ホップの里、ビールのまちというのは、遠野が50年間にわたって育んできた資産です。遠野に限らず、そういう地域資産は日本各地にあると思う。そのパッケージを少しだけ変える。時代に合った新しいものにしていく。そのことによって、地域が本来持つ強さが人を引きつけ、新しい時代をつくっていくと思う」と浅井は言う。

「吉田さんが言うんです。浅井さん、ホップとパドロンを使って、新しいビール文化、新しい食文化をつくろうよって。そうやって、キリンの新しい価値をつくろうよって。企業が地域を支援しているのではない。地域が企業のことを考えてくれて、企業ができることをやって、事業に活かしていく。その共創こそが、地方創生ということではないかと思います」

第三セクターである遠野ふるさと公社の佐々木教彦氏は、こう言って笑った。「5年後には、吉田さんや浅井さんや僕らは、収穫祭の客席に座ってビール飲んでいたいですね。その頃には、20代の若手が農業継いで、収穫祭の中心になっていて。そんな若手が誇りを持ってホップをつくり、農業にかかわっていくのを、僕らが昔この祭りを立ち上げたんだぜって言いながらビールでも飲んで見ていたいですね」

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