ところで“人の動き”を分析して、どんなことが分かってきたのだろうか。「そんなの当たり前じゃないか」と思い込んでいた常識が、実は違っていた……という事例が出ているのかもしれない。人々の移動をウォッチしてきた、「おでかけ研究所」の主席研究員・長谷部潤さん(株式会社コロプラ 取締役CSO)に、Business Media 誠編集部の土肥義則が話を聞いた。前後編でお送りする。
前編:観光客はどこに行ってるの? 位置情報のデータから分かったこと【大分県の湯布院、岩手県】
「松島」を拠点に動く
「松島」は沿岸部観光エリアへの周遊の拠点になっている
土肥: スマートフォン向けのゲームを提供しているコロプラはKDDIと共同で、位置情報のデータを使って「観光動態分析」を始められました。前回は岩手県を訪れた観光客の動きを紹介しましたが、今回は宮城県と福島県での分析結果を教えていただけますか?
長谷部: 宮城県で最も有名な観光地はどこか? そう聞かれたら「松島」を挙げる人が多いでしょう。実際、位置情報を分析したところ「松島」というのは、震災被害の大きかった沿岸部エリアへの周遊拠点になっていることが見えてきました。
岩手県で人気がある沿岸部といえば、NHKの連続ドラマ小説『あまちゃん』の舞台にもなった「久慈」、福島県でいえばスパリゾートハワイアンズなどがある「いわき」。ただ久慈といわきを訪れた観光客は、そこから他のエリアにあまり行かないんですよね。観光客の囲い込みはできていますが、その人たちはそこで楽しんで完結してしまうので、波及効果がなかなか生まれていないという課題があるんですよ。
一方の松島は違う。松島を訪れた観光客は、他の沿岸部にも足を運んでいます。例えば、石巻や気仙沼などにもたくさんの人が行かれています。松島が人気のエリアであることは、ほとんどの人が認識されている。震災復興という観点から見ても、ここは最も重要なところであることが分かってきました。
松島にも課題があった!?
土肥: 松島には課題がないわけですね。では、次に……。
長谷部: いえ、課題が全くないわけではありません。松島を訪れた観光客は、なかなか松島に泊まってくれません。泊まっているのは13.0%ですね。多くの観光客は16時ごろには松島を離れ、仙台に行ってしまう。ちなみに仙台に宿泊する人は31.0%。
土肥: 前編でも紹介しましたが、岩手県の平泉を訪れた人も仙台で泊まる傾向がありました。やはり、仙台の夜は魅力なわけですね(笑)。
ただ宮城県全体で考えると、“損”な話ではないですよね。松島には泊まってくれないかもしれませんが、同じ県内の仙台に泊まってくれるので、観光客のお金はそこで落ちる。
長谷部: 先ほども申し上げましたが、松島は沿岸部への周遊拠点として位置付けられます。なので松島に泊まってもらうと、次の日に「石巻に行って、気仙沼で泊まろう」といった人が増えてくるんですよ。しかし現状は、仙台に戻ってしまう人が多いので、「石巻には行かなくてもいいや」となってしまうんです。
松島の魅力を高めて、観光客の滞在時間を長くすることができれば、宿泊につながり、沿岸部への周遊にもつながるはず。お店を夜遅くまで開けてもらうなどして、ホスピタリティを高めることが必要かもしれませんね。
土肥: なるほど。
長谷部: あと、ちょっぴり「えっ」と思ったデータが出てきました。宮城県を訪れる観光客は鉄道を利用している人が多いと思っていたのですが、実はそうではなく、クルマで来ている人のほうが多いんですよ。
宮城県は、これまで鉄道客へのプロモーション活動で大きな成果を挙げてきましたが、今回の調査で、ほぼすべての観光エリアで高速道路を利用する人が多いことが分かってきました。今後は高速道路を運営するNEXCO東日本ともいろいろなことを進めていったほうがいいでしょうね。こちらにも集客のヒントが隠されていると思います。
福島県を訪れた観光客は、どこに行っている?
福島県で最も人気のある観光スポットは「会津若松」
土肥: では最後に、福島県での観光客の動きを教えていただけますか?
長谷部: 福島県は、東側に阿武隈高地が南北に連なり、西側に奥羽山脈があって、浜通り、中通り、会津の3つのエリアに分かれています。福島県庁としては、それぞれの地域に観光客を増やすことができないか、という課題を抱えていらっしゃいました。
福島県で最も人気のある観光スポットといえば、NHK大河ドラマ『八重の桜』の舞台にもなった「会津若松」。地理的な特徴もあって、観光客が会津から沿岸部に行くのは難しい。では、人々はどのようなところを移動しているのか。
位置情報を分析したところ、会津若松エリア内では周遊されているんですよね。周遊パターンをみると、「会津若松エリア内」が最も多く、次いで「会津若松と郡山」が多い。残念ながらこの2つのパターン以外、あまり周遊されていないんですよ。
福島県には「白河小峰城」「鶴ヶ城」といった城があるので、県側は城巡りの人を増やしたいようなのですが、まだまだ少ない。ただ周遊パターンとしては期待できるので、今後は力を入れていくのではないでしょうか。
土肥: 沿岸部はいかがでしょうか?
長谷部: 沿岸部をみると、ほとんどの人が「いわき」で宿泊されています。いわきに滞在して、そのまま帰るパターンが多いですね。福島県を訪れる観光客は会津若松が最も多く、いわきが2番目に多い。しかし、いわきを訪れる人は動かない。閉じてしまっているエリアをどうやって開けていくかが、今後の課題になってくるのでしょうね。
位置情報データのメリット・デメリット
土肥: 長谷部さんには、岩手県・宮城県・福島県を訪れた観光客の“動き”を教えていただきました。位置情報のデータを使って分析されたわけですが、この手法のメリット・デメリットを聞かせてください。
長谷部: 各県はこれまでも、観光客への調査を行ってきました。街角にアンケート箱を設置したり、調査員が観光客に声をかけ聞き取りをしたり。だいたいこの2つのパターンなのですが、どちらも「バイアスがかかっている」とのことでした。
土肥: バイアス? どういうことでしょうか?
長谷部: 聞き取り調査では、どうしても観光客らしき人にしか声をかけないようです。例えば、2〜3人で歩いている人とか、ガイドブックを持って歩いている人とか。団体旅行の人たちには声をかけづらく、また観光客かどうか見極めがつきにくい人にも声をかけづらいようです。県側としては「もっと地元の人も来ているはずなんだけどなあ」と思っていたのに、なかなかアンケート結果には反映されてきませんでした。
ただ位置情報のデータを分析すると、地元の人も来ていることが分かりました。想像以上に地元の人が来ていることが分かってきたので、今後はそうした人向けにプロモーションができるのではないでしょうか。
土肥: 観光客が少ないところは、そもそも聞き取り調査が難しいですよね。聞きたいのに、誰もいない……という状況だと。
長谷部: ですね。
土肥: やがて調査員がいなくなる時代がやって来るかもしれない?
長谷部: 位置情報の分析にも、苦手なことがあります。例えば、観光客は何を目的にそこにやって来たのか。そこの何が魅力だったのか。といった定性的なことは分かりません。また、観光地でお金をいくら使ったのか、ということも分かりません。こうした部分は、まだまだ聞き取り調査には勝てません。今後は、聞き取り調査で得た情報と、位置情報で得た情報を、うまく組み合わせていくことが大切になってくるでしょう。
土肥: なるほど。まだまだ興味深いデータが出てくるかもしれない、ということですね。本日はありがとうございました。
▼「Business Media 誠」とは
インターネット専業のメディア企業・アイティメディアが運営する、Webで読む、新しいスタイルのビジネス誌。仕事への高い意欲を持つビジネスパーソンを対象に、「ニュースを考える、ビジネスモデルを知る」をコンセプトとして掲げ、Felica電子マネー、環境問題、自動車、携帯電話ビジネスなどの業界・企業動向や新サービス、フィナンシャルリテラシーの向上に役立つ情報を発信している。
※前編はこちらから。