「秘宝探偵キャリー」や「プロ野球PRIDE」などスマートフォン向けゲームでヒットを飛ばしているコロプラが、ちょっとユニークな分析をしている。「位置ゲー」と呼ばれる同社のゲームに蓄積される位置情報を統計処理し、“人の動き”をさまざまな角度から解析しているのだ。
「位置ゲー」というのは、スマートフォンや携帯電話の位置情報を利用したゲーム。例えば、自分が実際に移動した距離に応じてゲームで使えるポイントがもらえ、そのポイントを使ってバーチャルな自分の街をつくることができる。ユーザーが登録した位置情報の累計回数は20億回(2013年11月現在)を超えていて、そのデータを使えば「どこで何人が、何時に位置登録をしたのか。どこから来たのか、どこへ行ったのか、距離はどのくらいなのか」などが分かるという。
こんな話を聞くと、「なんだか自分のプライベートがバレているようで気持ち悪いなあ」と思う人もいるだろう。「位置情報はユーザーから使用許諾をいただいたモノのみ活用しています。その情報は統計処理がされているので、個人がどう移動したのかは特定できません。そもそも弊社では氏名などの個人情報は取っていません」(同社)とのこと。
ところで“人の動き”を分析して、どんなことが分かってきたのだろうか。「そんなの当たり前じゃないか」と思い込んでいた常識が、実は違っていた……という事例が出ているのかもしれない。人々の移動をウォッチしてきた、「おでかけ研究所」の主席研究員・長谷部潤さん(株式会社コロプラ 取締役CSO)に話を聞いた。
湯布院に泊まった人は、どんな動きをしているの?
土肥義則(以下、敬称略): 位置ゲーの会員は319万人もいて、位置登録の回数は累計で20億回を超えているそうですね。膨大なデータが集まっていますが、「おでかけ研究所」の長谷部さんはその情報を分析されて、どんなことが見えてきたのでしょうか。
長谷部潤(以下、敬称略): その前に、1つ質問をさせてください。ドイさんは旅行をされるとき、何泊されますか?
土肥: ケース・バイ・ケースですね。1泊のときもあれば、連泊するときもあります。
長谷部: 1泊のときには時間が限られているので、行き先を絞りますよね。「ま、1泊だし、○○だけ行こうか」といった感じで。一方、連泊する場合は時間に余裕があるので、「○○に行って、次は○○に、そして○○も」といった感じで回りますよね。
土肥: ですね。
長谷部: 関東に住んでいる人が、大分県の別府・湯布院に行ったケースを分析してみました。一般的には1泊よりも連泊のほうが、観光地での周遊範囲は広がりますが、湯布院は違いました。1泊の人はあちらこちらに移動していて、連泊の人は温泉宿でまったりしているんですよ。
一般的な観光地では1泊者よりも連泊者のほうが、周遊範囲は広がる。しかし温泉地では、連泊するほど温泉地周辺にとどまることが分かった(出典:コロプラ)
土肥: ほー、それは意外。1日に何度も温泉につかっているのかもしれませんね。
長谷部: このデータを大分県庁の人にお見せしたら、ものすごく驚かれました。「えっ、逆だったの!?」と。
土肥: 連泊するほどその場所にとどまる、というのは温泉地ならではの特徴でしょうか。
長谷部: だと思います。普通の観光地では、連泊すればいろいろなところに行こうと思いますよね。あっちに行って、こっちに行ってといった感じで。
で、このデータから何が見えてきたのか。観光客にはいろいろな所に行ってほしいから連泊させようとするのは、もしかしたら間違っているのかもしれません。このことを前提にすれば、これまでとは違う手を打つことができます。「とにかく連泊させれば、いろいろなところに行ってくれるだろう」という考えから180度違った手法がとれるかもしれません。
位置情報を分析すると、みんなが漠然と「そーだよね」と思っていたことが、実は違っていたといったケースがあります。モヤッとしていたものが数字で証明されるので、聞いている人は「なるほど、そうだったのか!」と思われるのではないでしょうか。
なぜKDDIのデータを?
土肥: 湯布院の事例については、自社の位置情報を分析したものですよね。“人の動き”を詳しく分析するために、コロプラは2013年7月にKDDIと連携されました。
具体的にどんなフローになっているのか、KDDIの新居眞吾さん(新規ビジネス推進本部 ビジネス統括部長)に聞いてきました。「レポートに使用するデータはKDDIが利用者の同意を得たうえで、個人を特定できない形式に加工して(※)、コロプラに分析の作成を委託しています。地方自治体や観光協会などに提供する際は、個人を特定できる情報は一切含まれていない形で提供しています」と言っていました。
※位置情報をそのまま使うのではなく、数百メートルから1キロメートル四方にするなど、ぼやかした状態にして取り扱っている。観光動態調査に不必要な自宅や勤務先周辺の情報を除去し、データの連続性を遮断するために端末ごとのIDを一定期間で変更するなど、二重三重の処理をしている。
長谷部: ユーザーにとって「『同意した』『同意していない』に関わらず自分の情報が使われている」というのは、気持ちが悪いですよね。なのでプライバシーについては、ものすごく慎重に行っています。
土肥: コロプラはこれまで自社のデータを使って分析されてきましたよね。なぜKDDIと組まれたのでしょうか。
長谷部: KDDIが保有するデータ量は、私たちのそれとは比較にならないほど多いんです。また私たちが保有しているデータは、ゲームユーザーのモノなので大都市圏に住む若年層が多い。なので、KDDIのデータを使うほうが“偏りなく”分析することができるんです。
土肥: なるほど。で、第1弾として、東日本大震災によって被災した岩手県、宮城県、福島県の「観光動態調査」(※)を行われたそうですね。まず、岩手県では観光客がどのように動いているのか、教えていただけますか。
※調査期間は4月1日から9月15日までで、岩手県内に1時間以上滞在した人が対象。ただし岩手県居住者・通勤者、7泊以上宿泊している人は除外している。
位置情報によって“目に見えなかったデータ”が浮き彫りに
長谷部: 岩手県で最も人気のある観光スポットは? そう聞かれれば、「平泉」を挙げる人が多いでしょう。位置情報を分析したところ、やはり平泉を訪れる人が最も多かったですね。なーんだやっぱりかと思わるかもしれませんが、私たちは「平泉を訪れた人は、どこから来ているのか」「平泉を訪れた人は、次にどこへ行くのか」といった点を分析しました。
その結果、平泉に訪問した人の県内宿泊率は47.7%……半数に達していないことが明らかに。16時ごろにはそこから離れ、仙台市に戻ってしまう傾向が浮き彫りになりました。
土肥: うーん、平泉は仙台市に近いですしね。あと、仙台の夜は楽しいし……やっ、失礼。
長谷部: 平泉の近くに「猊鼻渓・厳美渓」(以下、猊鼻渓)があって、そこへはクルマで40分ほどで行けます。猊鼻渓まで足を運んでもらうと、県内宿泊率がぐーんとアップするんですよ。平泉に来た人の県内宿泊率は47.7%でしたが、猊鼻渓に来てもらうと61.6%にまで増えるんですよね。さらに北に位置する「花巻温泉」に行った人はどうか。県内宿泊率は77.4%と、かなりの割合で岩手県に泊まっちゃう。
土肥: 平泉に来ている観光客に、ビラを配るのはどうでしょう? 「猊鼻渓はええとこでっせ」と。ついつい大阪弁が出てしまいましたが、名づけて“客引き作戦”で。 あっ、こういうのはどうでしょう。「仙台→」という看板があったら、その隣に「←猊鼻渓」という大きな看板を置くとか。もうあの手この手を使って、猊鼻渓に行ってもらう。
長谷部: 岩手県庁の人も、なんとなく分かっていました。多くの観光客が平泉までしか来ていない、ということを。こうしたイメージや経験に基づく把握というのは、実は多くの自治体で見られます。ただそれだと具体的な手は打ちにくい。今回、位置情報のデータで定量的な事実が明らかになったので、具体的な施策は打ちやすくなったのかな、と思っています。
土肥: 岩手県側にとっては、とにかく平泉のラインを越えてもらいたい。一方、宮城県側にとっては、そのラインを越えてもらいたくない。これまで目に見えなかったラインが、位置情報のデータによって浮き彫りになったわけですね。
長谷部: 関東の人間からすると、平泉はイメージ的に“仙台圏”なんですよ。仙台に行ったから、「ちょっと平泉に行ってくる」といった感覚ですね。そこからちょっと足を伸ばして猊鼻渓まで行ってくる、となれば……。
土肥: “岩手圏”になるわけですね。
『あまちゃん』効果は本当にあるの?
土肥: 次に沿岸部はいかがでしょうか?
長谷部: データを見る限り、観光客の数は少ないですね。NHKの連続ドラマ小説『あまちゃん』の効果で、「久慈」は一躍人気スポットになりました。ただデータをみると、青森県から来ている人が多く、久慈から他のエリアへの周遊があまりないんですよね。来年以降、いわゆる“あまちゃん効果”が薄れてくると、厳しくなることが予想されます。
周遊パターンで最も多いのは「平泉と猊鼻渓」、次に「平泉と花巻温泉」。周遊パターンで見ても、沿岸部を訪問する人は少ない。7位になって、ようやく「平泉と奇跡の一本松」が出てきます。岩手県への宿泊客を増やさないと、沿岸部を訪れる人はなかなか増えないでしょう。
土肥: 震災復興のことを考えると、沿岸部に多くの人が訪れるほうがいいのでしょうが、現状はまだまだ厳しいということですね。次に、宮城県と福島県での“観光客の動き”を教えていただけますか。
長谷部: 分かりました。
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