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DCF法の永久成長率をどう定めるか――ファンケルほかの事例から導く3つのアプローチを比較

投稿日:2024/09/12更新日:2024/10/30

筆者は日系の金融機関にてM&A部門の共同統括責任者を務めつつ、現在グロービス経営大学院/グロービス・マネジメント・スクールにおいてファイナンス講座の教鞭をとっています。同講座は、DCF法の基礎を学んだ方に、経営者としてファクトとロジックに基づいた意思決定の能力を高めてもらうことを目的として、ケースディスカッション形式で投資を伴うプロジェクトやM&Aにおける企業価値評価を疑似体験してもらっています。

受講生の方から実際の実務で直面する課題についての現実的な落とし所について質問を受ける中でも、特に多いのが「DCF法における継続価値の前提となる永久成長率について、経営者としてどのように判断をし、意思決定をすればよいか」、についてです。

この質問は、継続価値算定における永久成長率のインパクトの大きさを考えれば至極当然であるともいえます。
永久成長率については、実務者間でもプラクティスが異なっているように感じる項目のひとつです。そこで、本コラムでは、実際に使われている永久成長率や理論的な支柱について、まとめてみたいと思います。

DCF法とは?なぜ永久成長率が必要になるのか

DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー方式)は、「ある資産やプロジェクトの金銭的価値を、それらが将来生み出すキャッシュフローの現在価値として求める方法」[1]です。ファイナンスにおいて価値評価を行う際の中核となる概念ともいえます。

DCF法を数式で表すと以下の通りとなります。

EV:事業価値

n:予想期間の年数

FCFp:p期のフリー・キャッシュフロー

r:割引率(通常はWACC[2]

g:永久成長率[3]

また、本コラムでは数式の詳細説明は省きますが、上記の①式は、EV=FCFの予測期間の価値+継続価値[4]と言い換えることができます。

DCF法の一般的な特徴として、予測期間の価値に対して継続価値が大きくなる傾向があります。こうしたDCF法の特性から、継続価値のドライバーの一つである永久成長率について十分な検証が行われる必要があります。

実際に採用されている永久成長率

それでは、企業ではどのように永久成長率が採用されているのでしょうか。

公開買付届出書に記載されている株式価値算定結果から、実際に継続価値の前提として永久成長率がどのように設定されているかを調べてみました。公開買付届出書とは、M&A等の局面で株式の公開買付(TOB)を行う際に買い手(公開買付者)が提出する必要がある、金融商品取引法に規定されている書類です。

表は、2024年2月以降で公開買付届出書において開示されている永久成長率の抜粋となります。

届出日

公開買付者

対象者

永久成長率に言及した算定機関

永久成長率

2024年8月6日[5]

伊藤忠の100%出資子会社

タキロンシーアイ

大和証券

0.0%~1.0%

2024年6月21日[6]

信越化学工業

三益半導体工業

DTFA

0.70%~1.70%

2024年6月19日[7]

ブラックストーンの100%出資子会社

インフォコム

PwCアドバイザリー

1.5%

2024年6月17日[8]

キリンホールディングス

ファンケル

UBS証券

1.5%~2.0%

2024年6月17日

キリンホールディングス

ファンケル

プルータス・コンサルティング

0%

2024年2月13日[9]

タイヨウPPの100%出資会社

ローランド ディー.ジー.

野村證券

1.25%~1.75%

特に、キリンホールディングスによるファンケルの買収においては、ファンケルの永久成長率について、UBS証券が1.5%~2.0%を採用しているのに対して、プルータス・コンサルティングが0%を採用している点をみると、同じ対象会社の継続価値において相当な差が生じていると考えられます。

公開買付届出書に、株式価値算定の根拠がすべて記載されているわけではないので、これらの永久成長率がDCF法において用いられる永久成長率を網羅的に示している訳ではありませんが、プロフェッショナルである算定機関が採用した直近の永久成長率の差がどうして生じているかについては、十分に検証を行っていく必要があるでしょう。

永久成長率へのアプローチ手法

永久成長率をどのように定めればよいか、実際にどのような数値が受講生の所属する会社で使われているか、受講生とディスカッションを行っていると、概ね以下の3通りに分かれています。

  • 企業が永久に成長することは現実的でなく、保守的に0%にしている
  • インフレ率を加味した名目GDP並みの成長率を上限にした数値を採用している
  • そもそも永久成長率はあやふやなので、継続価値は永久成長率でなくマルチプル[10]で算出している

このコメントは非常に意義深いといえます。実は、実務を行うプロフェッショナルの間でも合理性のある永久成長率について議論を行うのですが、概ね上記の3通りの結論に集約されるからです。

それでは、それぞれのコメントにいて、どのような根拠があるのでしょうか?

①0%の永久成長率

前述の①式において、継続価値(TV)は、

TV = FCFp+1 ÷(r - g)・・・②

と計算されます。

さらに、FCFは、NOPAT[11]+減価償却費ー設備投資額ーΔ運転資本と展開できますが、NOPAT以降は、投下資本額の増減と捉えることができますので、NOPATの一定比率aを投下資本の増分と仮定し、②式を変換すると、

FCFp+1=NOPATp×(1-a)・・・・③

となります。

ここで、aが生み出す新たなNOPATpの成長率、すなわちgは、新規投資の投下資本利益率(ROIC[12])を用いて、NOPATp×(1+g)=ROIC×a×NOPATp+NOPATpから、g=ROIC×a

へと簡略化できます。a=g÷ROICを③式に代入すると、

FCFp+1=NOPATp×(1-g÷ROIC)・・・・④

となります。

さらに②式に④式を代入すれば、

TV = NOPATp×(1-g÷ROIC)÷(r - g)・・・・⑤

となります。(ちなみに、ここまでの式展開はバリュードライバー法と呼ばれています)

rはWACCと置き換えられるので、仮にROIC=WACCとすると、⑤の式はTV=NOPATp÷WACCとなり、gが0%の際の継続価値を求める式と同じになります。

永久成長率が0%(もしくは永久成長率を考慮しない)ということは、ROIC=WACCが長期的には成立、すなわち事業を取り巻く競争が増し、当該事業からは投資家と債権者からの期待リターンを上回るリターンを上げられない事業になる、ことを示唆しています。

事業のライフサイクル[13]において、一般的に事業は導入期、成長期、成熟期を経て衰退期を迎えるため、長期的な観点から当該事業で期待収益を上回るリターンを上げられない状態になることは否定できません。

一方、投資の実行を検討する際に、「この事業は、予測期間(通常、5年や10年であることが多い)以降は、ROIC=WACCになると見込んでいます」という説明から、永久成長率を0%と見なすことは、保守的を通り越して、あまりにも悲観的なシナリオとも言えます。

②0%を上回る永久成長率の考え方

最近の公開買付届出書において永久成長率を1%~2%と定めている事例も見られますが、どのような考え方に基づくものなのでしょうか。
前述した、キリンホールディングスによるファンケルの買収において、算定機関であるUBS証券は、「永久成長率の範囲として対象者の売上対象国における名目GDP成長率を参照して1.5%~2.0%」を用いた、と根拠を説明しています。

名目GDP成長率に連動する永久成長率は、実務的には比較的多くみかける手法と考えられています。理論的な根拠としては、早稲田大学の西山茂教授の論文[14]に、海外のファイナンスの研究者の永久成長率への見解がまとまっていまます。

詳細は論文に譲りますが、同論文では、Aswath Damodaran(ニューヨーク大学教授)や伊藤邦夫(一橋大学名誉教授)などの見解をまとめる形で、「インフレ率に実際の成長率を加えたものを採用すべきであるという考え方が理論的であるが、実務上また保守的な方法としてはインフレ率のみを採用する方法」もあると述べています。
企業の成長を考えるときに、「FCFは少なくともインフレ率以上の成長を遂げないとFCFが目減りしていってしまう」「WACCに含まれるリスクフリーレート[15]やマーケットリスクプレミアム[16]、FCF自体がインフレ率を考慮した名目数値が採用されているのに、永久成長率にインフレ率を加味しないのは、apple to appleの分析になっておらず、おかしい。」というのが実務的な肌感覚であることも確かです。
日本の場合、日本銀行が物価安定の目標として、消費者物価の前年比上昇率を2%に定めているなかで、永久成長率0%、すなわち名目値であるFCFが全く増加しない、という状況はバリュエーションの全体感として整合性を欠く状況ともいえます。

筆者としては、個別企業が経済全体の名目成長率並みの成長率を長期的に保てるとは言い切れないものの、インフレ率が徐々に高まっている日本において、インフレ率を下限とした永久成長率を採用するという形は、DCF法におけるWACCのベースとなっているCAPM[17]に用いられるリスクフリーレートやマーケットリスクプレミアムの概念とも整合性がとれており、現実的なアプローチであると考えています。

Aswath Damodaran教授の指摘[18]の通り、永久成長率の上限は、対象会社が事業を行う国の経済成長率(≒名目GDP成長率)であることにも注意しましょう。一企業が、事業を行う国の経済成長率を超えて永久に成長することは、理論的に矛盾します。

式として記載すると、永久成長率gは次の不等式のレンジ感で検討する形でしょうか。

インフレ率≦ g ≦ 名目GDP成長率

なお、名目GDP成長率≒実質GDP成長率+インフレ率と定義されますが、実質GDP成長率やインフレ率は、IMFが公表するWorld Economic Outlook[19]を参考にしたり、インフレ率は財務省が公表[20]している物価連動債の利回りと国債の流通利回りの差を採用する場合を比較的多く見かけます。

③継続価値は永久成長率でなくマルチプルで算出している

永久成長率から継続価値を求めるのではなく、マルチプル法によって求める考え方もあります。
マルチプル法で、企業価値/EBITDA倍率を用いる場合、継続価値はEBITDAに類似会社の当該倍率を掛け合わせることで算出します。

『バリュエーションの教科書』[21]に記載がある通り、予測期間終了後に売却する気がなく、上場も前提としないとしても、「継続価値を『もし売るとしたらいくらで売れるか』というマルチプル法に基づいて算定する方法は、永久成長率をどう置くか、という雲をつかむような根拠づけで算定するよりは、説得力・説明力がある」という件は、バリュエーションの実務を担当する側としては、まさに我が意を得たり、ということになると思います。

一方で、マルチプル法には、類似会社の選定の難しさや、類似会社の倍率の算出時点と将来の倍率の整合性といった課題もあります。

マルチプル法によって算定される継続価値から、逆算して永久成長率を求める、または永久成長率法によって算定される継続価値から、逆算してマルチプルを求める、といった形で永久成長率法とマルチプル法の両方を計算することで、両手法の弱点を補う形が望ましいと考えられます。

また、マルチプル法で逆算して得られる永久成長率が、名目GDP成長率を上回る場合は、上述したマルチプルの前提条件を疑った方がいいと思います。

まとめ

本稿では、DCF法における企業・事業算定において大きな影響を及ぼす継続価値の重要な構成要素である、永久成長率について実務的に採用されている数値やその理論的な考え方を説明しました。

実務でM&Aや投資管理を行っている役職員の方にとっては、永久成長率についてどのように意思決定していくのかディスカッションしたくとも、十分にしにくい専門的な項目かもしれません。今回の最近の動向も含め改めてまとめさせて頂いた内容が、皆さんの実務に活きれば幸いです。


[1] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12515.html

[2] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12525.html

[3] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12322.html

[4] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12162.html

[5] https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100U5XY

[6] https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100TPJM

[7] https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100TNT0

[8] https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100TMRX

[9] https://disclosure2.edinet-fsa.go.jp/WZEK0040.aspx?S100SUV5

[10] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-20610.html

[11] EBIT×(1-税率)、EBIATと同義

[12] https://globis.jp/article/2099/

[13] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12245.html

[14] 「DCF法による企業価値・株主価値評価の諸問題について-保有キャッシュの扱い、予測期間、残存価値における成長率を中心に-」『早稲田国際経営研究』早稲田大学WBS研究センター,第43号,pp.43-54,2012年

[15] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12055.html

[16] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12002.html

[17] https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11620.html

[18] https://pages.stern.nyu.edu/~adamodar/New_Home_Page/valquestions/stablegrowthrate.htm

[19] https://www.imf.org/external/datamapper/PCPIPCH@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD

[20] https://www.mof.go.jp/jgbs/topics/bond/10year_inflation-indexed/bei.pdf

[21] バリュエーションの教科書 企業価値・M&Aの本質と実務,森生明 著,東洋経済新報社,2016年 5月

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