前回に続き今回も、スタートアップのどの環境因子が働く人の感情を動かしているか、インタビューを通して検証した結果をご紹介します。
最終回となる今回はさらに、スタートアップへの転職へ踏み出そうとしているあなたへ、事前に確認しておいた方がいいことや、スタートアップで働く環境を肌で体験できる施策をご紹介します。
因子の特徴から見えてきたスタートアップの魅力
どのような因子の関係により満足になるのか?
ここまで、感情因子と環境因子の組み合わせにより満足に至る構図を検証してきました。改めて、満足している人、不満を抱えている人と因子の関係を整理してみます。
(1)満足を得ている人の感情と環境因子の関係
満足している人は、以下のように定義できます。
満足している人:感情因子の組み合わせが環境因子によってポジティブに動かされた人
インタビューの中で抽出することができた例は以下のようなものでした。
- 仕事の幅が広がり、新たなスキルを身に付け、成長実感を持っている。
- 責任あるポジションで仕事の裁量権が与えられ、コントロール感を感じている。
- 経営者との距離が近くダイレクト感を感じている。
- 一緒に働く仲間や経営者と何でも言い合える感覚がある。
- 働き方の自由度が高いことに満足を感じている
(2)不満を抱えている人の感情と環境因子の関係
不満を抱えている人は、以下のように定義できます。
不満を抱えている人:感情因子の組み合わせが環境因子によってネガティブに動かされた人
インタビューの中で抽出することができた例は以下のようなものでした。
- 会社情報の開示が少なく、入社前後にギャップを感じている。
- インフラ環境が整っておらず、利便性が悪いと感じている。
- 想定より会社の成長スピードが遅い、もしくは成長スピードに対して制度や管理が追い付いていない。
- 会社のフェーズが変化して経営スタイルが変わり、経営者や会社に共感できなくなった。
- 経営者や仲間と合わなくなっても異動など環境を変える機会がない。
- 家族に収入や時間的な負担をかけている。
検証結果に基づく「スタートアップの魅力」とは?
さて、満足を感じる人、不満を感じる人の感情と環境の構図が整理できたところで、改めてスタートアップの特徴的な魅力をまとめます。
(1)仕事の幅が広い
インタビュー結果からは、「経営に関わる業務や、複数部門(事業開発や経営戦略など)に跨った業務ができる」「内部統制など未構築の部分にも自ら携われる」などのコメントが寄せられました。
特に、前職で経営に関わってみたいと考えていた人や、得意な分野以外の仕事もやってみたいと考える人が、スタートアップでの仕事の幅の広さに満足しているとわかりました。
また「任される仕事の幅が広い分、ハンドリングが難しかったが、自分の成長に繋がっている」というコメントもありました。
経営や部門を跨ぐ仕事に関わってみたい! 会社の制度を一から自分の手で作ってみたい! と考えている方には、挑戦しがいのある環境が待っているかもしれません。
(2)責任あるポジションで仕事ができる
ここで述べている“責任あるポジション”とは、肩書ではなく「実務での責任や役割」などの体感を指します。
インタビューでは、「実務での責任や役割が大きくなり、“自分自身”に任されていることを実感できる」「経営者からの期待感がモチベーションに繋がっている」というコメントが多く得られました。
スタートアップでは、責任あるポジションを任されることが大企業と比べて多くなるため、自らの意思決定が企業の意思決定に結びつくなど、自分自身が企業を動かしている実感を得られるようです。
(3)個人に裁量や決定権がある
インタビューでは多くの人から、「物事の決定までが個人で完結している」「体系だったレポートラインとは関係なく“自分”の意見が経営者に発信できる」などのコメントが多く得られました。
最終決定するのは経営者/代表取締役であるものの、前述の(2)と同様、自身も意思決定に参加できる環境自体がモチベーションに繋がっていることがわかりました。
しかしその一方で、裁量の大きさは、スタートアップの成長フェーズと反比例しているとの意見もありました。例えば、「上場に近づくにつれて個人の裁量は小さくなり、創成初期に比べると気軽に提案できなくなった」「レポートラインを守った提案が必要になった」という印象を抱いたケースもあるようです。
ただ、個人の裁量が大きく、経営者に直接提案できる環境がある、というのは、スタートアップの大きな特徴であることは間違いありません。
転職への行動を踏み出すあなたへ
さて、これを読んでくださっている大企業で働くあなた、以下のようなことでお悩みではありませんか?
- 決裁者が多く、すぐには希望が通らない…
- 責任あるポジションにはいつ就けるのかな…
- 会社を動かしている手触り感がない…
- 組織が硬直していて、なかなか変えられない…
これらの悩みに対して、スタートアップへの転職は一つの解決手段になるかもしれません。もしこれを読んでスタートアップの世界に興味を持って頂けたら、ぜひ一度スタートアップへの転職を考えてみてください。
今の企業で働きながらスタートアップを体験するには?
一方で、スタートアップの魅力を感じ、その環境に身を置きたいと思ったとしても、新しい環境に踏み出すには不安があるものです。
そういった悩みを持つ人に向け、最近では今の企業に所属したまま、自身の能力を試したり、企業とのマッチングを確かめたりすることができるサービスが増えています。具体的には次の表に示すようなサービスがあります。
表4-1:現在の企業に所属しながらスタートアップに関われるサービス
サービス名 | 内容 | 具体的には |
---|---|---|
LoanDEAL | 大企業からベンチャーへのレンタル移籍 | 大企業の人材が12か月程度ベンチャー企業で働き、価値創造や事業開発に取り組む仕組み |
Lotsful | 副業マッチングサービス | ベンチャーをはじめとする企業・団体と個人をタレントプランナーがつないでくれるサービス |
サンカク | 副業マッチングサービス | 社外での体験を通じてキャリアアップのきっかけを提供するサービス |
エッセンス | 他社留学、プロボノ | 一定期間自社から飛び出し他社のプロジェクトに参画する越境型の研修サービス |
enFactory | ベンチャー留学 | ベンチャー企業で週1程度の実践経験を積むことができるサービス |
サービスグラント | プロボノ | 多様な経験とスキルを持つ人々の社会参加と多くの社会課題解決のために「プロボノ」を推進できるサービス |
ふるさと兼業 | プロボノ | 都会で生活しながら地域に関わる、大企業で活躍しながらNPOや中小企業、ベンチャー企業に関わることができるサービス |
転職リスクを低減できる制度事例
スタートアップで働く人の中には、カムバック制度と呼ばれる自社の制度・仕組みにより転職のリスクを低減している方もいらっしゃるようです。
カムバック制度とは、自社の退職者を再雇用する制度です。日本では「出戻り制度」とも言われています。多くの海外企業では、一度自社を離れた社員は貴重な人的資源として捉えられています。そのため、離職者に対して会社側が継続的にコミュニケーションを取り続け、優秀な人材の再雇用に繋がるなどの施策を行っています。
転職を考えている方は、一度、自社の制度を調べてみることをおすすめします。
スタートアップ入社前に確認しておきたいこと
最後にスタートアップ入社前に確認しておきたい項目を以下に示します。事前に中で働く人にヒアリングする機会を設けてもらう、信頼できる転職エージェントに志望する企業の情報を確認するなど、可能な範囲で確認できるとよいでしょう。
表4-2:スタートアップ入社前に確認しておきたい情報リスト
項目 | 内容 |
---|---|
業務内容・仕事の内容 | 会社から求められている仕事の具体的な内容、上司・関係者はどんな人か? |
自身のスキル・経験(CAN)と仕事のマッチング | ①の業務内容に自身のスキルや経験がフィットするか? |
役職・自己裁量の範囲 | 自分はどのポジションで働くのか、①の業務内容において自身がどこまで意思決定できるのか? |
勤務時間・残業時間 | 自分の求める勤務時間や残業時間の許容範囲と会社が求める働き方はマッチしているか? |
事業内容・経営方針 | ホームページに記載してある事業内容と実態がマッチしているか? |
企業文化・風土 | ホームページや1度の会社訪問ではわからないもの。自身が望む環境なのか現場をチェック |
経営者の人柄 | 会社のトップとして魅力を感じるか? |
社員の人柄/人間関係 | 企業文化・風土を作っているのは社員。経営者だけでなく、複数の社員と対話してみる |
直近の採用数/離職率 | 多数の採用や離職が起きているとすれば、会社の事業内容や経営方針に変化が起きている可能性も |
財務状況 | 直近3ヵ年の損益(PL)と資産(BS)及びキャッシュフローの推移はどんな状況か? |
特に、第3回でご紹介した不満につながる要素に着目すると、以下のような視点で事前に確認できるとよいでしょう。
(1)社員同士が気軽なコミュニケーションを取れているか?
インタビューおよびその後の検証の中では、スタートアップでは社員同士や経営者とのコミュニケーションが大切だと感じている人が多いことがわかりました。特にスピード感を持って仕事を進める中で、迅速かつ円滑なコミュニケーションや相談しやすい心理的安全性を重視する傾向がありました。気軽なコミュニケーションは満足につながる重要な要素のようです。
(2)ステージごとに変わる仕事観をイメージできているか?
スタートアップの場合、創成初期(シード・アーリー)は複数部門に跨って幅広く業務を行う必要がある一方、IPO前は会社の制度整備やステークホルダーに対しての価値提供が必要となります。創成初期からIPOまでの間には、経営者が変わる、利益重視へ方針転換する、レポートラインができる、など様々な変化が起こります。これらステージの変化により会社の雰囲気が大きく変わった、というコメントも多くありました。ステージごとに仕事観が変わることをイメージしておくことも必要です。
(3)入社後の仕事内容を詳しく擦り合わせできているか?
スタートアップの経営者が持つ「革新的なビジネスモデルによって社会にイノベーションをもたらしたい」という熱意に心を動かされる人も多いでしょう。その熱意がスタートアップに飛び込む大きなきっかけになる、との意見も多い一方、入社を決めた方の中には、「事前に言われた仕事の範囲まで担当させてもらえなかった」「フェーズが変化するにつれて望んでいない仕事も増えた」といった経験をした方がいることもわかりました。入社後に、やりたい仕事と違っていた、などということを起こさないためにも、入社前に、具体的に会社側と業務内容や範囲をすり合わせすることをおすすめします。
ただし、スタートアップの環境は変化も多く、事前に聞いていた仕事内容が変わる場合も十分あり得ます。そのような変化を前向きに捉えて、楽しみながら乗り越えるマインドもスタートアップで働くには必要かもしれません。
まとめ
- スタートアップの魅力は、仕事の幅が広く、自分の専門以外にも複数の部門を経験できること。責任あるポジションを任される機会が多く、より会社の成長に貢献していると実感できること、個人の裁量と意思決定権が大きく、自分のアイデアを実現できる環境があることです。
- 転職に迷っている人は、まず現職を続けながらスタートアップを体験する方法や、転職リスクを低減できる制度を検討してみましょう。
- 入社前には、社員や経営者とのコミュニケーション、ステージごとの仕事観の変化や入社後の詳細な業務内容など、スタートアップの特徴を考慮して、可能な範囲で確認をしましょう。
筆者から読んでくださった方へのメッセージ
私たちは、経済成長のカギであるスタートアップ企業を活性化するため、大企業からの人の流動を支援したい、転職に踏み出せずにいる人の背中を押したい、この想いで本連載を執筆しました。
大企業からスタートアップへの転職は、たくさんの不安と迷いがあるはずですが、インタビューした方の大半が、スタートアップへの転職に満足していることに驚きました。
スタートアップでの経験は、あなたのキャリアに新たな価値を加え、成長を促してくれるはずです。勇気を持って変化に飛び込んでみませんか?本連載があなたの新たな一歩のきっかけになれば幸いです。