東京海上×OC ―海の「デジュール」と「デファクト」の共創
本田拓馬氏(以下敬称略): 担当者の熱意という点では、鈴木さんも本当にありがたい存在です。
松尾和晃氏(以下敬称略): デューデリジェンス(DD)の際にも、会社の中で案件を通すための仮説を明確にお持ちで、それを検証されようとしているように質問から感じ取ることができました。

中安: 鈴木さんもぜひ、自己紹介をお願いします。
鈴木祐介氏(以下敬称略): 東京海上の鈴木です。2004年に新卒で外務省に入省し、核開発問題やアジア諸国との経済連携協定、フランス留学・駐在などを経験しました。2009年にはアフリカのジブチに数週間滞在し、自衛隊の皆様とともにソマリア沖海賊対策に従事しました。その際、護衛艦や哨戒機による目視という物理的な方法で警戒監視活動が行われている現状を目の当たりにし、広大な海のモニタリングという挑戦の大きさを実感しました。
外務省を退職後はマッキンゼーでコンサルタントとして企業の経営戦略に携わり、その後、日本のGDPを押し上げるような新しい産業創造に関わりたいと強く思い、2019年から独立系VCに転身しました。その後、2023年に東京海上に入社しました。独立系VC時代もCVC活動に従事していたので、スタートアップ単体で取り組めることや大企業と組むことでより加速することのそれぞれがあると感じていました。その経験から、スタートアップと大企業が連携してイノベーションを推進し、新たな事業や産業を創出することにチャレンジしたいと思っています。大組織のロジックがわかり、経営や戦略の経験がありスタートアップ投資にも従事した経験をフル動員し、日々 挑戦をしています。
保険会社なので保険がメインの事業ですが、世の中の安心安全につながる新規事業を生み出す取り組みも積極的に行っています。損害保険会社が保険以外の新規事業を立ち上げようとしているのは世界でも稀有なことだと考えており、それ自体刺激的な挑戦だと思っています。
中安: 今回弊社と同じくシリーズAでご出資いただいたかと思いますが、出資の背景についてもお聞かせいただけますか?
鈴木: 投資にあたっては、足元で具体的な協業が描ける先に投資することもあれば、当社のパーパスに合致する成長有望企業には幅広く投資することもあります。今回は後者のケースでの出資でした。グロービスさんからのご紹介でしたね。
OCさんの事業内容から、関係しそうな事業部は特定できるので、初回面談時から事業部と一緒に話を伺いました。アイデアベースで様々な連携可能性について盛り上がったのが印象的です。具体的な連携に繋がるのはもう少しOCさんの事業成長を待ってからと思いますが、可能性がとても広がっている。また会社の成長性も非常に高いと考えたので、成長有望企業に投資するという観点にも整合すると判断しました。これほど海に囲まれた海洋国家である日本で、事業ポテンシャルがないわけがありません。海外でも防衛領域でUSVを推進しているスタートアップはありますが、日本では民生利用のポテンシャルも大きいと考えています。初回であれだけの連携可能性の議論ができるということは、それだけ成長の可能性が広い証拠でもあると思います。
中安: ちなみに、最初にOCさんと出会った時の印象はどうでしたか?
鈴木: 皆さん、すごくフェアに情報提供や議論を行ってくれる方々だと思いました。良いこともリスクも明らかにしてくださる。なぜこれほどフェアに議論できるかというと、経営のリスクアセスメントやシナリオプランニングが十分にできており、機会や脅威等の分析に自信を持っていらっしゃるからなのだと思っています。そして、それを支える経営メンバーやチームの能力が皆様突出しているからだと感じています。シナリオを重層的に評価しているので、リスクがしっかり考慮されており、フェアに投資家ともコミュニケーションを取ってくれます。フェアネスはすごく大事だと思っているので、ありがたいですし、安心感・信頼感につながります。
本田: CEO二人の体制は特殊だと思っていますが、私たちとしてはかなり良い組み合わせだと感じています。一回り年齢が違うのもメリットですね。私は熱意で突っ走ってしまうタイプですが、小畑(小畑実昭氏:本田氏とのOC社共同代表)が冷静にリスクなどを分析して、経営経験をもとにバランスの取れた意見を提示してくれます。私も小畑から学ぶことが多いですし、小畑も私の馬力に助けられていると感じていると思います。バランス感覚がディープテック領域では非常に重要です。
鈴木: ディープテックのパッションと冷静さというところは、スタートアップと大企業の関係に近いのかもしれません。一般的に、スタートアップは最初からルールメイクに入っていくより、規制やルールが曖昧な領域でもまず事業を開始することが多いと思います。そこをルールメイクに強い大企業と連携するのは一つの型だと思います。デファクト(実態作り)から進めていく世界と、デジュールの(法的な)ルールを整備する世界のバランスが重要なのかなと。OC社は既に自らルール作りにも積極的に取り組まれていますが、密に連携していきたいですね。
松尾: 安全性は相当重視してはいますが、関係省庁なども巻き込んでいくには大企業との連携が必要です。
本田: 現在は所謂ミニボート規格の中で運用をしていますが、今後100機、1,000機と展開しようとする中で、新たなインフラとして適切なルールメイクをしない状態で進めるのは社会的責任として問題があると思っています。大企業の皆さんと一緒にUSV群制御の安全性なども意識してルールメイクに貢献していきたいです。
オープンイノベーションにおける一歩手前の”踊り場”の重要性
寿賀大輔氏(以下敬称略): 日本郵船のイノベーション推進グループは事業部に所属していません。技術本部に所属しながらP/Lに見えないところを推進していくのが役割で、事業部に押し込まれていないからこそできることだと感じています。
鈴木: CVC界隈でもよく「踊り場を作れ」という話があります。特にアーリーステージのスタートアップの事業はまだ事業部と組んでP/Lに反映できるフェーズにはないことも多く、その手前で踊り場として連携アイデアを温める役割が必要なのだと思います。
本田: 踊り場の存在はありがたいですね。事業部とドッジボールにならないように相談に乗ってくださるのは非常に助かります。保険という観点では東京海上さんには大変お世話になりました。前職で宇宙関連の保険を東京海上さんに組成してもらった経験がありましたが、その時から新しい事業に対するスタンスを感じており、物事を一緒に創っていけるような感覚を抱いていました。OCの事業の保険というとUSV関連の保険なのか?と端的に思われがちですが、海を見える化することで様々なリスクを軽減できるため、様々な産業のリスクに対する保険に関連していくと考えています。
松尾: フロンティア領域での事業の成立には保険の組成が必要なことが多いと思います。一方で、保険組成の為には、一定のリスクの可視化・低減が必要だと考えており、これを当社のサービスによって支援できるのではないかと考えています。私たちの海洋観測プラットフォームによってリスクを可視化・低減し、これまで考えられなかった保険が作れるかもしれませんし、海の様々な新しい事業、産業の立ち上げに寄与できると考えています。
鈴木: そもそも保険は新たな技術等のリスクをヘッジして、社会受容性を高める機能があると思います。ゆえに弊社も新しいビジネスを常に模索しながら、保険で社会実装を後押しできないかと考えています。古くは1914年に自動車保険を国内で初めて作ったのが一例ですが、リスクを社会全体として受容できるようにしていくのが保険の価値です。
本田: 郵船さんとの取組もリスク低減に関連する話なので、3社連携で一緒に保険を作るような事業もできたら良いですね。
海と宇宙、そして周辺産業を巻き込み、新市場創出の好循環へ
本田: 海と宇宙という観点だと、お互いフロンティア領域なので、各論では議論されてきましたが、掛け合わせて議論する機会はこれまでありませんでした。無人機を領域横断(水中から宇宙まで)で使うという話がある中で、海の下と上では特に通信という観点では大きな違いがあります。私たちは海の下(音波中心)と上(電波中心)、両方にインターフェースを持つインフラになることで、これらを繋げることができると考えています。
今、日本郵船さんと取り組んでいるのは、海の課題を宇宙から解決し、宇宙の課題を海から解決するという双方のアプローチです。双方に目を向けていくことで新しい価値を生み出していきたいです。
松尾:また、宇宙でもエネルギーマネジメントや通信など様々な課題がありますが、海でも類似する課題が存在します。海に無人機の世界が広がることが、これらの課題を解決するような太陽電池やバッテリー等のコンポーネント、素材等の需要を生み出すことにも繋がっていると考えます。自動車ほどの数ではないものの、百、千単位のドローンによる新しいインフラを作っていくので、大きなインパクトがあるはずです。
寿賀: ロケットの再利用以外でも、そもそもロケットの打ち上げプラットフォームを構築する際にもOCのサービスは必要になります。現在取り組んでいる自律運航システムの確立には、高速通信が課題になってきます。宇宙事業に携わるひとつの理由は、衛星の打ち上げ頻度が上がると、高速通信インフラの整備につながり、我々のような海運会社にも有益だからです。船乗りとしても船上で地上と同じように通信が使えることで、陸上の家族との円滑なコミュニケーションが可能になるなどのメリットがあります。私たちが持っているアセットを宇宙産業に提供し、宇宙が発展していくことは非常に重要だと考えています。
宇宙関係の方は船のことに詳しくありません(もちろん当然ですが)。相互理解を広げることで、日本経済も発展していきそうですし、新しい事業・市場創出のポテンシャルを感じています。弊社としては祖業にもつながるところなので、好循環を作っていきたいと考えています。
本田: まさにオープンイノベーションとは相互理解ですね。お互いの産業をしっかり理解した上で、みんなが仲間でWin-Winになれる世界を作っていきたいです。
松尾: 様々な事業者、当局、自治体、漁業者等、海洋産業はステークホルダーが多様な領域だと感じています。当社が取り組む海の見える化を通じて、ファクト・データを蓄積し、様々な主体がよりよい合意形成、意思決定を行う基盤として貢献できると考えています。例えば、鎌倉市や漁業組合等と進めている密漁監視プロジェクトでも、数十年認識されていた課題に対し、現状の可視化から始めることで新たな議論と解決策の創出に貢献しています。
鈴木: 海も宇宙もそれぞれまだまだ新しい領域です。東京海上も海上保険が祖業ですが、海はまだまだ未知のことが多いです。海洋資源の活用もまだ可能性ばかりですね。
OCさんとの事業連携アイデアが多く生まれるのは、それだけ可能性がある領域という証左だと思います。宇宙と組み合わせていくことで、さらにポテンシャルが広がると思います。この可能性を広げ、産業として確立していくために、安心・安全を担保し社会受容性を高めていくことが私たちの使命であり、貢献していきたいと考えています。
