巨大テックと石油会社を結ぶ、資本主義の共通言語
—— まず、今回「価値移転」というレンズで資本主義を構造化しようと考えた、野本さん自身の問題意識からお聞かせください。
ベンチャーキャピタルという職業柄、世界の時価総額ランキングで上位に君臨する企業を分析する機会があったのですが、そこでふと、ある事実に気がつきました。
現在の世界ランキングトップ30にはビッグテックが並びますが、その中にサウジアラムコのような石油会社も堂々と名を連ねているのです。
最先端のIT企業と石油会社が、同じゲームのルールで戦い、上位にいる。そこには業種を超えた「資本主義的な共通原理」があるはず。
そう考えたのが、ビジネスを抽象化し、「価値移転」というフレームワーク化を始めたひとつのきっかけでした。
また、実務上の課題感もありました。
資金調達の相談を受けるなかで、素晴らしい事業であるにもかかわらず、「エクイティ(株式資本)を入れて急成長を目指さないほうがいいのではないか」と感じる事業も少なくありません。
その差分、つまり「資本の論理」に乗せるべきものと、そうでないものの境界線はどこにあるのか。それを言語化したいという思いもありました。
「YouTube」の付加価値はどこから生まれるのか? 埋もれたリソースを再定義する
—— 本書では「ゼロから創らない」ことの重要性が語られています。私たちの身近な事例から、この「価値移転」のダイナミズムをどう捉えればよいのでしょうか。
究極的に商売とは「仕入れて売る」という構造に他なりませんが、このレンズは、その中で見落とされがちな成功要因をあぶり出すのに有用です。
例えば、初期のYouTubeを考えてみましょう。
当時、多くの個人が、自らの時間や労力を投じて動画をアップロードしていましたが、その動機は必ずしも金銭的な対価ではありませんでした。
むしろ、「誰かに見てほしい」「表現したい」といった承認欲求や自己実現に根ざしたものでした。
このような個人の創作活動によるコンテンツは、値付けされていないリソースでした。
YouTubeは、それらの動画を「視聴トラフィックを生むコンテンツ」として再定義し、集まってきたユーザーを広告主のエコシステムへと接続し、それが広告収益に転換されたのです。
ここには、異なる価値体系のあいだに存在するズレを利用した、典型的な価値移転の構造が見て取れます。
そして現在、このダイナミズムがわかりやすい形で現れているのがAIの領域です。
私たちが発するテキストや生み出してきたコンテンツが無償で学習データとして吸い上げられ、企業側はそれを元にサービスで稼ぐ。
著作権等の外部不経済を引き起こしながらも「価値移転」が行われているのが、AIの最前線です。

効率化が「個の尊厳」を壊す。資本の論理とは異なる前提で扱うべき領域
—— 「価値移転」の威力を知る一方で、野本さんは資本の論理が及んではいけない「聖域」の存在についても強く主張されています。法律家としての視点も含め、その境界線はどこにあるとお考えですか。
資本主義が求める「スケール(規模の拡大)」とは、すなわち個別対応をしないこと、「標準化」を意味します。
この標準化との相性がいいかどうかこそが、資本主義の論理を適用すべきか否かの重要な境界線のひとつなのではないかと考えています。
AIの発展も著しいのも確かですが、AIの出力も現時点においてはあくまでも最大公約数・平均値的なものであり、「標準」の延長線にあるものですし、身体的あるいは感情的機微を察知するレベルには達していません。
私が危機感を抱いているのは、この資本の論理を、初等教育や保育、医療といった領域に無自覚に持ち込むことです。
高等教育や社会人教育は別として、例えば初等教育において、効率化と規模の拡大を徹底的に追求し、パターン化と平準化を行ったとしましょう。
そして、「このルールに合わない子どもは、顧客ターゲット外です」と切り捨てるようなことが起きれば、それはもはや目も当てられない悲惨な状況です。本来あるべき教育の価値が根底から毀損されてしまいます。
医療も同様です。
著書でも触れましたが、PE(プライベート・エクイティ)ファンドが病院を買収すると、患者の死亡率が上がるというレポートがあるそうです。
これは経済原理を優先し「受け入れてはいけない患者」の選別が行われたことも一因なのではないかと言われています。
利益の最大化を追求する経済原理と医療の公共性や命の平等は、しばしば衝突するのです。
私は元々法律家で、個人の尊厳を守るという憲法の理念が思考の根底にあります。
お金を払おうが払うまいが、まともな初等教育を受けられ、きれいな水を飲める。これらは個人の尊厳に関わる問題です。
こうした「脱商品化」の系譜にある社会基盤やエッセンシャルワークは、資本の論理と明確に切り離されていなければならない。
そこを資本に絡め取られてしまえば、極めて生きづらい世の中になってしまうと思います。
「生存本能」から生まれる違和感こそが人間の価値
—— AIが人間の知能だけでなく、身体的なスキルすら代替し、資産として複製できる時代が来ようとしています。人間がAIのシステムに組み込まれ、競争が激化していく未来において、それでも人間にしか残されない「最後の聖域」とはどこにあるのでしょうか。
AIの進化、特にフィジカルAIの領域で起きていることは、これまで人間の身体に宿っていたスキルがソフトウェア化され、無限に複製可能な「資産」に変わっていくプロセスだと言えます。
例えば自動運転が実現すれば、運転能力という身体スキルはネットワークを通じてどこへでも複製・転送できるようになります。
では、それによって人間の仕事が奪われ、大量失業が起きるのか。
私は単純にそうはならないと考えています。なぜなら、テクノロジーを導入する企業自体が「資本」の論理で動いており、絶え間ない成長を義務付けられているからです。
AIで業務を効率化して満足するのではなく、他社に競り勝つために、浮いたリソースや人間をさらなる競争へと投入していく。
結果として、AIの隣で人間のモチベーションを管理するコーチ役や、AIの物理的なエラーを直す仕事など、人間は別の役割にアサインされ、引き続き競争は激化していくのではないでしょうか。
この過程で、AIという新たな生産手段を所有・運用する「資本家」と、それを利用させてもらうしかない「労働者」の間の分断は、かつてないほど広がっていくでしょう。
そのような中で、人間にしかできない「最後のフロンティア」とは何か。
私は、一つは「身体性と共感」であり、もう一つは「問いを立てる力」だと考えています。
幸福を感じる脳内物質の分泌に関わるような、ウェルビーイング、リラックスやケアのサービスや、人間同士が物理的に同じ場に集まって連帯感を感じる音楽ライブのような祝祭的な体験は、当面は、どれだけテクノロジーが進化しても代替されにくいでしょう。
もちろん、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)のような技術が発達した暁には、技術的に脳内物質の分泌を促したり、連帯を感じさせたりすることができるようになってしまうかもしれませんが。
そして何より重要なのが「問いを立てる力」です。
AIは与えられた目的を効率的に達成することは得意ですが、自ら目的関数をセットすることはできません。AIの時代に突入しつつある昨今、「問いを立てる力」の重要性はさまざまなシーンで叫ばれています。
しかし、「問いを立てる力」がどこから生まれるのか、その発生源については、必ずしも十分に語られていないように思えます。
「問い」とは、「解きたい」という欲求と表裏一体で共起するものです。
私たちが何にアテンションを向け、何を重要だとみなすかを決めるのが欲求です。
もし私たちに欲求がなければ、世界は単なる雑音の集合にすぎず、「解きたい」事象は決して浮かび上がりません。
つまり、欲求に応じて何かしらの違和感を覚えることが、「問い」の出発点です。
そして、究極的に人間が「何に違和感を抱くか」は、「生きたい」「子孫を残したい」という、生命体ゆえの根源的な欲求と深く結びついているのではないでしょうか。
AIが「種としての保存・複製本能」も体得してしまうと、この人間としてのユニークネスすら揺らいでしまうわけですが、少なくとも現時点においては、AIには到達できない、生命としての違和感、生物的なエラー検知機能にこそ、人間が人間であるための条件が隠されていると思います。
資本というゲームを理解した上で、あえて「生産性のない無駄」を取り戻す
—— これほど巨大な資本のうねりの中で、私たちはどうすれば「自分自身の人生」を取り戻せるのでしょうか。
資本は非効率なものをドライに乗り捨てていく性質を持っています。
この中で自分を見失わないためには、まず「自覚する」ことが不可欠です。
自分が今、資本に乗り移られているのか、1人の人間として動いているのかをメタ認知するのです。
私自身、金融に身を置いていることもあって、ともすれば生活のすべてが資本の論理に取り込まれそうになります。
だからこそ、意識的に「何の生産性もない無駄なこと」をする時間を設け、資本を憑依させる時間と、人間として過ごす時間を分離するように努めています。
完全に分離することは難しいですが、少なくとも、自分がどちらのモード下にあるのかは意識するようにはしています。
本書は表面的にはビジネスモデルの概説書ですが、その根底には、資本主義の可能性と限界、そして世界の有限性へのメッセージを込めています。
資本の論理を理解し、それを乗りこなして存分に「価値移転」を仕掛けていくのも一つの生き方です。
一方で、資本の力学に違和感を抱くなら、そこから意識的に距離を置くのも立派な選択です。
重要なのは、資本主義というゲームのルールを解像度高く理解した上で、自分なりのスタンスを決めること。
この本が、皆様にとってそのための「見晴らしの良いレンズ」となれば幸いです。
ゼロから創らない戦略 イノベーションを駆動する「価値移転」の法則
著:野本遼平 発行日:2026/1/25 価格:2,420円 発行元:日経BP 日本経済新聞出版
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