危機感はヒット商品の母?
「千三つ」。新商品を1000個出してもヒットするのは3つぐらいしかないといわれるのは飲料市場が代表格だが、スナック菓子市場の激しさもそれに劣らない。あまたの新商品が発売され、新商品・定番商品入り乱れて店頭の棚を奪い合い、1年後に生き残っている新商品は1つ程度だという。そんなスナック市場で、10年間以上かけて確実に育って定番化した商品がある。カルビー「堅あげポテト」だ。
新タイプの商品が開発されるきっかけは、「市場の危機」である場合が少なくない。例えば、筆者がかつて取材した事例では、チューイングガム市場が「若者のガム離れ」によって2002年から縮小に転じたことを背景に、「噛むとフニャン」のロッテ「フィッツ」が開発された。市場のリーダーにとって縮小は存亡にかかわる危機であるからだ。市場のチャレンジャーにとっては、危機はチャンスである。カップ焼きそば市場で若年層の食用率低下をキャッチしたエースコックは、従来にない縦型カップで、若者が好む「ながら食べ」を実現することを軸に「JANJANソース焼きそば」を開発した。両商品とも大ヒット商品となった。
「特に大きな危機は感じていなかったと思います」。
当時、自分自身は開発担当スタッフではなかったという前置きをしたものの、こともなげに、カルビーの担当者は語った。1993年がポテトチップス市場のピークで、その後ゆるやかに市場は縮小しはじめた。その後の2000年代は横ばいが続いたという。
ポテトチップスがグループの売り上げに占める割合は38%。ポテトチップス市場のシェア65%をにぎるカルビーにとっては由々しき事態ではないのか。しかし、その市場の縮小は自社商品ヒットの影響も少なくないという。「じゃがりこ」「Jagabee」。新タイプのポテトスナック菓子が大ヒットしたのだ。
業界では95年の発売時に「じゃがりこショック」が起きたといわれているという。その従来にないポジショニング故だ。スナック菓子は1964年発売の「かっぱえびせん」にしてもポテトチップスにしても、袋をバリバリと開いて、みんなでつまんでワイワイと軽く食べる物だ。それに対してじゃがりこはカップ容器に指を突っ込んで、固い食感を一人で楽しんで食べる。市場がじゃがりこを受け入れたということは、従来の商品に対して、「新たな価値の定義」が求められていることだと社内では解釈したという。
ポテトチップスという商品の価値定義を変える。従来見たこともないようなポテトチップスを作るという大きなチャレンジが始まった。開発者が目を付けたのは、日本では商品化されていない米国の「釜揚げタイプ」のポテトチップスだ。従来のポテトチップスより分厚く、カリカリした食感が楽しめる。
通常のポテトチップスで人気のフレーバーで「味のバリエーション」も訴求したものの売れず、97年にはストレートに「美味しさ」を前面に出して訴えかけたが、やはり市場の反応は芳しくなかった。各種のリサーチや地域限定テスト販売などを地道に続けるが、大きな手応えを得られないもどかしい状態が続いた。
ついに98年。「噛むほどうまい!」というコンセプトにたどりつき、この商品の価値は「噛みしめる美味さ」であることが明確化できた。フレーバーはシンプルな「うすしお味」と「ブラックペッパー」の2種に確定した。
「商品に対する確たる手応えをつかむまでの売れない日々が乗り切れたのは、社内にしっかりファンができていたからです」と担当者は営業マンだった当時を振り返る。彼を支えたのは、「食べてもらえればわかる」という商品価値に対する確信だった。そのため、試食のローラー作戦もひたすら商品の価値を信じて実行したという。その甲斐もあって、商品ユーザーの食用のきっかけは「人に勧められて」が多いという。市場に価値が認められたのだ。
価値を伝えるべき人は誰だったのか
商品は決して万人受けするものではない。「価値が判る人」を囲い込んでいく。そのために、エリア毎に確実に拡大する展開がとられた。通常品は誰もが手に取る商品。「堅あげポテト」は判る人に手に取ってもらう商品。手作り感や職人仕事という価値を共有できる人がターゲットなのだ。ターゲットは年齢の属性でセグメントするというより、価値感が重要である。それ故、当初は20代を中心としたヒットであったが、その後ユーザー層は40代にまで拡大した。
ポジショニングは「自分で買って食べるポテトチップス」。親から与えられたり、家人が買ってきたりしたものを食べるのではない。「親しみ」と「こだわり・通好み」はトレードオフの関係にある。あくまで後者のポジションを取るため、パッケージにはおなじみのジャガイモのキャラクターは存在しない。
大ヒットの兆しを感じる「堅あげポテト」には1点、大きな弱点があった。生産だ。
通常のポテトチップスは「じゃがいもの選別→水洗い・皮むき→スライス→水洗い→180℃で2〜3分揚げる」という生産プロセスをとる。一方、堅あげポテトは「じゃがいもの選別→水洗い・皮むき→スライス→180℃より低い温度で8〜10分揚げる」と、スライス後の水洗いをせず、じっくり揚げ時間をかけるという方式だ。その分、うま味は逃げないが、素材のじゃがいもの選別に妥協ができない。また、揚げ時間は生産効率に直結する。大量生産ができないという弱点になるのである。
「もっと作れば売れるのに作れない」というもどかしさが今度は襲ってきた。しかし、「うすしお味」「ブラックペッパー」の2種のフレーバーでエリアを広げて着実に売っていく。社内では焦らずじっくりと展開することが暗黙の了解になっていた。
そして、機は熟した。市場のニーズの高まりを受けて、2010年度についに「のり味」「コンソメ」の2種を加え、全国の需給担当者とともに、需給バランスの最適化を図り、市場ニーズとのミスマッチを解消した。
特筆すべきは、マーケティング要諦である「整合性」だ。そして、その整合性を生み出しているのは、「堅あげポテト」を支えようとする「社内ファン」の力に負うところが大きい。
「開発・マーケティング→生産→物流→営業・販売」という一連のバリューチェーンでは商品価値を市場に伝えるという目的で整合している。
開発・マーケティング=自ら価値の再定義しコンセプトを確立させる。
生産=生産効率が悪く、体制も整っていない状況でも粘り強く生産する。
物流=生産と市場ニーズのアンマッチが起こると、他エリアから在庫を融通するなどの機動性を発揮する。
営業・販売=いかに手に取って体験してもらうかを考え、試食の機会を作り出す工夫を行う。
マーケティングミックスの「4P」でも、商品価値を高め、保つことで整合している。
商品(Product)=フレーバーを思いつきで増やしたり、消費者調査だけでパッケージを安易に変えたりしない。
価格(Price)=価格訴求でなく価値訴求商品として認知いただけるよう販売チャネルへの働きかけをしっかりとして、ブランド価値を維持する。
販路(Place)=営業が販売チャネルの棚を確実に押さえる努力を惜しまない。
プロモーション(Promotion)=「食べればわかる」という当初のコンセプトを確実に体現するため、地道なサンプリングを重ねる。
「私たちは、“ポテトチップスの1つのブランド”を作るのではなく、“堅あげポテト”というブランドを作りたかったのです」と、担当者は語る。
「新しい価値」を追求し、作り出した商品に誰よりも社内の各部門で関わる社員がファンになり、「わかる人にはわかってもらえる」ということを確信して、各々が各々のポジションで地道な努力を重ねた。
新商品の開発やその成功にあたっては、社内の多くの人間が関わる。組織によって、営業が強かったり、開発が強かったりと様々なパワーバランスがあるかと思う。時に、その壁にぶち当たって、世に出ない商品も多い。しかし、バリューチェーンが一つの想いでつながれば、それは大きな推進力となる。
安直な精神論や理念論に傾倒するつもりはないが、一つの商品を社内の人間が愛し、全員プレイで世に新しい価値を提供したこと、それは素晴らしい偉業のように思える。「営業が分かってくれない」「開発は市場を分かってない」。社内政治の愚痴が始まればきりがない。まずは社内のファンを地道に増やすことから始める。シンプルだが、何か壁にぶちあたっている人には大きなヒントになる。あなたの商品、あなたのサービス、そしてあなた自身には、どれだけ社内にファンがいますか——。