松坂屋上野店の挑戦
コラムのタイトルは「売る技術光る戦略」。「松坂屋上野店、日常使いの食品売り場」「周辺住民向けに献立提案」というサブタイトルが目に付く。
「献立提案」をしているのは、野菜ソムリエの資格を取得した同社の社員。「特別な日のごちそう」ではなく、その日に入荷した日常使いできる野菜を、「日々の献立に困る主婦」に対して手書きレシピのPOPや試食コーナー、アドバイスを通じて販売するという。
その主婦とは店舗近隣在住の中高年層であり、通常の販売形態では「食べきれない」という要望に対し、野菜1本単位で販売する。魚なら切り身一切れ、総菜も通常の半分・50グラム単位だという。但し、価格は安くはない。百貨店らしい品揃え・品質を、顧客にピッタリな販売単位で、さらにメニュー提案や使い方のアドバイスとともに提供する。
商品の品質と価値を、少し高めの価格で受容する近隣の中高年層をターゲットとして商売をしているというのが、松坂屋上野店のデパ地下の構図だ。
記事によれば、同店、同売場の展開は、大丸松坂屋全体の戦略を実現したものであるらしい。大丸松坂屋は昨年から画一的な店づくりを廃し、顧客や立地など個別の特性に対応することで生き残る先戦略に切り替えたとある。そして記事は、縮小の一途を辿る百貨店のひとつの解であると結んでいる。
「縮小の一途を辿る」のは、百貨店業界だけではない。日本市場のこれからを考えれば、人口の推移から容易に想像できる。
縮小する市場での戦い方
日本の総人口は2004年12月の1億2783万8000人をピークに、今後加速度的に減少していく。国立社会保障・人口問題研究所の中位推計では、2050年には1億人を切って9515万人になるとしている。実に50年間で4分の1減少してしまう。筆者もうっかりするとあと50年くらい生きてしまうかもしれない。その時、人口が9500万人に減少した日本に住んでいるのだ。
縮小する市場で「市場シェア」を占有する意義は低下する。一定シェアを維持できたとしても、パイ自体が縮小していくからだ。
「目指すべくは、市場シェアよりも顧客シェア」と言われたのがCRM(CustomerRelationshipManagement=顧客関係性管理)が注目された2000年頃であった。一人一人の顧客を囲い込んで、その顧客のLTV(LifeTimeValue=生涯価値)を最大化する。反復利用を長期にわたって促し、自社に落としてもらう金額をできるだけ多くすることが目標だ。10年が経過して市場縮小が明確になった今、改めてその概念の重要性を高まっているのである。
顧客シェアを高めるためには、囲い込むべき顧客が「自分にピッタリ」と思ってロイヤルティーを高めてくれることが欠かせない。それがデパ地下であれば、自分にピッタリな分量の販売であり、日々の食事にピッタリな品揃えであり、そして、自分に対するアドバイスや提案なのだ。それを、松坂屋上野店のデパ地下は愚直に実行し始めたのだといえる。
景気が回復しつつあるとはいえ、昨今の環境は「ハレの日」を謳歌するゆとりはなく、必死に日々「ケの日」を生きる暮らしである。その中でもゆとりがある層はといえば、今のところ年金がしっかり出ている現在の高齢者と、世代間格差の勝ち組年代ともいわれる中高年だ。記事では売場責任者が「安さを求めるなら、近隣に別のスーパーがある。うちの顧客は求めているものが違う」と言い切っている。ターゲットを絞り込んで、そのターゲット顧客にピッタリな提供価値とポジショニングを明確化しているのである。
百貨店は「ハレの日」の象徴であった。特に高度成長期以来、「小売りの王様」の座に君臨し続けてきた。しかし、百貨店売上高は9兆7131億円を記録した91年をピークに減少に転じた。
もはや「小売りの王様」が君臨する市場という領土は縮小の一途を辿る運命だ。広大な領土を維持する意味はない。必要なのは、小さくとも自らが生きていける、守るべき領土を明確にしてそこでの最適な商売を再構築することが欠かせない。それが、松坂屋上野店のデパ地下の姿なのである。
もちろん、現在の中高年はしばらくするといなくなる。人の世の定めだ。その前に、次の「小さな領土」とそこでの「最適な商売のしかた」に柔軟に組み替えていくことも欠かせないのである。