らんぷ亭の歩み
神戸らんぷ亭は関東エリアで約40店舗を運営する牛丼チェーンだ。同社は1993年にダイエーグループの和食事業として設立され、94年にチェーン展開を開始した。以後の価格の変遷が実に興味深い。
当初、牛丼並290円でスタートしたものの、自社としての適正価格を探りながら数年後にはいったん当時の吉野家と同じ400円の価格に改定。その後、外食産業全体がデフレ景気による低価格競争に突入、同社も外食デフレ戦争に参戦し、2001年に270円の価格を打ち出している。一方、牛丼業界の転機であるBSE問題勃発に際し、2004年に豪州産牛肉に切り替えながら、価格を350円に値上げ。さらに2008年にメキシコ産を加えて380円に再値上げをしている。(Wikipediaの記述を参考)
このように見ると、特に近年は牛肉の産地の変更に対応して細かな価格コントロールを行っているように見える。しかし、実は豪州産牛肉は米国産より一般に仕入れ値が安い。米国産にこだわる吉野家が苦境に立たされている原因としてはそれが大きいのだが、神戸らんぷ亭は米国から豪州に切り替えて値上げしている。つまり、値上げは仕入れ値の問題よりも、独自の価格維持戦略をとる「同社のポリシー」であると考えた方がいいだろう。
2010年1月時点で松屋は全国776店舗。吉野家1176店舗に対し、現在の牛丼No.1であるすき家は1381店舗を展開している。全く次元の違う牛丼3強チェーンと価格的に伍してして戦うには無理がある。圧倒的な規模の経済を活かした調達力、コストリーダーの座をかけた戦いに無理に参戦することは死を意味する。特にダイエーが2004年に産業再生機構の支援を受け、05年に神戸らんぷ亭はIT企業に事業譲渡されるに至り、購買力は極端に低下したことが推測できる。独自の生き残り施策を展開せざるを得ない状況になったわけだ。
規模が小さいことは購買力には劣るものの、悪いことばかりではない。小回りがきくことは最大のメリットだ。
3強に真似のできない差別化戦略
同社は今年1月から「塩牛丼」をメニューに加えた。牛丼のバリエーションとしてはすき家の各種トッピングメニューが人気だ。しかし、それは従来の醤油だれベースの牛丼にあくまで具材を載せたに過ぎない。神戸らんぷ亭の塩牛丼はタレ自体が醤油だれではなく、塩だれなのだ。
さらに7月から「味噌牛丼」をメニューに加え、同社は「牛丼3兄弟」という名称でラインナップした。
「ラーメンにあるのに牛丼はなかった味噌牛丼が日本初登場!!しょうゆ・塩・味噌と「牛丼3兄弟」が出揃う!!」(7月27日PRTIMES)
味噌牛丼は今年3月に2店舗限定で販売したメニューが原型になっている。500円という価格にもかかわらず、多くの注文が相次いだといい、その好評を背景に同社はニュースリリースの中で、開発の背景を以下のように述べている。
ラーメンにはしょうゆ・塩・味噌などバラエティに富んだ味が楽しめるにもかかわらず日本人にとても愛されてきた国民食である牛丼がしょうゆの1種類しかないというのはあまりに世の中のニーズに応えていないと考え、従来の既成概念を打ち破り商品開発に取り組んだ。
神戸らんぷ亭のメニューは、牛丼以外にカツ丼があることが大手牛丼チェーンにない特徴だ。しかし、それ以外は、定食が「おろし牛皿定食」「ハンバーグ定食」「さば味噌定食」。カレーがポークと牛とハンバークの3種があるのみだ。
牛丼戦争における吉野家苦戦の原因の一端はメニュー展開の乏しさにあるといわれている。その意味では神戸らんぷ亭のメニューも魅力的とは言い難い。しかし、調達力に劣後する状況で安易なメニュー拡大は収益の悪化を招くことになる。そこで、同社は牛丼の味付けのバリエーションという大手が手を出しにくい展開を考えたわけだ。
塩牛丼、味噌牛丼は通常の牛丼とタレ自体が異なるため、全く別鍋で調理・サービスする必要が生じる。ギリギリに設計された厨房・調理器に追加設置するには調整が必要となる。また、厨房のオペレーションも複雑になり、マニュアルを修正し、スタッフへのトレーニングと徹底も欠かすことができない。それを800〜1300店舗をかかえる牛丼3強のチェーンが模倣することはほぼ不可能である。
同じ業界のプレイヤーであっても、次元の違う規模で展開している場合、間違っても同じ土俵で戦おうなどとは思ってはいけない。しかし、消費者からは同様の基準で評価されがちなのは確かだ。調達力において規模の経済が働かない神戸らんぷ亭の、価格とメニューにおける魅力不足を補う、「牛丼3兄弟戦略」は、小規模チェーンならではの小回りのきく利点を活かした差別化集中展開だ。
大手同士の戦いの足下で生き残る、大手ができない戦い方に知恵を絞る神戸らんぷ亭の戦略には学ぶところが大きいだろう。