キタムラが置かれた猛烈な環境変化
「ブライダル専用フォトブック発売」。日経MJ6月25日9面に掲載されたベタ記事だ。6月、ジューン・ブライドの季節。発売元はカメラ・プリント店。あまり珍しくもない記事に見える。だが、その裏に隠されている「世の中の動き」と「企業の戦略」には深いものがあるのだ。
記事のタイトルは「ブライダル用フォトブックキタムラ」だ。利用するカップルの要望に合わせて、専任のデザイナーが画像を加工・編集し、フォトブックを作成するという。提供するのは「株式会社キタムラ」。東証2部上場・関連会社店舗まで含めると1200店以上有し、売上高1400億円という大手企業である。同サービスは、結婚式場同様の仕上がりを、もっと利用者が自由に、安価に利用できるようにと開始したものだ。
「フォトブック」は同社が近年最も力を入れている事業である。富士フイルムなども参入している事業であるが、キタムラはスピードタイプや携帯カメラ専用ミニタイプ、大判やワンコインタイプなどの様々なバリエーションを展開し、2010年度40億円の売上げを目指しているという。今回の「ブライダル用フォトブック」もその1バリエーションであるというわけだ。
なぜ、フォトブックに力を入れるのか。それは、同社会長兼CEOの言葉に明らかだ。
(記録メディアにフィルム時代で撮影した)一生分が入るわけですから、消費者はそのうちに印刷しようと思いながら、そのまま印刷しなくなる“癖”がつく。それは、シャッターを切ってその場で映像を見て満足するという習慣の始まりと私はとらえています。北村正志キタムラ会長兼CEO(最高経営責任者)(日経NBon-line)
デジカメ、または携帯で撮影した写真をいつ、プリントしたか記憶にあるだろうか。少なくとも筆者は思い出せない。フィルム代がかからなくなって、さらにはメディアの価格もどんどん安くなり、撮影枚数は増大の一途を辿っている。しかし、誰もそれをプリントしない。
北村会長の言葉にあるように、PCのハードディスクは1TB(テラバイト)という、まさに一生分の画像を蓄積できる容量が1万円台で手に入る。いや、カメラや携帯からPCにデータを移すことすらしない人も少なくない。SDカードは容量が2GB、もしくはSD-HC規格なら16GBのものがカメラには入れられている。そして、カメラの液晶も大型化・高解像度になっており、蓄積されたデータをそのまま見て楽しむことが十分できるようになっている。アルバムを数十冊持ち歩いているようなものだ。
2010年3月27日付週刊ダイヤモンドによれば、DPE(写真の現像・焼き付けサービス)の店舗数は、ピーク時の3万店弱から実質的に7000〜8000店にまで減少しているという。現像が不可欠なフィルムカメラは減少の一途をたどり、プリント需要は減る一方。デジタル化という今や多くの企業が直面する難題に、キタムラはもまた、挑んでいるのだ。
あなた何を売っていますか?
「顧客はドリルが欲しいのではない。穴を空けたいのだ」。ハーバード大学ビジネススクールの教授セオドア・レビットの有名な言葉だが、実は正確には次のような言葉である。「昨年度、4分の1インチのドリルが100万個売れた。これは、人が4分の1インチのドリルを欲したからでなくて、4分の1インチの穴を欲したからである」と、レオ・マックギブナという人物の言葉をレビット教授が引用した一節である。(『レビットのマーケティング思考法』ダイヤモンド社)
上記の言葉は「ニーズ」と「ウォンツ」の関係をもっとも端的に説明した言葉である。顧客は何か実現したい理想の状態を求めている。それが「ニーズ」だ。そして、実現できていない現状を解決する「対象物」として求められるのが「ウォンツ」である。
人はなぜ、写真を撮るのか。多くの場合、「想い出や記録を残したい」からだ。それが、ニーズである。その「想い出」や「記録」を留めるための媒体が、従来は写真を焼き付ける感光紙である印画紙であり、それを形にするのがプリントサービスであったわけだ。つまり、誰しも印画紙が欲しかったり、プリントサービスを受けたかったりしたわけではない。
2009年1月12日付日経ビジネスの記事では、「記録」するだけのデジカメ写真から、「記憶」に残るデジカメ写真へとキタムラのフォトブック戦略の核心が語られ、「今、写真専門店の存在意義は、写真をデータで見たり自宅でプリントするよりも、もっと便利なこと、簡単なこと、楽しい事をどれだけ提供できるかにかかっている」と、武川泉社長(記事掲載当時)がコメントしている。
社内の入れ込みようはすさまじく、研修や教育制度を整えた。「フォトブックのセールストークに自信が持てるように」と、アルバイトを含む全従業員にフォトブックを作らせ、プロの写真家が出来栄えを評価する社内フォトブックコンテストまで開いている。
キタムラの戦略は明確だ。顧客の「想い出や記録に残す」というニーズは、プリントしなくともPCやカメラ・携帯の液晶画面で閲覧するという形で実現できる。つまり、従来の印画紙が提供していた、「閲覧する」という価値を液晶画面が代替したのである。
しかし、見るには見られるが、液晶画面で1枚1枚見るのは味気ない。画像管理ソフトを使っても、手に取ってみることはできない。そうした、新たなニーズに対応するのがフォトブックなのだ。フォトブックというより心地よい「形」で「閲覧する」ことを実現したのである。さらに、それをどのような形で手にしたいのかという要望に応えるため様々なバリエーションを展開しているのだ。そして、その撮影した画像自体をプロの手で加工・編集するという付加価値をさらに高めたのが今回の「ブライダル専用フォトブック」なのである。
「自らが売っているものは何なのか?」
明らかな衰退期の業界で果敢な挑戦を続けるキタムラの展開は、自らの「売り物」が何なのかを明確に見据えたところから始まっている。
業界構造が、ある日突然変化することはどの業界でもあり得る。コントロールすることはできない。自社でできることは、顧客のニーズに再度目を向けて、それをどのように別の形でよりよく実現できるかを愚直に考え、実行することだ。