焼き魚を巡るニーズギャップ
5月26日付日経MJ総合小売り面に「オダキューOX売り場の魚焼いて販売今夏メドに全店で客の注文受け」との記事が掲載されていた。鮮魚売り場で何が変わろうとしているのか?それにはどのような意味があるのか?
記事によると、従来の鮮魚売り場で魚の総菜や、焼き置きした魚を売るのとは異なり、「鮮魚売り場にある魚の切り身やひもの、エビなど50〜60が対象」であり、客の注文を受けてから焼くという。そして、スーパーでそうしたサービスを展開するのは珍しいとしている。
単純に考えれば、顧客のニーズギャップに対応したサービスであると解釈できる。
「焼き魚を食べたい」のだが、同時に「焼く手間をかけたくない・焼いたにおいや煙を部屋に充満させたくない・台所やレンジグリルを汚して掃除の手間をかけたくない」というニーズギャップが存在する。しかし、これまでの焼き置きの売り方では「一定時間にまとめて焼くため味が劣化しやすく、魚の種類も少ない」(同記事)という状況で、ニーズを充足させることはできていなかった。
未充足ニーズを満たす具体的なウォンツが、「好きな魚をオーダーにしたがって焼いて提供する」というサービスなのだ。
同様のニーズを持った人は少なくないだろう。何といっても、今日は有職主婦も多く、手間は軽減したい。また、小世帯化していることから、一度に大量に焼いてから覚悟を決めて一気に掃除するという風情ではないだろう。基本的には、「総菜の調理器具があく昼過ぎから夕方に限定する」一方で、「今後新店では焼き魚専用の調理場を設ける方針で、いつでもサービスを提供できるようにする」という。
ニーズ対応は、魚の販売機会を高めるだけの効用ではない。
「加工度」がもたらす効用
「手数料は焼き時間によって異なるが100円〜300円程度」(同)と、レベニューアップの効果が期待できる。さらに、焼き時間は「イワシなどの小さな魚なら5分ほど、イサキなどの大型の魚は20分ほどかかる」(同)ということなので、店内の滞留時間が長くなる。買い上げ点数が増加する期待効果もある。
ここまでで、既に「焼き売り」というサービスの効用は随分あるように思えるが、その意義は実はもっと深い。
「加工度」というキーワードがある。
農産物や魚介類などの生鮮食品は、収穫や漁獲高による相場の上下はあるが概ね横並びだ。価格優位に立とうと思ったら、大量仕入れなどによるコスト圧縮などしか収益向上の方策はない。価格勝負は企業体力をすり減らす。それだけではない。少人数世帯の増加、人口縮小の時代に大量仕入れしても売り切れるだけのパイがどんどんなくなっていくのだ。
消費者に商品がどのような価格が受容されるかは、商品の価値構造と関係する。例えば、飲料の場合、飲料を手に入れて実現したい「中核的価値」は「喉の渇きをいやせる」ことである。ミネラルウォーターの相場は約100円だ。清涼飲料は「炭酸でスッキリする」「甘くてオイシイ」などの「実体的価値」が加わる。平均価格は150円。トクホ飲料は189円が相場だが、「脂肪を燃焼する」などの効果が「付随機能」が加わっている。単純にのどの渇きを癒せる水の「加工度」が向上するに従って、プレミアム分が加わっていき、最終的には倍近い金額で買われているのである。
オダキューOXの「オーダー焼き魚」の販売は、もちろん競合が模倣することはできるサービスだ。だが、片手間ではなく、専用調理場を設けるという力の入れようから、先行優位を構築しようという意図が見える。確かに、例えば定食屋で食べる同じ焼き魚でも、どうもパサパサして美味しくないものもある。焼き方の巧拙で味が分かれる。
そのスキルを確たるものにし、「オダキューOXの焼き魚はうまい!」という認知を獲得しようとしているのだろう。また、焼きたてを持ち帰っても若干冷めるのは否めない。掃除の手間や時間をかけない再加熱の方法をアドバイスしたり、焼き魚に合う副菜のレシピを提案したりという展開も予想される。
「鮮魚を焼いて売るスーパー」から学ぶべきもの。それは、競合と同じ土俵で戦わないという戦略と、大量仕入れ・大量販売という旧来のスーパーのビジネスモデルが崩壊しつつある「縮む市場」と化した日本での生き残り策を「加工度の向上」というキーワードで考えさせてくれるものだ。