QBハウスの成功要因とは
2010年4月11日付日経MJ3面コラム「底流を読む」に「成熟市場の生き抜き方・運営の工夫で成長軌道に」と題してカラオケ店「ヴァリック」と、「キュービーネット」の事例が紹介されていた。キュービーネットは1000円理容室「QBハウス」を展開している。
記事には以下のような記載があった。
理美容の業界には「10分1000円の法則」がある。10分あたりの料金設定の目安であり、このラインを下回ればそれだけ価格競争が激しいことになる
つまり、QBハウスは記事にあるとおり、割安感を前面に出してはいるが、料金設定はこの法則に則っているのである。旧来の理容店がカットやシャンプー、ひげそり、それに軽妙な会話までをパッケージで売っていたものを、QBハウスはカットだけ売ることにした。施術時間を短くし、見た目の料金を安くした。無理して経費を絞り込んだわけではないという。まさしくこれぞ、成熟市場、かつ、低成長経済下における「引き算の勝利の法則」であるといえる。
QBハウスは「既存業界を圧迫する価格破壊者」のように指弾されているが、全くの言いがかりもいいところであるわけだ。その点は、コミュニケーション研究所の竹林篤実氏が同社発行のメルマガで解説している。
「4月12日の数字:時間単価10分1000円の勝負/理美容業界の法則」
(QBハウスが)条例改正によって事業存続の危機に追い込まれているのだ。要するに1000円散髪には洗髪台がないから不潔である、よって洗髪台の設置を条例によって義務づけよ、という流れが各地で起こっている。ユーザー無視、何とも理不尽ないちゃもんだと思う、との指摘は正にその通りだ。
むしろ、無謀な戦いを挑んでいるのは既存業者のように思える。
筆者の事務所の近所でのこと。ある個人経営の理容店がある日、店の前に立て看板を出した。
「当店なら、シャンプー付きで1000円」。
1ブロック先にあるQBハウスへの対抗策だが、シャンプーまでして10分は無理だ。客が全く取れないよりはいいだろうと覚悟を決めての「値下げ」であろう。
しばらくすると、看板には新メニューが加わった。「総合整髪コース1500円」。つまり、ひげそりからセットまでの、従来のフルパッケージで4000円程度で提供していたものを半額以下に値引きしたことになる。確かに自宅兼用の店舗で家賃不要なら何とかやっていけるだろうが、売り上げは激減のはずだ。値下げのデフレスパイラルに自ら飛び込んだ形になる。何とか、もっとうまい方法はなかったのか。
毛がなければ商売にならない業界で「不毛な争い」はやめて、その「10分1000円の法則」をもっと有効活用してみてはどうかと思う。
美容業界の方に伺ったところ、美容業界は「1分100円の法則」だという。要するに同じだ。そこで、気になる記事を見かけた。
デフレを防ぐ小さなニーズを拾う努力
「前髪だけカットするために、美容院に行く?」(2010年4月13日ExciteBitコネタ)
おでこむき出しのボブヘアであるという、ライターの田辺香氏が、わざわざ美容院まで前髪だけを切りにいくという知人の話を聞いて、まさか!と驚いたとある。
その知人の美容室は、前髪のみのカット料金は525円。通常のカットが約4000円なので、妥当な価格かもとしている。1分100円なら、前髪カットは5分。フルサービスは40分で4000円なのだろう。筆者の行きつけのサロンは前髪カットは1050円らしい。フルサービスのカット料金は7350円。10分と70分。まぁ、そんな感じだ。だとすれば、「法則」は正しいことになる。
しかし、上記の記事では田辺氏行きつけの美容室の談では「前髪だけを切りにくる人は、たしかに定期的にいますね」という。ただし、10年前くらいから、その割合は減ってきているそうで、近年では「月に一人いるか、いないか」だとかという状況らしい。
それって、恐ろしくもったいないことに感じてしまう。
なぜなら、昨今人気の「森ガール」の髪型は「前髪パッツン」なのだ。しかも、ただのパッツンではダメなのだ。カット名人である筆者の担当美容師に聞くと、パッツンしながらも微妙にすいて、さらに両端は徐々に長く調節するそうだ。
表現が至らないので別の美容室の作品だがサンプルをリンクする。こんな感じだ。はっきり言って素人の手に負えるものではない。
しかし、無謀にもみんな自分で何とかしようとするのだ。「前髪カット」でインターネットを検索すると、その方法を示すページや体験談が多数ヒットする。そして、失敗談も……。
売り上げ=客数×客単価である。そして、客数には来店頻度も欠かせない。美容業界では、やはり不景気の影響で顧客の来店頻度が低下しているという。恐らく、理容業界もそうだろう。
自分でパッツンして失敗して泣く。そんな顧客の不幸と、店を開けても手が美容師の空いている時間が長いというような店の不幸。それを解消するために、10分間1000円の前髪やちょっとしたメンテナンスをもっと提供すべきではないだろうか。顧客との接触頻度が上がればそれだけビジネスチャンスも多くなる。シャンプー、トリートメントなどの商品のオススメをするもよし、ネイルやメイクなどのサービスを提供するもよし。顧客のその時々の状況や要望に応えるのだ。
理容業界もそうだ。既存業界も10分1000円で、メニューを細かく選べるようにして、顧客の要望に応えればいい。また、「今日はこれからデートなので、ひげ剃りを」とか、「汗をたくさんかいたからシャンプーして」などの要望にも応えられよう。
ともすると原理原則を忘れて無謀な展開をしたり、もうけのチャンスを見失ったりしてしまう。10分1000円や1分100円をもっと活用すればいい。
しかし、理美容業界だけでなく、他の業界も「原理原則」を忘れたデフレ競争に走っているかも知れないのだ。他山の石としたいところである。