吉野家、籠城に耐え切れず……
「すき家と松屋、最安値250円に吉野家つぶし“仁義なき牛丼戦争”」(msn産経ニュース2010.4.5)
「すき家」を展開するゼンショーは5日、全国の繁華街や都市部の店舗百数十店で、牛丼並盛りを通常の280円から250円に値引きするキャンペーンを4月9日〜21日まで実施することを明らかにした。松屋フーズも同日、牛めし並を通常の320円から250円に値引きするなどのキャンペーンを12日〜23日まで実施すると発表。吉野家が7日〜13日まで通常380円を270円に値引きするキャンペーンに対抗するのが狙いとみられ、“仁義なき牛丼戦争”が幕を開けた。
各メディアで大きく報じられた今回の牛丼値下げ合戦。先に刀を抜いたのは吉野家だった。発表は3月31日。昨年12月、すき家と松屋が通常価格の値下げに踏み切った際は、値下げを見送った吉野家。じりじりと追い詰められ、ついに期間限定の値下げを決めたのだった。そして、それを待っていたかのように、すき家と松屋が追随した。
吉野家渾身の値下げ攻勢は先行できる7日〜8日の2日間しか効果を発揮しない。その後はすき家、松屋に客を奪われる。また、通常価格に戻った時点で、さらに自社顧客からも割高に感じられ利用を控えられる、というカンフルの反動が出るのは必定である。
こうして見ると、見事すき家と松屋の罠に吉野家がはまってしまったようにも見える。吉野家はそうとう追い詰められていたのだろう。2010年2月期の連結業績予想を下方修正し、純損失が従来予想の13億円から89億円に悪化すると発表した。赤字額は90年に株式を店頭公開して以来、過去最大(朝日新聞)というから、籠城も限界だったのだろう。
吉野家の不幸は、牛丼業界のリーダー企業へと復権する夢を捨て切れていないことだ。規模で上回られた時点で、もはやリーダーの座はすき家(ゼンショー)に奪われていたのは明白だ。規模に勝る相手に価格勝負を挑むことは戦略の定石からして明らかに得策ではない。
リーダー企業は規模の経済・経験効果でコスト低減が図れ、コストリーダーシップ戦略をとることができるからだ。また、吉野家は「味へのこだわり」として、他社がニュージーランドや豪州、メキシコ産牛肉を使用するのに対し、仕入れ値1.5倍の米国産牛を用いている。バリューチェーン上の弱点を抱えた上でのコスト勝負はどう考えても無謀だとしかいいようない。
競合が仕掛けてきた対抗キャンペーン展開エリアを見ると、その意図がよくわかる。松屋が全店、すき家が全国の繁華街や都市部の店舗百数十店だという。松屋は東京を中心として吉野家と商圏がかなりかぶる。すき家は中国・四国・九州・信越・北陸などに強い地盤を持っているため、吉野家との競合が強いエリアに絞って展開しているのがわかる。つまり、完全なる「吉野家つぶし」の構図であるわけだ。
さらに、すき家が実施店を百数十店に絞り込んでいる点が見逃せない。全店舗数の1割程度に過ぎないのだ。ここに「牛丼一杯250円」という価格の意味合いが込められている。恐らく、すき家でさえ、もはや牛丼は利益を生んでいないのだ。通常の280円でギリギリの線。スーパーが目玉商品であるトイレットペーパーや玉子などを安売りして客寄せをするように、280円という収支とんとんの価格で集客し、いざ、注文の時点や、リピートしたときに、380円〜390円の各種具材がトッピングされている商品にアップグレードさせて利益を創出しているのではないか。松屋も同様に、牛丼は客寄せで、収益は得意の定食やカレーメニューのバリエーションで上げているのだ。
250円の牛丼では誰も儲からない。あえてそれをやるのは、「吉野家つぶし」である。前述の通り、すき家、松屋には収益化を図るメニューがある。吉野家にはほとんどなく、牛丼比率が極めて高い。
筆者が「牛丼戦争停戦」を提唱するのは、吉野家を守りたいからではない。誰も儲からない不幸な戦いの果ての「牛丼業界」を心配するからだ。"
プレミアム化が生き残るための道だ
ネット上の掲示板やSNS、BlogやTwitterの書き込みを見ると、「さすがにやり過ぎ」「安すぎ怖い」などの声が目に付く。前掲の産経ニュースの記事では、消費者の節約志向で業界最安値争いは激化の一途だが、消費者にとっては“朗報”となりそうだと結んでいるが、そんなことはない。消費者の低価格志向は高まっているが、「食の安全」への関心がなくなったわけではない。
恐らく、各社の250円牛丼の写真を撮ってネットにアップする者も出てくるだろう。そして「こんなに具材が減った」などとコメントされるのだ。減っているのが事実か否かはともかく、そうしたネガティブなイメージが伝播するリスクも抱え込むことになる。牛丼業界全体のイメージダウンは免れない。
消費者の「牛丼離れ」が加速するかもしれない。それ故、牛丼戦争の停戦を訴えたいのである。このまま戦争が続いて、消費者の牛丼離れも起こったら、最初に倒れるのはやはり吉野家だろう。そうならないために、また、牛丼戦争停戦のためにも、同社には「プレミアム化」することを勧めたい。
牛丼一筋111年。吉野家のブランド価値は今ならまだ生きている。「味へのこだわり」という米国産牛も、「さし(脂肪)」の付き方が豪州産とは違い柔らかいと評価するファンも多い。
「吉野家は、こだわりの牛丼を500円で提供する」。低価格戦争から離脱して、そんな一種のプレミアム化路線に転換すべきなのだ。500円がプレミアか否かという議論もあるが、昨今の消費者のランチ予算は日常的には300円〜500円に抑えたいという意向が強い。その上限をプレミアム価格として狙うのである。
「安い・早い・うまい」というキャッチフレーズの「安い・早い」で利用する層をバッサリ切り捨てる。当然、規模を追うことはできない。故に、リーダー争いをやめて、プレミアム牛丼という「ニッチャー」としての独自の生存領域を確保するのである。是非、検討をお願いしたい。