比較サイトが拍車をかける価格競争
あらゆる業界で競合環境が熾烈を極めている。さらに拍車をかけているのが「比較サイト」の存在だ。
比較サイトの登場で、消費者がインターネットを通して企業と同等の豊富な商品情報を取得できるようになり、情報格差が解消。購入の際に不利益を被ることがなくなった。「情報の非対称性」の解消の一例だ。
しかし、実際には、非対称は売る側と買う側の立場が逆転したのが今日だともいえる。商品価格の比較が容易になり、消費者は最安値の提供先から商品・サービスを購入する。それは、販売元の企業は自らも知らない相手との競合にさらされていることを意味する。
掲載されている価格比較サイトを意識しつつ、競争に勝つために最安値を提供し続けることになる。全ての業種・業態が同様な状況なわけではない。しかし、差別化が難しく、購入頻度が高い商品・サービスほどこの傾向は顕著だ。
そんな業界で「奇策」とも思える打ち手に出た企業がある。高速バス「VIPライナー」を運行する「平成エンタープライズ」だ。
東京—大阪間ワンコインの狙い
1980年代から主要都市間を結ぶ移動手段として、価格の安さを武器に利用者を拡大。90年代後半に競争激化と需給バランスの不均衡で淘汰を経たが、2001年2月の道路運送法が規制緩和。バス事業が免許制から許可制へ移行され、新規事業者が参入。新規路線開設も相次ぎ価格競争と車体・客席の乗り心地向上といった生き残り競争の時代に突入する。
現在、高速バスの最安値はインターネットで検索すれば、数多くの比較サイトを見つけることができる。そこでの最安値は、例えば2月中・東京〜大阪が3500円である。新幹線のぞみなら、14050円。実に4分の1だ。
その東京〜大阪を「ワンコイン・500円」で提供するのが平成エンタープライズ社だ。仕掛けは、Webサイトのオフィシャル予約ページで突然発表される「10席限定シート」であること。ゲンダイネットの記事「東京〜大阪間片道500円!話題沸騰の激安高速バス」には、同社のコメントが掲載されている。「日にちや通常シートの予約状況にもよりますが、基本的に毎日、500円で乗車できるチャンスはあります。また、当日分を急きょ販売したり、2カ月先の予約発売を開始するケースもあるので、こまめにサイトをチェックしてください」
バスのシートタイプは選べない。恐らくは全体の予約状況を見て、どのタイプをキャンペーン対象の限定シートとして10席確保・公開するのかを調整しているのだろう。「なんだ、キャンペーンじゃん!」とはいえ、予約が確保できれば500円で大阪まで行けるのだ。最安値の7分の1。新幹線の28分の1!である。
頻繁に該当路線を利用するが、乗り心地重視で車種やシートタイプをご指名するお得意様はターゲットではない。まずは比較サイトを探してみる人。そんな人も、うまくすれば500円の席を確保することができるとすれば、比較サイトの前にちょいっと、平成エンタープライズのオフィシャル予約サイトをのぞいてみるだろう。
同社はこのほかにも直販サイトを見てもらうために、2007年5月から「カラーコード」と呼ばれる二次元コードをバスの車体や座席の背もたれの後ろに入れている。2007年6月10日付日経MJの記事「平成エンタープライズ、ツアーバス、携帯で予約、復路の需要開拓」によると、行きの時間に帰りの分も購入してもらう狙いで、精密なデータが必要なQRコードと違い暗くて揺れる車内でも携帯で撮影できるという。
サイトを見てもらう効用はもう一つある。同社は、例えば激戦区の東京駅八重洲口では駅に横付けする停車場を確保することはできていない。駅からほんの2分ほどの場所だが、離れたところに乗り場がある。バスの車体・ロゴなども認知されていない。ましてや、どこから乗ればいいのかもわからない。それを知らしめることができるのである。
また、低反発素材のシートが採用されていたり、隣席とはレースのカーテンで仕切ることが出来るといった、特徴的なサービスも売り込める。
AIDMAがしっかり完成している。
・Attention(認知)=こんなバス会社あるんだ。
・Interest(興味)=おもしろいキャンペーンやってるな。
・Desire(欲求)=500円安い!通常価格も結構安いな。
・Memory(記憶)=とりあえずブックマーク。
・Action(行動)=予約を入れよう!
やがて、「いつも最安値じゃないけど、ここもかなり安いんじゃないか?」と思う。何度も500円席を探してサイトをのぞきに来ているうちに「まぁ、ここでもいいっか!」と思う人も出てくる。利用してみれば、なかなか快適。リピートする。囲い込みである。
実は、関連商品のクロスセリングもやっている。出張手当を割安にしようと利用した顧客に、「プライベートの旅行でもどうですか?」とWebサイトではバス利用の格安旅行などもしっかりと訴求している。
激しい競争の中、どうやって消費者を振り向かせるかはあらゆる企業が腐心しているところだ。しかし、安易に「キャンペーン」という奇策に出ても、それ以降の設計ができていなければ、一過性に終わってしまう。
競合激化で価格低下、サービス向上と各社の様々な試行錯誤が続く高速バス市場。出張費も削られ、プライベートの財布のひもも固くなる一方の今日この頃だ。市場調査のつもりで、高速バスを利用手して出張、旅行をしてみたらどうか。その時各社がいかに顧客をつかもうとしているか、じっくりと肌で感じ、観察してみてほしい。