スピード減資の目的とその理由とは
先日、旅行大手のJTBが資本金を現在の23億400万円から1億円に減資すると報じられました。減資の目的は、今期発生が見込まれる巨額損失のてん補原資の確保のほか、税制上の中小企業となることによる税負担の軽減とのことです。
減資は株主や債権者にとっての重要事項であるため、減資には株主総会の特別決議や債権者保護手続などの一定の手続きが必要になります。JTBは、2021年2月12日に開催された株主総会で減資を決議し、約1ヵ月の債権者異議申立期間を経て、減資の効力発生日は3/31を予定しています。通常、3月決算の会社であれば、定時の株主総会は6月に開催されますが、今回の減資については、定時株主総会を待たずに臨時株主総会を開催しての決議となりました。
JTBが減資を急ぐ理由は何でしょうか?JTBの減資の目的から、今回のスピード減資の理由を探ってみたいと思います。
欠損金のてん補
減資の目的の1つに、欠損金のてん補があります。JTBは2020年4~9月期に781億円の連結最終赤字に転落し、2021年3月期には過去最大の1000億円程度の経常赤字の見込みと報じられます。JTBに限らず、これまで多くの会社が欠損金のてん補を目的とした減資を実施しています。
減資による欠損金のてん補の会計処理は、以下となります。
【欠損金てん補の場合の会計処理】
借)資本金 ××× 貸) その他資本剰余金 ×××
借)その他資本剰余金 ××× 貸) 繰越利益剰余金 ×××
なお、その他資本剰余金は資本剰余金の内訳項目、
欠損金のてん補を目的とした減資は、結局のところ、資本金を欠損金へ充当する(振り替える)ことであり、実質的な会社財産の減少はありません。このように、会社から財産の流出を伴わない減資を「無償減資」と言います。
会計では、会社と株主との取引である資本取引と会社の事業取引である損益取引を明確に区分しているため(資本取引・損益取引区分の原則)、資本金を欠損金に充当することはできません。しかし、欠損金のてん補の場合に限って、資本金を欠損金へ振り替えることが認められます。ただし、減資による資本金の減少分をまず「その他資本剰余金」へ振り替え、その後、その他資本剰余金を利益剰余金(繰越利益剰余金)へ振り替える2段階の会計処理が必要になります(*)。
(*)株主総会決議も別途必要となります。
なお、欠損金のてん補が無制限に認められるわけではありません。前期末決算時点での欠損金の金額の範囲内で、その他資本剰余金を欠損金のてん補に充てることができます。
JTBの前期末(2020年3月期)の利益剰余金は約1,193億円であり、欠損金はありません。今期の決算で発生する赤字の程度にもよりますが、欠損金が生じた以降の決算期に、その他資本剰余金を繰越利益剰余金へ振り替える株主総会決議を採ることになるため、早くても来期以降になると思われます。準備は早いに越したことはありませんが、状況的にはそこまでの緊急性があるとは思えません。
資本金1億円以下の税制上のメリット
税制上、資本金の金額に応じて発生する税金があります。そして、資本金が1億円以下の会社が得られる代表的な税制上のメリットは以下のとおりです。
・法人税の軽減税率の適用
800万円以下の所得に対しては通常は23.2%のところ、15%(*)の軽減税率が適用可能となります。
(*)2019年4月1日以後に開始する事業年度においては、直前3年以内に終了した各事業年度の所得金額の年平均額が15億円を超える法人等は、年800万円以下の部分については19%の税率が適用されます。
・交際費の損金算入可能額
資本金が1億円超の場合、接待交際費の50%までしか損金算入ができません(*)。資本金が1億円以下の場合は、接待交際費の50%か年間800万円のうち、いずれか多い金額の損金算入が可能となります。
(*)2020年4月1日以後に開始する事業年度からは、資本金が100億円を超える会社については、接待交際費は全額損金不算入となります。
・繰越欠損金の控除
資本金が1億円以下の場合、過去10年以内に発生した繰越欠損金のうちその事業年度の所得金額までの控除が可能です。資本金1億円超の場合、その事業年度の所得金額の100分の50(2018年4月1日以降開始事業年度)までが控除対象となります。
例えば、繰越欠損金の額が150万円で、その事業年度の繰越欠損金控除前の所得金額が100万円の場合、資本金が1億円以下の場合は所得金額の全額の100万円が損金の額に算入され、その事業年度の所得金額は0となりますが、資本金が1億円超の場合は所得金額100万円の50%の50万円が控除対象となり、控除されなかった50万円については課税されます。
・外形標準課税の減免
外形標準課税とは、法人事業税の内、事業所の床面積や従業員数、資本金等及び付加価値などの外観から客観的に判断できる基準による課税です。課税対象が利益ではないため、赤字であっても課税されることになります。資本金が1億円以下の場合、外形標準課税の対象外となります。
そして、これらの税制上のメリットを得るには、事業年度終了時の資本金の額が1億円以下であることが要件となります。JTBは3月決算会社であり、当期末までに減資の手続きが完了すれば、当期(2021年3月期)から税制上のメリットを得ることができます。この点が、JTBが減資を急いだ大きな理由ではないかと思います。
有名企業や大企業が、資本金の『数字』だけを減らすことで形式的に中小企業となり課税を免れることは、実質的な税金逃れではないか、という批判は少なくありません。例えば、シャープは、経営再建において1億円までの減資を計画しましたが、そうした批判もあってか5億円までの減資に留まりました。
今回のJTBの1億円までの減資を損益改善策の一環としての節税と捉えるか、それともモラルハザードと批判されるか、改めて、税という視点から会社の存在意義が問われるかも知れません。