花畑牧場の快進撃にかげり
2007年の「生キャラメル」発売以来快進撃を続けてきた、タレントの田中義剛氏が経営する北海道の「花畑牧場」が、8月末の工場閉鎖に続いて、店舗網の縮小を始めたという。ゲンダイネットの記事「ついにハジケ始めた田中義剛花畑牧場バブル」が11月22日、livedoorニュースに掲載されていた。
ニュースを受けてネット上では、メディアでの田中氏の商品宣伝への反発から、「メシうま(他人の不幸で飯がうまい)」的な反応が相次いでいる。そして、「急拡大しすぎで当然」「北海道限定でなければ意味がない」といった意見も散見される。
事業としての成否は分らない。前掲の記事によれば、売上げは、09年3月期は143億1500万円だったという。例えこのまま事業を漸次撤退したとしても、高い商品価格を設定して早期に投資を回収して利益を残す「スキミングプライシング(上澄み吸収価格)」を基本とした戦略であったかもしれない。ただし、それにしてはネット上の指摘通り業容を拡大しすぎているように思える。
今年1月、コア・コンセプト研究所・大西宏氏が、千歳空港で目にした「花畑牧場生キャラメル騒動」を目にして、「大丈夫だろうか?花畑牧場」という記事を自身のブログで掲出していた。
まるで花畑牧場が千歳空港ロビーをジャックしたようで、ちょっとイメージの過剰さを感じてしまいますと指摘、ブランドとして離陸の段階から維持継続、さらに成長と進化の段階に入ってきていると思えます。この切り替え、戦略シフトができるのかが今後の焦点になってくるのではないでしょうかと分析していた。
花畑牧場が選んだブランドとしての「維持継続、さらに成長と進化」は「東京進出」という結論であった。花畑牧場は2月に東京に進出し、渋谷、青山、銀座など8カ所で直営店をオープンさせた。週刊東洋経済2009年5月23日号に掲載されたインタビューで、「急拡大のリスクは?」と問われた田中氏は、「4年前に黒字化して今は無借金。資金面の問題はありません。怖いのは食品安全、食品偽装などのコンプライアンスです」と答え、都心への出店によって、「花畑は全国区の認知度になると思います」と語っている。
それからわずか3カ月。閉店に追い込まれた理由はどこにあったのだろう。
東京進出で失ったもの
「花畑牧場ブランド」に対する消費者のイメージが大きく変容していることは確かだろう。推測になるが、やはり、「急拡大によるブランド価値の希釈」という側面は否めない。東京進出による規模の拡大と北海道限定の希少性がトレードオフされた。
より多くの顧客に愛されるために、規模の拡大をする必要は果たしてあったのだろうか。
頑なに北海道限定にこだわるブランドには、例えば石屋製菓の「白い恋人」がある。2007年には、ブランド存亡の危機から復活した。消費期限を1カ月先延ばしに改ざんした問題で販売停止となったのである。Wikipediaによると、同社は経営者の交代や再発防止策の励行によって100日後に販売を再開したが、その際、再開を待っていたファンが殺到し各店舗で即日完売。以後、しばらくは品薄が続いたという。
もう一つ。六花亭製菓の「マルセイバターサンド」を思い出す人もいるだろう。同社も北海道にしか出店しない方針を貫いており、2009年9月21日号の日経ビジネスによると、日経BPコンサルティングが実施しているブランド調査で、同社は製菓業の中で上位につけ、何と老舗のとらやを上回ったという。
ブランド論の大家、デビット・A・アーカーによれば、「ブランド認知の資産価値」はまず、「Evokedset(想起集団)」に入ることであるという。そのブランドを「知らない」(未知)→「知っている」(認知)という段階を経て、「意識している」(想起)という段階に至る。そして、「○○ならこれと決めている」という「トップ・オブ・マインド」の獲得が最終ゴールである。Evokedsetに入るのは、「想起」状態のブランドと「トップ・オブ・マインド」のブランド。合わせてもせいぜい三つであるとされている。
では、「白い恋人」はどのようなカテゴリーのEvokedsetに入っているのだろうか。紛れもなく、「北海道土産」というカテゴリーであろう。「マルセイバターサンド」も同様に、北海道土産というEvokedsetに入っているのは間違いない。白い恋人やマルセイバターサンドが、「これに勝るほど美味しいお菓子はない!」というほど絶品であるかといえば、筆者は決してそうは思わない。個人の感覚によるだろうが、もっと美味しい菓子はいくらでもある。しかし、商用や旅行で北海道を訪れると必ず買ってしまう。それはなぜか。
アーカーによれば、ブランドには「顧客が認めている、その製品ならではの価値」があるという。客観的に測定可能な価値を「工場品質」というが、ブランドが持つ「知覚品質」とは、工場品質に対して、顧客の頭の中にある主観的な評価だ。
顧客が「白い恋人」や「マルセイバターサンド」を評価するのは、「北海道ならでは」という「知覚品質」を買っているのである。
「花畑牧場」は確かに、東京進出によって、「全国区のメジャーブランド」という知名度を手にした。しかしその代償として失ったものは、北海道土産としての「知覚品質」ではなかっただろうか。
では、「北海道土産」ではないとしたら、「花畑牧場」はどのようなEvokedsetに入っているのだろうか。それは、もしかすると「流行りもの」というカテゴリーかもしれない。
流行りものは廃れるのも早い。「一度は味わってみよう・買ってみよう」という一見客は集められても継続顧客化することは難しい。「知覚品質」も、「流行りもの」という前提条件の下で評価されてしまう。
一方、北海道土産というEvokedsetに入っている「白い恋人」や「六花亭」は、北海道に行くたびに買ってしまうという継続顧客を生む。さらには、「北海道に行く」という人に「買ってきて!」とリクエストする人も囲い込む。
前出の大西氏の指摘にある、花畑牧場の「ブランドとして離陸の段階から維持継続、さらに成長と進化」は容易な道ではないように思われる。
田中氏の理念は素晴らしい。前出の東洋経済でのインタビューでは、「花畑牧場は地方再生、雇用創出を目指してやっている」「このままでは日本の農業は終わってしまう。オレは日本の農業がちゃんとビジネスとして成り立つようにしたい」などと語っている。
それだけに、拡大をあせらず、誰からも愛されるブランドへと育て上げてほしい。都心進出が本当にベストアンサーなのか、もう一度熟慮してほしいと願う。