とろける大流行……なぜ?
なにやら最近とろけている。
いや、残念ながら、筆者がとろけるような、あま〜い生活を送っているのではない。食べ物の話だ。
東京ウォーカーが一つのヒット商品を紹介していた。記事「冷夏でもバカ売れ!アイス「パルム」その人気の理由とは」を見てみよう。
人気の秘密は、なめらかな口どけのチョコレートとリッチなミルク感であるといい、プレミアムアイスクリームと同様のクリーム・脱脂濃縮乳を使い、急速冷凍することで氷の結晶の細かい、なめらかなアイスを実現、アイスクリームを包むチョコレートは、体温と同じ温度で溶けるようにコントロールされており、口に入れた時になめらかに溶ける仕組みに仕上げたという。パッケージにも「なめらかな口どけ、上質の証」と明記されている。
「なめらかな口どけ」という表現よりももっと直截な「とろける○○」という食品を昨今、目にすることが多くなった。しばらく前は、アサヒ飲料のバヤリース「とろけるマンゴー」や「とろけるモモ」ぐらいだったように思う。
その後アサヒ飲料は「バナナ」や「フルーツミックス」の「とろける」を発売し、ちょっととろけそうにない「レモン」まで、片っ端からとろかした。
しかし、世間ではそれを上回る勢いで「とろける現象」が進行していたようだ。Googleで「とろける食品」というキーワードで検索すると、出るわ出るわ。そのまま商品名にもなっているエスビー食品の「とろけるカレー(ハヤシ、シチュー)」を筆頭に、レアチーズケーキ、杏仁豆腐、湯葉豆腐、カニクリーミーコロッケなどなど……。ふと気になって我が家の冷蔵庫を見てみれば、しっかりエスビー食品の「とろけるカレー」のルーが入っていた。気付かぬうちにも「とろける」は忍び寄っていたのである。
そもそも、この「とろける」は食感を表わす言葉である。食感は、「味や匂いなど化学的刺激であるフレーバーに対し、堅さや粘性・付着性はテクスチャとも呼ばれる」(Wikipedia)という。味覚は現在では、「生理学的には、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが基本味に位置づけられる」が、食感を表わす言葉は日本語において極めて多様であることが知られている。
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構食品総合研究所の早川文代氏が執筆した2006年の論文「
テクスチャー(食感)を表わす多彩な日本語」が興味深い。
2003年の調査では、日本語のテクスチャーを表わす語彙は、中国語の3倍にあたる455語が収集できたという。美食の国フランスは226語、フィンランドは71語だというから、その多様性は驚くものがある。
同論文でさらに興味深い点を列記すると、テクスチャーを表現する日本語の70%が擬音・擬態語であったこと。さらにその中でも「粘り」の表現が多いこと。特に、「にちゃにちゃ」「ねばねば」「ねっとり」など、「に」「ね」ではじまる粘りの表現と、「ぷりぷり」「ぷるぷる」と「ぷ」ではじまる弾性の表現が多いことなどである。
もう一つ見逃せないのが、テクスチャーには、時代によって変化があるという論述である。1964年の調査との比較で、「もちもち」「ぷるぷる」「ジューシー」などが、今回新しく新しい現れた用語であるという。特に「ぷるぷる」が様々なゲル状のデザートが登場したこととの関係を指摘している。また、「ぷにぷに」「シュワシュワ」などは、低年齢層の認知度が高いという。グミや炭酸飲料などの食用・飲用経験が背景にあるとの指摘だ。また、「口どけがよい」「もっちり」も低年齢層の認知が高いが、これは商品名や広告宣伝の影響を指摘しているという。
以上かなりマニアックな調査を紹介したが、この調査から「とろける」の大流行の経緯が透けて見えてくる。「口どけがよい」がさらに、発音しやすい「とろとろ」という擬態語に変形して、「とろける」になって、さらにそれが商品名となり、広告宣伝で表示・連呼されさらに増殖しているというのが今日の大流行の現状ではないだろうか。
しかし、それにしてもなぜ、人は「とろける」にそれまでに惹かれるのであろうか。
ストレス社会を背景にしたメッセージづくり
食品の柔らかさに関しては、現代において低下する一方の「食事の咀嚼回数」との関係が深そうだ。
『料理別咀嚼回数ガイド』(風人社)によれば、時代の変遷と激減していることがよく分かる。1回の食事あたり、弥生時代は3990回、鎌倉時代2654回、江戸時代1465回、戦前1420回、そして現代620回だという。
さすがに弥生時代の食べ物は固そうで比べるべくもないが、戦前の数字を見れば、ここ60年で6割減っていることがわかる。簡単に言えば、我々はもはや「固い食べ物に耐えられないカラダ(アゴ)」になってしまっているのではないだろうか。こんなことを書くと、歯医者さんあたりがさらに頭を悩ませそうだが、この流れは止めようもないように思う。若年層の柔らかいもの嗜好だけではなく、高齢化が進む世の中では、固いものは敬遠されがちである。老いも若きも「とろけるLOVE!」なトレンドなのである。
咀嚼というフィジカルな理由だけではないようにも思われる。とろけるは英語だと「melt」に当たるが、meltは「人の心などが次第にやわらぐ」という意味も持つ。日本語の「とろける」にも、人に優しい、温かいといった癒しのニュアンスが含まれている。
Googleで検索をしてみる。「とろける」で、検索結果が約2,590,000件出てくる。「癒し」で検索する。約51,000,000件と、いかに癒しが求められているのか分る数字が表示されるが、続けて「癒しとろける」だと約1,090,000件が表示される。「癒し」と、「とろける」という言葉はやはり親和性が高いといえる。
とろける飲料を飲んで「ホッ」。とろけるシチューを食べて「ほ〜つ」。その他食品も口中で柔らかく解けていったり、崩れて広がっていったりする食感で「ほっ」と癒されているのが現代人の食の風景であり、現代人のメンタリティーなのではないだろうか。
日経MJが2009年10月14日の誌面で同社の産業地域研究所の調査データを掲載した。(概要はネットでも見られる:)
景気低迷や雇用環境の悪化に加え、職場や家庭の人間関係など、現代社会ではストレスを避けて生きることはできない。実際、今回の調査でも、若者・女性を中心とした半数以上が「強いストレスを感じている」と答えている、ということだ。そして、ストレスの高い人のストレス解消法を探っていくと、「睡眠」「飲食」「たわいないおしゃべり」など、比較的単純でストレートな方法で憂さ晴らしをしていることがわかったという。
ストレスを感じている人は半数を超え、時々感じる人まで含めれば、100%近くに上るというこのストレス社会。調査結果は、「ストレス解消に新たな商機」と報告しているが、まさに、誰もがストレスを感じて癒しを求めている時に、「飲食によるストレス解消」を狙って「とろける」「とろとろ」な飲料や食品が展開されているのだろう。
10月19日付日経MJのコラム「ブランド深化論」で、花王の食器用洗剤「キュキュット」のことが載っていた。
P&Gとのシェア争いの中、機能性競争をやめ、「皿洗いの仕上げ段階で、食器を指でこすり”キュキュッ”という音を確認する」という体感を武器にしたとのこと。つまり、機能的価値よりも情緒的価値、工業品質よりも知覚品質で戦ってシェアトップを奪取したという。
モノを食べたり飲んだりする行為では、栄養の摂取が中核価値で、それが美味しいとかが実体価値となる。「とろとろ」は付随機能としての情緒的価値であり、ストレス社会において、消費者はそこに知覚品質を見いだしている。
「心を柔らかくする」のは食品だけに求められているわけではなく、他の商品・サービスでも同様だと考えられる。マーケティングの頭の体操として、自分たちが提供している財、サービスの擬音語にしてみたらどうか。そして、その擬音語が一体どんな情緒的価値を持ち、誰のどんな心に突き刺さっているのか、考えてみよう。新しい発見が生まれるかもしれない。